第2話アブダビの豪華絢爛モスク
翌日から見本市はアブダビの会場に移って開催された。
アブダビはドバイと同じ、UAEに属する王国で、石油の産出により、実はドバイよりも裕福な国なのである。
ここには、550億もの費用をかけて作られた世界第一の広さの、シェイク・ザーイド・グランド・モスクがある。
色とりどりの大理石で美しいく飾られたこの豪華絢爛のモスクは一見の価値があるといえる。
俺たちは、見本市が開く前の時間を活用して、このモスクを見学しに来ていた。
「ドバイの王様は派手好きで観光に力を入れているけど、アブダビの方が、落ち着いた魅力があっていいな。」
「中東オタクのサツキは、一般的な基準にはならないな。日本人の多くは、ドバイは知っていても、アブダビを知らないだろう?。」
そんなことを話しながら、アブダビの見本市に着くと、隣のブースにいた、笹塚の同僚である公原が、俺たちに話しかけてきた。
「雫商事の花沢氏の遺体、日本で解剖にかけられるそうだぞ。遺族が過労死だと主張して、会社に損害賠償を請求するつもりらしい。」
「かなり仕事が忙しかったらしいですね。」
「俺も気をつけないと。うちの会社も人使い荒いから。」
公原はまだ愚痴り足りなかったようだったが、ブースに客が入ってきたので、自分のブースに戻っていった。
交代で軽い昼食をとったあと、また公原が俺たちのブースにやって来た。
「うちの笹塚が、今度は、輝商事の大河原さんと揉めてる。まったく、勘弁して欲しいよ。」
「公原さん、先輩なんでしょ。厳しく言ってやればどうです?。」
「僕は中途採用で、彼女の方が先輩なんです。それに、うちの課長が、彼女にいつもきつく言ってるんですが、彼女、気にもしてないですよ。」
サツキが商談で忙しそうだったので、俺は、笹塚が揉めているという、商品出入口の横にある控室にそっと顔をだした。
「あんたが、わが社が今日展示する予定だった商品を、納品業者から横取りしたのは解ってるんだ。」
「私、そんなこと知りません。苦情があるなら、正式に文書で出せばいいでしょ。」
「どうせ色仕掛けで裏取引したんだろ。そんなのに、証拠なんて出せる訳ない。俺、あんたが、アトランティス・ザ・パームで、アラブの金持ちと一緒にいるところを見たぞ。あれも、色仕掛けか?。」
「私、そこに泊っているのよ。知り合いのツテで、割引してもらって。あなたが見た時、アラブの金持ちと私は二人っきりじゃなかったでしょう?。」
「そういえば、ブルカを着た、地味な女の秘書がいたな。」
「ブルカじゃなくて、アバヤよ。秘書でもないし。
三人連れだったのに、アバズレみたいに言わないで欲しいわ。
もちろん、私は独身だから、誰とどこにいようが、あなた達には関係がないんだけど。」
笹塚は、自分の祖父くらいの年齢の大河原を、軽くいなして立ち去った。
隣のブースで、また怒鳴り声が聞こえた。
「笹塚。また、他社と揉めたのか。いつも注意してるだろう。」
「出鱈目を言われてるだけです。課長、文句なら向こうに言ってください。」
俺は、すぐに持ち場に戻った。
ーやっぱり、笹塚って、碌な奴じゃない。性格きつ過ぎだろう。色仕掛け?。悪女か?。ー
忙しい一日がやっと終わり、俺たちがホテルに戻ろうとしていると、笹塚がやって来た。
「お疲れ様。これから、夕食に行くんでしょ。一緒にどう?。」
「笹塚さんは同じ会社の同僚と食事にいかないの?。」
俺は意地悪く聞いてみた。
「だって、何日も同じ顔を見てるのも飽きるでしょ。食事くらい、会社以外のメンバーで行きたいわ。」
「いいよ。行こう。店は任せていいの?。」
「ええ、いい店を知ってるの。」
結局三人で、笹塚のおすすめの店に繰り出した。
そこは、地元民で溢れた、素朴な店だった。
「うん。旨い。」
「確かに、この店、見た目は地味だが、味はいいな。」
今日もサツキと笹塚は気の合った様子で、デジタルマーケティングについてだの、最新のAIについてだの話し込んでいる。
「笹塚さん、君、昨日は花沢さんと、今日は大河原さんと揉めてたな。」
俺は、ちょっと意地悪な気持ちになって言った。
笹塚はハーと、息を吐いた。
「全く。二人とも、私が商品を横取りしたなんて言って。何の証拠もないのに。年を取るとイヤね。理論立てて考えられないみたい。」
「理論と言えば、量子力学的実践術についてなんだが...。」
サツキは笹塚と論じ合うのが楽しいらしい。
まあ、笹塚が頭脳明晰なのは解る。
だが、性格の悪さを考慮しないと、後で泣きをみるぞ、サツキ。
翌日もアブダビの見本市で忙しく過ごしていた。
今日も見本市を噂話しが駆け巡っている。
「大変だ。輝商事の大河原氏が病院に運ばれる途中で亡くなったらしい。」
「それって昨日、笹塚と揉めてた人だろう?。」
「そうだ。何か感染症でも流行ってるのかな?。」
「じゃあ、笹塚が感染源か?。」
見本市に出展している商事会社のうち何社かは、長い間のしがらみのせいで、敵対関係と言えるほど関係が悪いようだった。
その上、生意気な笹塚の事が気に入らない年長者のグループがいて、見本市の雰囲気はよけいに悪かった。
「どうして笹塚さんは、あちこちで嫌われて居るんですか?。」
「ああ、彼女、仕事は出来るんだけど、敵を作りやすいんだ。人に嫌われても平気だし。頭が良すぎて、他人がバカに見えるみたいだよ。」
公原も笹塚の事が好きではなさそうだった。
ー笹塚の同僚の言う事だ、本当にそうなのだろう。サツキの目を覚まさないと。ー
「今日でアブダビの見本市は終了か。」
「明日からシャルジャか。あそこは、家賃がドバイに比べて安いから、ドバイで働く人達のベットタウンって呼ばれてるんだ。」
これから夜行バスでシャルジャにむかって、今夜はシャルジャのホテルに泊まる予定だ。
サウジ発祥のAL BAIKでバーガーとチキンナゲットを食べてから、バスに乗り込んだ。
ドバイでは、電車や、バスで、食事が禁止されている。
それどころか、飴やガム食べたり、水を飲むことも禁止だ。
その上、眠っていても一万円以上の罰金を取られる。
降りる駅を乗り過ごし終着駅に到着してもなお目覚めない等、眠っている状況が明らかであれば、罰金の支払いを求めるそうなのだ。
日本人には考えられない事だった。
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