零れ、落ちる

白川津 中々

◾️

眠れない夜を過ごしていると、寒さのせいもあってか、途端に涙が滲んでくる。


「なにもできない」


そんな言葉がふいに溢れた。生きてきて自分は何をしてきたのか、何を目指してきたのか、答えられない。人としての価値を決めるものが何もないのだ。かといって力を入れる覇気もないし何かに心血を注ぐこともできない。日々を生きるという行為がひたすらに重く、息を吸うだけで疲れ果ててしまうのである。何をしようにも手足は不動で、しっかりとした五体があるにも関わらずまるっきり肉体が投げ出されてしまっていた。きっと怠惰で物臭だからこんな風になってしまったのだろう。問題は、自身がこれでは駄目だと、向上していかなくてはと、意気地を出してしまっている事だ。

不能者なら不能者らしく一切合切を諦めて、欠片も希望を持たず日に飯が食える幸福だけを噛み締めていればいいのに、身の程も弁えず、何らかの道に明るく、求道者の直向きさを持って人生を賭したいと夢想してしまう。才もなく、学びもしないくせに!


「なにもできない」


横たわり、頬を伝う一筋を撫でる。生温い雫が肌に馴染むと、そこだけ冷たくなっていく。繰り返し、繰り返し、そんな事をしていると、雫はとうとう指の隙間から零れ、落ちていった。


何者でも人間の自己憐憫は、露と消えゆく。価値のない涙が、価値なく消える。夜はまだ、終わらない。

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