第5話 サカバヤシ流本道場・1 再会
霧のせいもあり、サカバヤシ流本道場まではかなりかかってしまった。
道場に着く頃には霧も晴れ、雪がきらきらと光って眩しい。
美しくもあるが、これは光り過ぎだ。
カオルが言うに、この雪の反射光で、目をやられる事もあるという。
マサヒデが目を細めて馬を進めながら、前に見える大きな建物を指差して、横に並ぶアルマダと話す。
「あれがサカバヤシ流の本道場ですか。大きいですねえ」
アルマダが呆れ顔で頷く。
「そりゃあそうですよ。居合の頂点なんです。私は剣ですが、何かを掴みたい」
「しかし、遅くなりましたよ。今日は挨拶だけにしましょうか」
とっくに昼は過ぎてしまった。
「そうです、ね・・・?」
建物に近づいてきて、んん? とアルマダが眉を寄せ、背を伸ばす。
「マサヒデさん、あれは? 屋根の上」
「屋根?」
マサヒデが笠を上げて、屋根の上を見ると、誰かがいる。
「あれ・・・誰かいますね? 雨漏りかな」
「雪で瓦がズレたのでしょうか」
何者かが屋根の上でざくざくとスコップで雪を放り投げている。
ふう、とマサヒデが白い息を吐いて、
「雪国は大変ですね。ああいう作業もしないといけないのか」
「大変でしょうね」
がらがらと馬車がついてきて、道場の前で停まると、マサヒデ達も馬を下りて繋ぎ場に馬を繋いでいく。
さて行こうか、と皆が準備をした所で、
「おおっ!?」
屋根の上から声がして、皆が上を見上げた。
「あっ!?」
マサヒデが驚いて声を上げると、屋根の上の者が飛び降りてきた。
ばす! と藁沓(わらぐつ)で器用に着地して、明るい顔を上げる。
「おうおう! マサヒデさんじゃないの!」
「サカバヤシさん! お久しぶりです!」
この男はジンノジョウ=サカバヤシ。居合の頂点と言われるサカバヤシ流の、次代宗家の凄腕だ。
勇者祭の立ち会いで、マサヒデと真っ向の勝負をしたが、ぎりぎりの奇手でマサヒデが勝負を取った。
その後、トミヤス道場では、マサヒデの父、剣聖カゲミツと勝負をしたが、手も足も出ずに終わった。
そして、道場からの帰り、マサヒデの所に立ち寄り、機会があったらサカバヤシ道場に寄ってくれ、と去って行ったのであった。
命の取り合いの勝負をしたが、気の良い男で、マサヒデも必ず、と返事を返した。
そして、サカバヤシ流本道場のあるゾエの地に来たのだ。寄らぬ手はない。
ジンノジョウは嬉しそうに笑って、マサヒデの肩を叩く。
「もう来たのかよ。てっきり魔王様ん所に行ってから、帰りに来るかと思ってたぜ」
マサヒデも笑顔を返して頷く。
「北の海を船で米衆連合まで渡るんです。ゾエの港には寄りますから、挨拶に」
「そうかそうか! 嬉しいぜ! さあさあ、入ってくれよ!」
喜色満面で忙しいジンノジョウを見て、くすくすと皆が笑う。
アルマダが笑いながら、
「ジンノジョウ=サカバヤシさんですね」
「あっ」
綺羅びやかな鎧にマント。これは上級貴族だ。
マサヒデに目を取られ、全く目に入っていなかったのか。
ジンノジョウが、ちら、とマサヒデを見て、アルマダに目を戻し、
「あんたあ・・・もしかしてハワードさん? アルマダ=ハワード?」
「そうです」
がば! とジンノジョウが頭を下げ、
「あーっと! 失礼しましたー! ジンノジョウ=サカバヤシと申します!」
「ああ、そんな。構いません。マサヒデさんを死の間際まで追い詰めたお方と会えて、光栄です」
「ははーっ!」
「さあ、頭を上げて下さい。偉いのは父上で、私は息子。普通に接して下されば結構です」
「は・・・」
おずおずとジンノジョウが頭を上げると、後ろにはクレールもいる。
レイシクランの娘だ。多分、世界で5本の指に入る、大金持ち貴族の娘。
「おっと! そうだった!」
マサヒデが声を上げ、びく! とジンノジョウが肩をすくめる。
「な!? 何だよ!?」
「イザベルさん。一緒に朝を食べたから、顔は知ってますよね。でも、ちゃんと紹介はしてなかったですよね。イザベルさん、こちらへ」
「はっ!」
後ろから背丈程の長い剣を持った女が出てくる。
確かに見覚えがある。
刀を直してもらいに言った時、一緒に朝餉を食べた。(※勇者祭871話)
「サカバヤシさん。イザベル=エッセン=ファッテンベルク。私の家臣です」
す、とイザベルが胸に手を当てて頭を下げる。
ほ? とジンノジョウが少し驚いた顔で、イザベルを見て、マサヒデを見る。
「え? 家臣? あんた、家臣なんか抱えてるの?」
マサヒデが懐に手を入れ、もそもそとやって、印籠を取り出す。
狼族の主となった事の証で、国王から下賜された物だ。
「給料は出ないんですけどね。押しかけ家臣ですよ。これ見て下さい」
ジンノジョウが印籠に目を近付ける。
銀で金の動物の紋。
銀石目金象嵌(ぎんいしめ、きんぞうがん)、狼紋の印籠。
「おいおい、えらい派手な印籠だな・・・」
「ほら。この紋、見て下さい」
「んん? んん・・・あっ」
ぽかん、と口を開けて、ジンノジョウがイザベルを見る。印籠を指差して、
「・・・これ、狼の紋? てことは、狼族? 家臣?」
同じ獣人族とあって、この辺りは知っているようだ。
マサヒデが頷き、
「そういう事です」
あ! とジンノジョウが驚いた。
狼族に主と認められるのは、非常に稀な事なのだ。
ただの雇用主と雇い人というのでなく、狼族の本能で認められた者。
魔王の最初の兵となった者達が狼族であった。まだ若かった魔王の為、彼らは命を賭して魔の国の平和の為に戦った・・・そういう歴史もある。
それゆえ、狼族の主が出ると、国王からの祝の品も届く。この者は珍しい狼族の主である、という身分証の代わりでもある。
「おお、あんた狼族の人か! すげえな! 初めて見たぜ! 家臣て事はだ、マサヒデさんよ、あんた狼族の主だったのか!?」
マサヒデがにっこり笑って、
「実はそうだったんですよね」
ぺし、とジンノジョウが額に手を当てて、
「はー! 参ったねこりゃ・・・親父に紹介する言葉がどんどん増えるぜ・・・鬼族でも胆っ玉が飛び出そうに珍しいのに、狼族まで家臣にしてんのかよ。魔の国から戻ったら、龍人族でも増えてんじゃねえのか」
「ははは! かもしれませんね! それともう1人。ラディさん」
「はい」
後ろから背の高い女が出てくる。アルマダより高い。ジンノジョウよりも高い。
「こちらはラディスラヴァ=ホルニコヴァさんと言いまして。腕利きの治癒師です」
「どうも。マサヒデさんを殺しそこねた、ジンノジョウ=サカバヤシです」
皮肉っぽくジンノジョウが笑って、軽く頭を下げる。
「名前からして白露の人かい?」
ラディが首を振り、
「いえ。この国で育ちました。家はオリネオに」
「あそう? ゾエは白露の人が結構居るからな。大体、何とかヴァとか、何とかビッチって名前が多いんだ。ご先祖が引っ越してきたのか?」
「いえ。私が小さい頃に、両親とここに」
「ふうん」
そこでマサヒデがにやりと笑って、
「ラディさんの家は鍛冶屋でしてね」
「そうなの」
ぽん、と脇差を叩き、
「サカバヤシさんの足を刺したこれ。ラディさんのお父上の作なんですよ」
ああ! とジンノジョウがマサヒデの脇差を指差して、ラディに大声を上げる。
「何い! じゃあ、俺はあんたの親父に殺されかけたって訳か!」
「ははは! 見てみて下さいよ、これ」
マサヒデが脇差を取って、ジンノジョウに差し出す。
「ほおう・・・業物ってわけだ」
ジンノジョウが脇差を受け取って、ラディを見てにやりと笑う。
ラディも小さく笑顔を返す。
「親父さんの腕、見せてもらうぜ」
ぐ、ぐ、と手袋を取り、懐に突っ込んで、軽く脇差に一礼して、抜く。
「・・・」
肉厚く、反り浅い。
幅は広く、地鉄よく肌立つ。
小湾れ(のたれ)ごころの広直刃。
雪に冴えて輝く、刀匠ホルニ会心の作。
きらきらと美しく輝く冴えた地刃。
手首を動かせば、重さを感じさせない絶妙のバランス。
そして、抜いた時にはっきりと感じた、独特の空気を醸し出す刀身。
ジンノジョウが眉を寄せ、険しい顔で脇差を睨む。
「む・・・む・・・マサヒデさんよ・・・」
「はい」
「名刀だな。ミカサ・・・ミカサ上工だ。誰の作だ」
「ですから、ラディさんのお父上です」
「下手な冗談言うなよ。現代刀匠でこんなの打てる刀鍛冶はいねえ」
呟くようなジンノジョウの声に、にやりとマサヒデとラディが笑う。
「居るんですよ。オリネオには。父上の刀蔵にも、ラディさんのお父上の作が1振りあります」
「まじか・・・肉は厚いが・・・斬れるぜ、こりゃあよ・・・」
「そりゃあそうです。猪の首も落とせるんですから」
ジンノジョウが脇差からマサヒデに目を向ける。
「試したのかよ」
マサヒデがにやにやしながら頷く。
「ええ。私が。見て下さい。欠けとか曲がり、あります? 研師さんに見てもらいましたけど、何もないそうですが」
「・・・後で・・・後で、もういっぺん・・・注文、出していいかな・・・」
むう、と唸って、ジンノジョウが脇差を納め、マサヒデに返す。
「もうちょい見てえが、こんな所に突っ立ってたら寒いだろ。親父に紹介してえしよ・・・全く、何て紹介したら良いんだよ」
「そう言えば、ラディさんが打った小柄も、来年の刀剣年鑑に載るんですよ」
「もう一流どころしか居ねえじゃねえかよ!」
ジンノジョウが声を上げ、マサヒデがげらげら笑い、屋根を指差す。
「ははは! ところで、サカバヤシさんは屋根で何してたんです? 雨漏りですか」
む、とジンノジョウが不機嫌な顔になり、
「あんたのせいだよ」
「は?」
くるっとジンノジョウが振り向き、マサヒデを指差して、
「あんたに負けたからよ! 罰で今年の雪下ろしは全部俺がやんだよ!」
「雪下ろし? 屋根から雪を落とすって事ですか?」
ジンノジョウが指を引っ込めて、屋根を見て頷く。
「ああ。やらねえと、家が潰れちまうんだ。毎年、何軒か潰れてるぜ」
「ええ!? 家が潰れてしまうんですか!?」
にやっとジンノジョウが笑う。
「そうさ。で、俺達、身の軽い猫族の出番ってわけ。毎年、冬になると、冒険者ギルドから手伝い募集の回覧板が来るんだ。これで稼いどいて金貯めるのさ」
「はあー・・・」
マサヒデが声を上げ、腕を組んで、屋根と、落とされた雪を見る。
ジンノジョウが道場に顎をしゃくって、
「じゃさ、入ろうぜ。トミヤス流が来たって聞いたら、親父が喜ぶぜ」
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