第6話 サカバヤシ流本道場・2 三尺刀


 ゾエの都、ウスケシ。サカバヤシ流本道場。


 床の間には『雷』と一文字だけ太く勢い良く書かれた掛け軸。

 サカバヤシ流では『抜きの命は雷にあり』と言う。

 その速さで抜き、振る所を目指すのだ―――


 壁際にずらりと並ぶ門弟達は、皆がとても考えられない長さの刀を脇に置いている。あれが3尺3寸の刀。

 柄は太刀のように少し長いが、打刀。皆、あれで抜刀をするのだ・・・


「親父」


「馬鹿者! 道場では先生と呼べと何度言えば分かる! 何だジンノジョウ!」


 ジンノジョウが立ち上がって、横並びのマサヒデ達の後ろを歩きながら、


「ああ、分かった分かった、聞いてくれ、先生。トミヤスさんだけじゃねえ、こっち、ハワードさん! アルマダ=ハワード! トミヤス流の2枚看板のもう1人! それと、これが鬼族だろ! な? ほんとだったろ? あと、このスーツのが、なんと狼族なんだ! それとさ、あの後ろの小さい方の女が」


「ええい、分かった! 黙れ! 座れ!」


 ち、と苦い顔で舌打ちをするのが、ジンノジョウの父、サカバヤシ流夢想派の宗家。

 ぐぐぐ、と頭を下げ、


「皆様、礼儀を知らぬ息子で、誠に申し訳ありません。ジンノジョウの父、サカバヤシ流夢想派8代目宗家、ジンゴロウと申します」


「トミヤス流、マサヒデ=トミヤスです」

「同じく、アルマダ=ハワードです」

「同じく、カオル=サダマキと申します」

「我流、シズクです」


 マサヒデ達が名乗っていき、順に頭を下げる。


「マサヒデ=トミヤス様家臣、イザベル=エッセン=ファッテンベルクであります」


 イザベルが名乗った時、ぴく、とジンゴロウの耳が動いた。


「失礼。イザベル殿と申しましたか。エッセン=ファッテンベルク? 狼族の?」


「は」


 き! とジンゴロウがジンノジョウを睨む。


「ジンノジョウ・・・ちょっとこっちに来い」


「何? ああ、はい」


 さ、とジンノジョウが立ち上がって、ジンゴロウの前に座る。

 ジンゴロウが手で招き、


「もうちょっとこっちに来い」


 こそこそ・・・


「いっ!? いや、でもよ・・・」


 こそこそ・・・


「まじかよ!?」


「大きな声を上げるな! もうお前は黙ってそこに座っていろ」


「はい・・・」


 ジンノジョウがちらちらとイザベルを見て、ジンゴロウの横に座る。

 ごほん! とジンゴロウが咳払いして、


「武門で名高きエッセン=ファッテンベルク家のお方と会えるなど、光栄です」


「私、武門の名を汚す弱輩者であります! そのようなお言葉、恐縮であります!」


「息子が大変な失礼を。お許し下さい」


「私こそ、名高きサカバヤシ流道場の敷居をまたぐ事、お許しを!」


 こういう時のイザベルは実に堂々としている。

 ジンゴロウがぺちん、と額に手を当てて、はあ、と溜め息をつき、ジンノジョウを睨む。


「全く不出来な息子で情けない。旅に出て少しはましになったかと思えば、肩を落として鼻を垂らして帰って来る始末で・・・」


 ぶんぶんとジンゴロウが首を振り、もう一度咳払いをして、背筋を伸ばす。


「む、失礼致しました。それで、本日は」


 マサヒデが頭を下げ、


「ゾエに立ち寄る事があれば、とジンノジョウさんからお言葉を頂きまして。甘えさせて頂き、ご挨拶に参りました」


「ううむ・・・この馬鹿息子を、トミヤス道場に出稽古にと申されたとか」


「はい」


「カゲミツ殿には、抜く前に終わらされたと聞きましたが、ジンノジョウで宜しいので? 他の者でも、いや、何なら私が出向いても良いのですが」


「えっ」


 マサヒデ達が驚いてジンゴロウを見る。

 まさか宗家自ら出向いてくれるとは?


「いや・・・いや、宗家自らは流石に畏れ多く・・・道場もありますのに」


「まあ、カゲミツ殿とは知らぬ仲でもなし。のんびりしておれば、とんでもない所に行ってしまいましょうし。最近はどうです? トミヤス殿も放逐されたと聞きますが、何か面白い道場破りでも来たと聞きませんか」


 ジンゴロウがにこにこ笑う。

 道場破りと言えば、一剣流宗家も驚いたあの男しかいない。


「最近ですと、全方不敗流のシュウゾウ=クノとか」


「何っ!?」


 笑っていたジンゴロウの顔が驚愕のものに変わり、がば! と身を乗り出す。


「クノ!? シュウゾウ=クノ!? あのシュウゾウ=クノが、この国におるのですか!?」


「今はどこか分かりませんが、少し前に私も首都でお会いしました。あの方なら、冗談抜きに海の上も走って行きそうですし、まだこの国におりますかどうかは分かりませんが」


「で!? で!? 道場破りは!? クノの・・・カゲミツ殿はご無事か!?」


 ジンノジョウが驚いてジンゴロウに手を出し、


「ちょ、ちょっと落ち着け、親父! カゲミツ様が無事かって言ったのか? シュウゾウ=クノって奴は、そんなに凄い奴なのか? 全方不敗流ってなんだよ」


「お、愚か者! シュウゾウ=クノは魔の国でも1、2を争う武術家だ! クノは全方不敗流の開祖だ!」


「ええっ!? 魔の国で1、2!? まじかよ!?」


 2人の目が、マサヒデに向けられる。

 門弟達も目を丸くしてマサヒデを見る。

 聞いたこともなかったが、そんな武術家が居たとは。


 マサヒデは驚く2人に軽く手を振って、


「あ、父上は大丈夫です。勝負は引き分けに終わったのですが、クノさんが庭を壊してしまったのです。それで、弁償する金がないので、代わりにと全方不敗流の覚書を父上に渡されたとか」


 それを聞き、またジンゴロウが驚いて仰け反る。


「な、何!? クノと引き分けた!? 全方不敗流の覚書を渡された!?」


「はい。併伝するとか何とか」


「へ、併伝・・・」


 とすん、とジンゴロウが腰を落とし、ゆっくりとジンノジョウを見て、


「ジンノジョウ」


「な、何だよ」


「しばらく道場を任せる。ちゃんと雪かき、雪下ろしはしておけ」


「は?」


 す、とジンゴロウが立ち上がり、すす、と襟を正して頭を下げ、


「皆様、わざわざのご来訪、ありがたく存じます。トミヤス殿、今すぐ私自らがトミヤス道場へ向かいましょう。しかと出稽古をお務めさせて頂きます」


「え!?」

「親父!? 何言ってんだ!?」


「ではジンノジョウ、出掛けてくる。春・・・いや、夏までは戻らんと思う」


「待て待て待て! 親父!」


 立ち去ろうとするジンゴロウの足にジンノジョウが跳びつく。


「何をする! 離せ!」


「馬鹿言ってんじゃねえ! 折角マサヒデさん達が来てくれたんだぜ!」


「お前はシュウゾウ=クノを知らんからそう言えるのだ! 魔の国1、2の達人の流派、全方不敗流を知りたいと思わんのか!」


「一手くらい親父から指南してやってくれよ!」


「そんな暇はない!」


「カゲミツ様の息子さんだぜ!? トミヤス道場に行くなら、そのくらいしねえと失礼じゃねえか!」


「ぬっ・・・」


 ずるずるとジンノジョウを引きずっていた足が止まった。


「うぬぬ・・・そ、その通りだ・・・」


「だろ!? だよな!? 親父、戻れって」


「分かった。もう離せ」


 ほ、としてジンノジョウが足を離すと、ジンゴロウが稽古着を正して、席に戻り、


「・・・お見苦しい所を、失礼致しました」


 と、頭を下げた。

 やり取りを見て、マサヒデは苦笑しそうになったが、ぐっと堪え、


「あ、いえ、その、何と言いますか、私も武術家の端くれ、お気持ちは分かります」


「申し訳もございません。早速準備を致します。ああ・・・シズク殿と申されましたか。刀はお使いに?」


「私は棒だけです」


「どうなされます? 折角ですので、ひとつ」


 シズクが気不味い顔で横を向き、


「いや、刀って、私が握ると壊しちゃうと思うから・・・練習で力んで壊しちゃうと、あれだし」


 鬼族はとんでもない力があるのだ。うっかり力んでしまったら大変だ。 ジンゴロウもそれを知っているので、別にせっかく勧めてやったのに、などという顔はしない。シズクの言い分は当たり前。


「む、分かりました。ジンノジョウ。皆様の分の三尺刀を持って来い。練習用ので良いぞ」


「分かった」



----------



 ごとり、ごとり、と皆の前にジンノジョウが3尺3寸の刀を置いていく。

 『三尺刀』と言っても、実際はそれ以上あるのだ。

 目の前に置かれると、実に長い。柄を入れれば、イザベルの剣と同じくらいある。

 イザベルはその剣を背負って抜いている。

 これを腰に差して抜くのか・・・


「では、基本の基本。この三尺刀の抜き方。トミヤス殿であればどう抜かれる?」


「ううむ・・・」


 マサヒデが顎に手を当て、三尺刀を睨む。

 オリネオの町で三傅流の抜刀術を教えてくれた研師、イマイは、マサヒデの愛刀、雲切丸を見て言っていた。


 『4尺、5尺あれば別だが、このくらいは抜ける』


 雲切丸は2尺7寸5分・・・『4尺、5尺あれば別』・・・

 3尺3寸ならば抜けるか。


「やってみます。私に三傅流の抜刀を教えてくれた方は、4尺、5尺あれば別だが、この刀」


 マサヒデが脇に置いていた雲切丸を取り上げて、


「これは2尺7寸5分ありますが、これなら楽に抜ける。4尺、5尺あれば別だと。3尺なら抜けるはず・・・」


 ジンゴロウがにやにや笑って、肘置きで腕を立て、手に顎を乗せる。


「ほう! 三傅流ですか! なるほど、そこにサカバヤシ流まで入れば、もう抜刀では敵なしですかな」


「やってみます」


 マサヒデが三尺刀を持って立ち上がり、腰に差して、皆に鞘が当たらないように少し前に出る。


「・・・」


 柄に手を乗せ、鯉口を切り・・・しゃ!


「うむ! お見事!」


「おおっ!?」


 カオルが驚いて声を上げた。

 手は宙でそのまま、鞘から出て、ぐっと左腰を回し、左膝を沈める。

 三傅流の抜刀術で、この三尺刀は抜ける!


「抜けた・・・!」


 が、ジンゴロウもジンノジョウも、にやにやしてマサヒデを見ている。


「初めてにしてはお見事。うむ・・・そうですな。そちらのサダマキ殿は如何?」


 ジンゴロウの目がカオルに向き、カオルが驚いて首を上げる。


「私ですか」


 ジンゴロウが頷き、


「昔の人族は男でも身長5尺程でしたが、これを抜いておりました。サダマキ殿は5尺半か半足らず。5尺よりも高い。まあ、抜けて当然ですな」


「・・・では、やらせて頂きます」


 ジンノジョウがにやにや笑いながら、


「親父、意地が悪いぜ」


 と、囁く。


「道場では先生と呼べ」


 そう言ったジンゴロウも、面白そうににやにや笑っている。

 カオルが立ち上がって、ぱらっと下緒を巻き、三尺刀を腰に差す。

 ちらりとにやにや笑う2人を見て、猛烈に負けん気が湧き上がってきた。

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