第7話 サカバヤシ流本道場・3 鍋


 サカバヤシ流本道場。


 三尺刀を抜いてみろ、と言われ、マサヒデは抜けた。

 次に指名されたのはカオル。


 宗家ジンゴロウ、息子のジンノジョウも、にやにや笑ってカオルを見ている。

 2人のにやつく顔を見て、カオルにむかむかと負けん気が湧き上がってきた。


「・・・」


 すす、と柄を前に置いた手に持って来る。


(む)


 ひた、と柄を手に置いた所で、カオルが止まった。

 これは抜けない・・・

 すす、と手を前に出す。


「ぷっ」


 小さくジンノジョウが吹き出す。

 違う。これでは抜けない。


「ふ・・・すうー・・・ふう」


 一旦手を戻し、もう一度最初に戻る。

 イマイが言っていた事を思い出す。

 抜刀で大事なのは・・・


(鞘捌き)


 す・・・と鞘を前に出し・・・左に腰を回し、左膝を外に・・・


「む、む・・・」


 ゆっくり抜いていくと、かつ、と切先が鯉口に当たったが、何とか抜けた。


「ほおう・・・」


 ジンゴロウ、ジンノジョウが少し驚いた顔で、カオルの手の三尺刀を見る。


「ううむ、お見事。流石トミヤス殿の教えを受けているだけはある」


「恐縮です」


 鞘から迎えに行き、前ですすっと刀身の棟に沿って滑らせ、こ、と切先が入った所で、落とすようにして、何とか納める。抜けても、納刀がまた難しい。


「ふむ。納刀も中々。初めてでいきなり抜けた方は、数える程しかおりませんが。おいジンノジョウ。お前には明日から道場を任せるから、少し手本を見せてやれ。教えるというのも難しいものだぞ」


 くす、とジンノジョウが笑う。


「分かった分かった。親父、やっぱり意地悪だな」


「どこがだ。ほれ」


 言いながら、ジンゴロウもにやにや笑っている。

 ジンゴロウが横に置いていた三尺刀をジンノジョウに差し出す。

 ジンノジョウが立ち上がって受け取り、マサヒデ達の前に立ち、


「ええっと・・・そうだなあ・・・」


 腕を組んで、うん、うん? と左右に首を傾け、


「うん。ハワードさん。こっち。ちょっとこっち」


「私ですか?」


「刀は持ってこなくていいよ。ちょっと前に立って」


「分かりました」


 アルマダがジンノジョウの前に立つ。

 ジンノジョウは手で招いて、


「もっとこっち。近く近く。ほら、ここ。柄頭を手で押さえちゃって」


「それで抜ける・・・のですね?」


「ああ勿論! 大丈夫! だーい丈夫。練習用だから、斬れないから」


 アルマダがほとんど目の前に立ち、柄頭に手を置く。

 もう刀の間合いどころか、脇差の間合いでもない。掴むか当身か小刀。

 ジンノジョウがマサヒデの方を向き、


「あんなにぐーっと足ぃ沈めなくても抜けるから。手の置き方は良かったかな」


 言った瞬間、すぱん! と抜いた。


「はいっ!?」「なっ!?」「うっ!?」


「ははは! な? ほら抜けたー!」


 驚くマサヒデ達を見て、ジンノジョウが高笑いを上げる。


「お見事!」「ぃよっ! 若様!」「流石!」


 マサヒデ達が絶句する中、門弟達の声が上がる。

 アルマダは目の前で起こった光景が信じられないように、目を丸くしている。

 横を見れば、すぱっと抜かれた三尺刀の切先がアルマダの脇腹に向いている。

 切先をちょいと上げれば脇の下、鎧の隙間から心臓にぶすりだ。

 当然ながら、鎧がなければそのまま突かれて終わり。


「分かった? この感じ。身体の内側を、ぐにに! って練って、ぱん! っていく感じ。分かる? 抜刀はこの内側を練って、ぱん! ていう感覚なのよ」


 言いながら、ジンノジョウがすらりと三尺の刀を納める。


「ま! ここまでは求めないさ。さあて、マサヒデさんよ。自慢の御刀で抜き打ちしてみな。これが抜けると分かりゃ、その長さなんて軽い軽い! 小刀抜くように感じるはずだ」


「では・・・」


 マサヒデが右手に置いていた雲切丸を取って立ち上がり、腰に差す。


「あっ」


 腰に差した瞬間に分かった。

 長い、長い・・・はずの雲切丸が、全然長さを感じない。

 はっきりと楽に抜けると感じる。


「あれ・・・」


 口を開けて腰の刀を見るマサヒデを、ジンノジョウがにやにや笑いながら見ている。

 座っているカオル、シズク、イザベルも、何事かとマサヒデを見上げる。


「ほら、抜いてみなって」


「はい」


 すらん!


「おおっ!?」


 思わず声を上げてしまった。

 今までぐっと身体を沈めて抜いていた雲切丸が、楽に抜けるではないか!


「あれっ!? 抜ける!? 簡単だ!?」


「ははは!」


 すらりと納め、もう一度。

 すらん!


「抜きやすい・・・脇差を抜くみたいだ」


「はっはっは! ジンノジョウ、良い教え方だ!」


 後ろでジンゴロウがぱちぱちと手を叩く。


「だろお? 俺も中々だろ? 宗家譲ってくれても良いんだぜ」


「ははは! 何言ってやがる! お前程度じゃあまだまだ青い! ははは!」


「だよなあ! ははは!」


 道場が笑いで包まれたが、マサヒデ達は驚いてマサヒデの手の雲切丸を見つめていた。



----------



 それから稽古時間はすぐに終わって、鍋の時間―――


「鍋ですか?」


「おお、そうだ! うちの鍋は美味いぞ! 冬の稽古の後はいつも皆で食べるんだ」


「相撲部屋みたいですね」


「ははは! かもな! さあ来いよ!」


 誘われるまま、皆がぞろぞろと奥の部屋に入って行く。マサヒデ達も入ると、部屋には小さなテーブルくらいの大鍋が2つ、ぐつぐつと煮えていて、門弟達が鍋の周りに座る。


「ほら、座ってくれ。この部屋じゃ上下なしだ。好きなだけ食べてってくれよ!」


 後ろを見れば、クレール、シズク、イザベルが顔を明るくしている。

 この大食漢3人には夢の時間のはず・・・


「好きなだけ、ですか?」


「おおそうよ! 腹一杯になるまで食ってってくれ!」


「じゃあ遠慮なくー!」


 どかっとシズクが座って、椀に盛り、すすーん、と鼻を鳴らし、


「美味そう! 良い匂い! いっただっきまーす!」


 ジンノジョウがにこにこしながらシズクを見て、


「おお、どんどん食ってってくれ!」


(これはまずい)


 鍋2つではとても足りないぞ、と思ったら、ささ! とクレールも座って、椀に盛っている。


「いただきます!」


「では私も!」


 さ! とイザベルも座り、椀に盛る。


「ああ」


 マサヒデが渋い顔で、ぺちんと顔に手を当てて、


「サカバヤシさん、すみません」


「は? 何が」


「あの3人、凄い食べますよ。クレールさん1人で、あの鍋ひとつなら軽く食べますけど、皆さんの分、大丈夫ですか」


 ふ、とジンノジョウが鼻で笑う。

 まさかな。テーブル程の鍋がふたつもあるのだ。


「ははは! レイシクランは食うって聞いてるけどよ! そりゃ盛りすぎ!」


「まあ・・・少しそこで見ていれば分かりますよ」


 マサヒデが後ろの皆の方に向き、


「急いで我々も食べましょう。早くしないと食べられます」


「そうですね」

「はい」


 アルマダ、カオル、ラディも頷いて、ささっと鍋のそばに座り、椀に盛る。

 マサヒデも座って椀に盛る。


「ふむ?」


 とろりとした汁に、肉と里芋、大根だけ。

 里芋はとろけてふやふやになっている。とろみはこれか。


「ふうー、ふうー・・・ほ、ほ」


 これは美味い!

 口の中に入れた里芋がとろんと崩れ、身体の中から暖かくなっていく!


「ぉぉ・・・ん、これは美味い!」


「だろ! ほら、どんどん」


 ずびび! もくもく、ごくん。

 ずびび! もくもく、ごくん。

 ずびび! もくもく、ごくん。


「・・・何だありゃ」


 ジンノジョウが大食漢3人を見て、驚いてしまった。

 クレールもシズクもイザベルも、ほとんど一口で食べてしまっている。ジンゴロウも門弟達も驚いて、箸を止めて3人を見つめる。


「美味いな!」

「美味しいです!」

「うむ! 美味い!」


 ずびび! もくもく、ごくん。

 ずびび! もくもく、ごくん。

 ずびび! もくもく、ごくん。


 からっ・・・

 もう鍋が終わってしまった。

 一緒に囲んでいた門弟達も、驚いて空になった鍋を見つめている。


「むっ! あっちの鍋だ!」

「行きましょう!」

「はっ!」


 3人がマサヒデ達の鍋を見た!


「あ、まずい! こっちに来ますよ! 皆さん、急いで!」


「むむ!」


 急ぎたいが、熱くて中々進まない!

 ふ! ふ! と吹いて、少しずつ、少しずつ・・・


「美味いな!」

「美味しいです!」

「うむ! 美味い!」


 は! とジンノジョウが慌てて座り、椀に盛る。


「何でそんなに食うんだよ!」


「美味しいもーん! おかわりだー!」


「ふはっ・・・」


 クレールが息をつくと、もう鍋が空っぽ。


「げっ!?」


 ジンノジョウが目を丸くして鍋を覗き込む。


「ほらね。サカバヤシさん、言ったでしょう?」


「すまねえ」


 シズクが鍋を見て、にっこりとジンノジョウに笑顔を向ける。

 好きなだけ食える!


「あ、終わっちゃった。サカバヤシせんせ! おかわり!」


「すまねえ。もう終わりだ」


 はあ? とシズクががっかりした顔に変わる。


「ええー!? 好きなだけって言ったじゃん! 全然足りなーい!」


 ジンノジョウががっくりと肩を落とす。


「すまねえ・・・次来る時は言ってくれよ。鍋、もっと用意しとくから」


「ほんと!? じゃ明日も来るよ! ありがと!」


「まじかよ!?」


 ふ、とジンゴロウが苦笑して立ち上がり、驚くジンノジョウを見下ろして、


「明日からはお前に道場を任せると言ったぞ。頑張れよ」


「まじかよ!?」


「さて! 私は旅支度だ。霧も晴れたし、夜行便も出るだろう」


「ほんとに行くのかよ!?」


「当たり前だ」


 マサヒデが手を上げ、


「サカバヤシ宗家。港に行くのであれば、私達、馬車を連れてきておりますので、如何でしょう」


「おお、それは助かります。お言葉に甘えましょう。すぐ支度を済ませて参ります」


 あ、とマサヒデが思い出した。馬車だけではない。船もあるではないか。


「あっ、そうだ。そうでした。クレールさん、船を1日使ってもらっては。あの船なら首都まで1日ですし」


 お! とクレールが目を輝かせて、


「おおー! そうですね! サカバヤシ様、私の船で首都までお送り致します!」


「私の船? クレール殿は船をお持ちで?」


「お父様の持ち船ですけど、使ってくれと送られて来たんです! 小さめですけど、船足は速いです! 1日だけでしたら我慢して頂けますか?」


 流石、世界に名を轟かせるレイシクランは違う。

 ジンゴロウが唸って、クレールに頭を下げた。


「ううむ、さすがレイシクランは違いますな。では、乗せて頂きましょう」

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