第4話
正直、よくわからないが、もしかしたらこの尋問官は優秀な人なのかもしれない。
「それで、どうだった。出来は?」
「…………学科試験は大丈夫だったと思います。そこまで難しい内容ではありませんでしたから」
そう伝えると、ふたりとも「それは良かった」と「まぁ、あれぐらいならね」と返してくれる。本当に学科試験は最低限の知識。少なくとも簡単な文章の読解力や計算力————何を聞かれているのか、わかる程度を求めているのかもしれない。
「健康診断は、先輩から聞いたけど多分問題ないから。そこでふるい落とされる子って、本当に危険な状態なのに隠してる子だから。病気でも怪我でも。だけど、病院で検診を受けた以上、あなたが気にする事ではないと思う」
「危険———いるんですか」
「言っておくけど、それはあなたの事だから。脛、砕けてるのに体力測定に参加しようとしてたでしょう」
「私からも言うけど、足の怪我は本当に致命傷なり得るから。隠さずに治療を受けてねー。無理に動かせば骨が筋肉に突き刺さって抜くことになるから。最悪切断ね」
あの足を失った子はどうなったのだろうか。直後に試験が開始された為、分からなかったが、もしかしたらバスで送り返されたのかもしれない。あの足は一体いつ。
「……」
「ん?どうしたの?」
「…………私、体力測定。もしかしたら」
「何か失敗した?」
「高跳び……負けて」
酷い説明だった。声が掠れて、断片的で。自分でも何を言っているのか分からない説明だった。だけど、尋問官と白いメッシュの女子大生は、相槌を入れながら聞いてくれた。自分は高跳びを20センチも差をつけて負けた。私は負けられないのに。
「え、凄くない?」
あの背の高い完璧な人を褒め称えている。そう思った。
「12歳で1メートル30センチ?信じられない。あなた、体操選手の才能あるよ!」
「ヤバくない!?私達の代でそんな跳んだ子、ほぼいないんだけど?」
「え、でも……」
「いい、よく聞いて」
息を呑んだ私の横顔に、尋問官は手を添える。
「確かにいい成績を残せば残せる程、点数は高くなる。あなたの考え方は間違ってない。だけど、今の自分には限界がある。わかるでしょう、当日の体調、背の高さ、骨格、筋肉の成長、脂肪の付きやすさにくさ。ましてや多くの子がいた、ここは、どれだけ恵まれた身体を持っていても、集まってしまう最後の砦」
「でも、私は負けた……」
誰にも負けないと意気込んでいた。復讐を果たす為なら、オーダーに入る為なら、全てを代償にしてもいいと望んだ。だけど、あんなに簡単に超えられてしまった。私の復讐など、彼女達にとって取りに足らない焚火でしかないに違いない。
「20センチ、確かに圧倒的な差。そうね。あなたは負けた、これはどうしようもない事実。————だけど、それがどうしたの?」
「え、」
「たぶん、すごく背も高くて、それほどの美人なら酷く悔しかったと思う。じゃあ、あなたは高跳びだけの世界にいるの?違うでしょう。優秀な高跳び選手だけが欲しいなら、大会にでも行ってスカウトすればいい。違うでしょう、ここはオーダー」
「オーダー……」
「身体が資本なのは間違いない。体格が良ければいい程、強力な弾丸を撃てる。鋭い突きを放てる。それがどうしたの?なんの為に数多くの拳銃、重火器がある?虫一匹にミサイルを撃つ人がいる?虎を狩る為に、ひとりでナイフ一本で襲い掛かる人がいる?ここは、適切な知識————人間を確実に仕留める力を与える場所」
「…………でも、そもそもオーダーに入れなかったら」
「気付いて。そのままでは、明日の面接に合格できない」
顔を背けようとしたが、尋問官の手は離れなかった。
「あなたなら必ず気付ける。ここは、大会の会場ではない。決して今の価値を見せつける場所じゃない。言ったでしょう、ここは多くの理由、とても言えない理由で来ざるを得なかった子達の最後の行き場。本当にあなたが有能で、復讐を果たせる程の力があるなら、ここには来なかった。ここに放置されなかった。受け入れて、あなたは弱者だと」
弱者という言葉に、心がざわめいた。
分かっている。ここに来た子は、何も持たない、奪われた子達。ならば、その中でも自分が最も賢く、強く、優秀だと見せつければ————。
「はっきり言うわね。あなたみたいな子供。オーダーは求めない」
「————」
とうぜん、だった。だって私は————。
「オーダーは、権力者を、それも人も大金も警察も政治も法律さえも使って悪を為していた圧倒的な力を持つ支配者層を逮捕するために創設された。あなたみたいな家に火をつけるしか思いつかない子供、欲すると思う?————いらない」
「なら、私はどうすれば……」
目を逸らせない。それを、向けられている黒目が許してくれない。
「年齢を重ねれば変わる?じゃあ、それまでどうしてお金も場所も時間も使ってあなたの世話をしないといけないの?なら、既に実績を持った優秀な人材をスカウトすれば、それで事足りる。小さいから狭い場所に入れる?なら、あなたが成長したら、もうお役御免?或いは、小さいロボットを開発すれば、それでいい。まだ続ける?」
「やめて……」
枯れていた筈の涙がこぼれる。私は賢い。だから気付いていた。オーダーは、決して慈善事業なんかではない。何のメリットも無しに、何もない子供を受け入れる筈がない。なら、やはり、私は自分の価値を証明しなければならない。
「じゃあ、私は、なに、をすれば……」
「あなたの将来性は私にはわからない。確かに成長すれば、あなたはとても美人で優秀な人に成れる。———じゃあ、それは何の、誰の為、誰に差し向けるの?」
「だれ、それは、かぞくを———」
「子供のテストなら確かに100点は取れる。じゃあ、遠い的に弾丸を当てる為には何を使う?銃?じゃあ、銃を用意するのは?弾丸はどれだけ用意する?撃つ人はどう選ぶ?全てあなたがするの?たった一人では出来ない。認めて、あなたは弱者」
既に車は止まっていた。通り過ぎていく多くのヘッドライトが、車内を照らしていく。きっと病院の前だ。顔の手を振り払えば、また私は逃げられる。だけど。
「———まなぶ」
答えが、見えてきた。
「学ぶ。何を?」
「人を仕留める方法を———」
「銃の使い方?」
「あと、人を選ぶ方法———」
この人が復讐を果たした時、あの時は一人だと思った。だけど、違う。スカウトは、ひとりしか選べない。だから、沢山の子がいる。だから、大量に募る。
試験会場にいた子供達には、それぞれ来てしまった理由がある。皆、抱えている理由はそれぞれ。だけど、オーダーにはそんな事関係ない。なら、どうすれば私は復讐を果たせる。ただオーダーになって銃を持てて、逮捕出来る様になるだけでは。
「的ならもうある。銃もある。あとは———銃を使う人を選ぶ」
「銃が?」
「見せられません。だけど、私は持っている……」
あの黒い塊。鞄の奥底に隠してある銃が、私の唯一武器。
「私は、弱い。認め、ます。だけど、私には目的がある———復讐を果たす。その為ならなんだって出来る。私、復讐の為に人を使う。私を使う。私の目的は、必ずオーダーの利益になる。————私、人を、オーダーを利用する」
都合のいい考えだろう。だけど、明確な目的がある私には、何をすればいいか手に取るようにわかった。私は、自由に選べる。あれだけの数がいる以上、私よりも銃の扱いが上手くなる人が出て来る筈だ。あのイサラやソソギのような、いや、もっと強い人が居るかもしれない。そして、あの二人よりも都合よく使える人すら。
「なら、答えて。あなたはオーダーで何を為す?」
「決まりました————私、美人になります」
「ん?」
「は?」
尋問官、白いメッシュの女子大生が共に声を発した。
「美人?待って、どういう事?」
「私は、高跳びは跳べない。銃は扱えない。喧嘩でも強くない。知識もない。ましてお金もない。なら、私は美人になって魅力的になって、」
「待って待って。もしかして篭絡、ハニートラップを仕掛けるとか考えてる?」
「私は美人になると言ってくれました。将来性はわからないと言っても、美人になれると言ってくれた。男共が放っておかないと言ってくれました。なら美人になって、銃も用意出来て、車も運転出来て、お金も準備出来るようになる」
決めた。私はオーダーになって、私に都合よく頷く誰かを探し出す。
「ヤバくない?止めた方がいいんじゃ?将来詐欺師になるよ」
「そ、それは危険かもしれないかな?あ、あんまりおすすめしない、」
「私には何もない。違います、私には将来性がある。銃を持てるようになるのは高校生から。なら、中学生の3年間で、私は私の手足になってくれる人を探す————だから、私、魅力的になって沢山の人と仲良くなって、いえ、品定めをします」
面接で何を聞かれるかなどわからない。だけど、確実に決まっている将来があるのならオーダーは私を受け入れるだろう。そして、私には復讐を果たすべき相手がいる。離れそうになる手を掴み取り、私の口元に移す。
「私、決めました。使える物は何でも使います。その為にオーダーで、知識も技術もお金も人脈も溜めます。復讐を果たすまで、多くを学んで、その時に全て燃やし尽くす。全てを使って————アイツらを根絶やしにする」
「…………全てを」
「だから、それまではオーダーのルールに従います。求められる性格になって、求められる技能を手にします。オーダーが私にお金と時間を使ってくれるなら、私は必ずお金と時間を返します。オーダーの手先となって権力者を逮捕する」
全てわかった。オーダーになる事の意味を。復讐を果たす目的は変わらない。彼らを殺す目的は変わらない。だけど、それまではオーダーの忠実な手先となって、求められるままに振る舞おう。準備も補佐も幇助も教唆も。そして、最後は私が始末する。
「————いいわ。そう。それでいいの。オーダーはただ可哀想だから子供達に教育を施すのではない。オーダーという組織を維持、手先となって権力者を逮捕する為に子供を求めている。幼い頃から洗脳的な教育を授ければ、必ず先兵に成れるから」
「洗脳……」
「洗脳はいや?だけど、子供に銃を授けるという事は、警察力じゃない。確かな戦力として成長する事を求めている。成長するには確固たる目的が必要。目的が無い子、ただ流された子はオーダーに成れない。いえ、成れるかもしれないけど長生き出来ない」
「まぁ、ぶっちゃけ容赦なく人を撃てたり刺せる子供なら、誰でもいいんだけど」
「————試した?」
手を強く握り、軽く指先を噛んでみる。
「だ、だけど目的と手段と利益を理解している子が必要なのは間違いないから、痛、噛まないで……」
もごもごと尋問官の指先を噛み続ける。困った顔をしながらも、年上の女性は手を戻さなかった。しばし、噛み続け、飽きたところで手を離す。
「う、ヒリヒリする」
「ついでに言っちゃうと、事ここに至ってまだ本気なれない、必死になれない子はダメ。そういう子って結局帰る場所があるから手を抜くの。弾丸が飛ぶ戦場で、混乱しているならまだしも、ナヨナヨした態度取られると二度と組みたくなくなるから」
「う……、オーダーでも人間関係は大事。自分の役割を全うしようと必死になれない子は、オーダーにはなれない。特に当事者意識が薄くて、批評的で自分を変える努力も出来ない子は、周りの戦意も落すから真っ先に落とされる。学科試験と体力測定の結果は大事だけど、同じぐらい姿勢も重要視される。う、ヒリヒリする……」
「では、あのソソギは」
「いえ、勿論合格すると思う」
指先を擦りながら知らせてくれる。
「必死さとか本気度は見られるけど、どうしたって全てをこなす万能な人はいる。凡人がどれだけ努力しても届かない頂きを簡単に超える子は、どうしたって必要。いわゆるエースは、オーダーでも絶対に逃したくない。悲しいけど、現実は非情なの」
「試験で誰よりも必死だとしても、手を抜いても易々と超える子が選ばれる。オーダーだって実力主義なんだし、見込みのない子よりも確実に戦力になる子に手間をかけるのは当然でしょう。残念だけど、私も組むんだったら確実に有能な方を選ぶし」
仕方がない世界だった。オーダーだって国が運営する組織なのだ。
病気や怪我で常人が出来る行動を取れない人間は、どうしたって早死にする。よほど壊滅的な性格でなければ、優秀で何事もそつなくこなす秀才に手間暇かけて世話をするのは、仕方のない事だった。
「それにこんな組織なんだもん。死ぬ時は簡単に死ぬけど、一発殴られたり、威嚇されただけで、あっけなく死なれたら困るし、世間的にも予算的にも」
「———私は、死にません。復讐を果たすまで」
「うん、それでいい。だけど、その復讐はあまり口に出さないで。場合によっては外部監査科————オーダーを狩るオーダーに目を付けられるかもしれない」
「オーダーを?」
「降りかかる火の粉は出来る限り少なくした方がいいって事。それに、私の復讐の為に、あなたを使いたいから言う事を聞けって言う人、信用できる?」
言わんとしたい事はわかって来た。確かに、復讐さえ果たせればそれでいいなど言われれば、使い捨てされると嫌でも気付くだろう。
「その時が来るまで、真にあなたが必要だと思った、裏切りたくないと思った人にだけ話して。必ず会える。あなたの言う通り、美人で優秀になれば確実に」
「目的さえ叶えば、それで」
「言ったでしょう。人生は長い。復讐のその後はどうしたってやって来る」
叫ぶ事は無かった。今までの話で気付いてしまった。
たった一度の為に、私の今までの人生とこれからの人生を使い果たす。オーダーに入り、勉強し、人脈を築き、美しくなり、性格を変え、人に取り入る。それで得られるのはたった一度の絶頂。馬鹿馬鹿しいかもしれない。割に合わないかもしれない。
「…………だけど、私は————」
「わかってる。許せない。それでいい。その怒りを忘れないで」
そして私は車を降りた。到着してずっと車内で話していた所為だ、既に時刻は10時を過ぎている。私の付き添いで来た尋問官が待っていた看護師に叱責され、頭を下げている。本来、こんな世話は彼女の仕事ではない。そんな事分かり切っていた。
「あの……」
振り返り、その人に声を掛ける。
「ありがとう、ございました……」
「ふふ、ありがとう。だけど、それを言うのはまだ早いかもしれない」
尋問官はそれだけを告げて車内に戻ってしまった。
まず真っ先にシャワーを浴びた。冷水じゃない。温かなお湯を。備え付けのシャンプーを使い、可能な限りのお洒落をする————痛んだ髪から酷い匂いなど漂わせては、誰からも見る気にされない。美しいと、第一印象を刷り込めない。
「私は美しくなる」
近場にいた看護師に無理を言う。保湿クリームが欲しいと。
戸惑いながらも、何処からか用意してくれた、それを身体中に塗りたくる。火傷に痛みが走るが、ガサガサの手と身体では触れた時、悪い印象を与えてしまう。
この皮膚はもう元には戻らない。なら、それを超える肌触りを手に入れる。
病室に戻り、与えられた病院食を睨みつける。
「頂きます……」
このやせ細った身体ではダメだ。イサラやソソギのような長い手足は私にはない。だから、目指さない。けれど、大人の彼女達はこの身体を褒め称えた。小学生とは思えないと何度も言葉にした————ならば、この身体には人を惹きつける力がある。
「不味い……けど、食べないと」
まずは、このあばらだ。浮き出る骨を柔らかく美しい脂肪で覆い隠し、豊満な肉体に成らなければならない。既に数年間の時間は奪われている。ならば、今からでも目指さなければならない。私には時間がない。高校生までに、絶対的な肉体へ。
「…………行った」
食器を片付けに現れ、去っていく背中を見つめた。
そして、この足だ。骨張り、膝の骨が突き出ている。酷く痛々しい。
ベットから立ち上がり、スクワットを繰り返す。とにかく肉がない。これでは自分の身体さえ支えられない。砕けた脛ではダメだった。けれど、痛みを感じなくなったこの足なら、何度でも酷使出来る。けれど、鍛えすぎもいけない。
必要なのは足を支える筋肉と外を覆う白い柔らかな脂肪。
「足を何度も触る人もいた……」
足にどれだけの魅力があるなど、知った事ではない。けれど、あの人間達は私の足に触れ続け、口に含む者さえいた。ならば、太過ぎず、細過ぎない、柔らかな魅力的な足を手にする。スクワットの次はつま先立ち、次いでつま先をつまんでの片足立ち。思いつく限り、足だけではない。腕も腹も股関節も鍛え、血と肉を与えていく。
「…………許さない」
誰からも求められる蠱惑的な肉体。誰からも求められる愛らしい性格。誰もが振り変える美しき容姿。ただベットの上で惰眠を貪るだけでは手に出来ない自分を、時間を掛けて創造していく。————全ては、復讐の為に。
「…………許さないッ!!」
やはり、私には怒りこそが相応しい。狂わんばかりの圧倒的な劫火が。
復讐相手だけではない。私すらも、周りの人間さえ掴んで離さない、全てを巻き込む大火が欲しい。炎の足跡を造り、私の痕跡に誰もが慄く、圧倒的な焔が。
「許さない————ッ!!」
私は狂った。
これからの人生は、いずれ出会う誰かの為に捧げる。その人を使う、復讐の為に使い潰す。私が見て、私が選び、私が用立て、私が与え、私が堕とす。身体を与え、声を捧げ、富を約束し、未来を見させる。私がいなければ何も出来ない堕落を与える。
「待っていて。私の誰か。私をあげる代わりに、あなたを貰う————」
過去を肯定し、今を享受させ、未来を叶える。
男でも女でも年上でも年下でも、赤子であろうと死に掛けだろうと人外であろうとも。
必ずや、その人を私に堕としてみせる。そして、最後は私が仕留める。
「ん?」
「どうされました?」
首を僅かにかしげ、にこりと笑う。
翌朝も尋問官が訪れた。朝食中の私を見たその人は————。
「そう。決めたのね」
「なんの事ですか~」
「いいえ、もうあなたはとても強いわね」
ベット袂の椅子に座った尋問官は、楽し気に微笑んだ。
「面接って、何を聞かれるんですか?」
「私はいち職員だから、問題を伝える事は憚れる。だけど、オーダー中等部OGとしてなら過去の問題を伝えられるわ。私の頃は————」
会話が途切れる事は無かった。楽しく、穏やかに、はしゃぎ、時間を掛け、相手との交流を深めていく。この人の特技、立場を会話の中で見抜き、自分を売り込んでいく。焦る本能、落ち着けと言う理性、退けと叫ぶ獣性、黙らせる品性。
たった数分の会話の中で全てが私の中でいがみ合う。だけど、私は全てを使いこなす。
「査問学科って、二種類あるんですか」
「ええ、私と公。そして私は公の方ね。つまりはエリート」
「流石です~♪」
「ふふ、いずれ褒め方のレクチャーも教えられるから、もっと武器を増やして」
「なんのことですか~♪」
高い声で伝える。悲鳴が聞きたいと、私に痛みを与えた人がいた。
その人は須らく高い悲鳴を求めた。甲高い、耳をつんざく、心に残る音程。
「発声練習もある。音楽の授業もあるから、楽しみにしていて」
「楽しみです♪」
「ちなみに、私は音楽の首席だったから」
さて、どう返すべきか。流石、では先ほどと被る。芸がない。一秒にも満たない時刻を切り刻み、脳の中で吟味し、肺を使い空気を調節し、喉を用いて言葉にする。
「私でも成績取れますか?私、あんまり音楽は得意じゃなくて~」
弱い部位を見せつける。人間は、自分よりも物を知らない相手に対して、自分の知識を教えたがる性質を持っている。私を嬲った後、長々と今までの自慢を話し続ける人間は多くいた。それが本当かどうかなどどうでもいい。相手に快楽を与える。
「その声が出せるのなら、問題なく取れるわね。だけど、気を付けた方がいい。目立ち過ぎると、反感を買う事もあるわ。オーダーはやはり奪われた子しかいないから」
「良い成績を取ると、嫉妬されますか?」
「声を潰された子がいる————」
いるとは思っていた。
だけど悲鳴を聞きたがる人は多くいた。だから、私は喉は潰されなかった。
「人の恨みは単純よ。自分の持っていないものを持っているというだけで恨まれる。逆恨みだと思う?理不尽かもしれないけど」
「だけど、それが力になる———」
「それが正しい。感情を自己嫌悪に使っては、オーダーとして成長出来ない。それはあなたも同じね」
「ん~?なんのことですか~♪」
笑みを浮かべた尋問官は、そろそろと言った感じに立ち上がる。
「食事は終わったわね。じゃあ、行きましょう」
「はい、お世話になります♪」
数日前の脛の痛みなど嘘の様に飛び降りられた。クローゼットに入っている黒いレーザーの衣服を取り出し、与えられた下着を使って胸の肉を整えていく。カーテンを開いた私を待っていたのは、尋問官の笑顔———では、なかった。
「う、やっぱり、本当に小学生?」
「残念ながら違います。私は、オーダーの中学生です♪」
自嘲気味に笑い、腕を組み、自分の胸を持ち上げる尋問官は何度も私と自分のを見比べる。決して小さい訳ではないそれだが、尋問官の顔は晴れなかった。
「何でも胸を成長させるのはストレスの開放♪あと、誰かに揉んでもらう事とか♪」
「—————私は自分のに満足してる。だけど逆恨み、いえ、これは正当な恨みね」
踵を返した尋問官の後ろに付き、院内を歩く。朝の挨拶をする看護師に笑みを浮かべ返し、あの女医はいないかと見回すが、見当たらなかった。
「あの先生を探しているのね」
背中に目でも付いているのだろう。しかも、的確に私の心情を見抜いた。
「あ、何故わかるんですか?」
「髪の音で首を回しているのが聞こえる。そして、あなたの知っている病院内の相手は、看護師かあの先生。看護師を探す必要はないから、可能性が高いのは先生に絞られる————耳を使う訓練。数学とも言えない算数。どれも習う事だから」
これがオーダーなのかと思った。
「驚いた?少しは見直した?ちなみに、あの先生は基本的に別の病院にいるから、よほどの事が無い限り出会うのは難しい。私も、久しぶりに会ったから」
「爪、ですか」
「正解」
言いながら後ろに手を向けてくる。その爪は綺麗にネイルケアがされ、薄いピンクに輝いていた。だけど、やけに短い。そして、指が所々擦り切れている。
「銃を持つ以上、手のケアにも限界がある。いえ、ケアしなければ適切に銃を運用出来ない。あなたもわかるわ。オーダーとして美容方法が。暗黙の了解もね」
「手袋とかは」
「使ってこれなの。ゾッとする?」
それ以上は何も言わなかった。頷いた私に満足したらしく、尋問官は手を戻した。
病院から辞した私達は、やはり待っていた大きな車へと乗り込む。そして、当然と言った感じに冷蔵庫から飲み物を取り出し、二人で蓋を開ける。
「ちょっと!私の商品!!」
と聞こえたが、尋問官は手を軽く振るだけで答える。
「後で必ず請求するかんね!」
口ではこう言いつつ、発進はゆっくりで快適だった。
「でさ、どうなの自信のほどは?」
「もっちろーん♪受かる気満々ですよ♪」
「———ええ、必ずあなたは受かるから」
白いメッシュの女子大生からもお墨付きを得た私は、上機嫌で足を振る。魅力的な姿とは千差万別。その中でも突出して重要になるのが、恐らく年齢だ。年相応の振る舞いは、もはや常識だ。いくら美しくとも、いつまでもリボンを大量に付けた姿は酷く滑稽だ。本人が良いのなら良いと言う人もいるだろうが、我を通すだけでは、人には好まれない。服装は人々が作る秩序である。ならば私は目に見える秩序を着飾る。
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