天国で目指せ赤い薔薇!愛にかけるじいさんの逆転劇

雪夜

天国で目指せ赤い薔薇!愛にかけるじいさんの逆転劇

わしは、つい最近天国に来たばかりのルーキーじゃ。

生前に、『故人を思い出すと、天国でその人の周りに花が降る』という話を聞いたことがあったが、実際はどうやら少し違うようじゃった。


天国では住民ひとりひとりに「担当区画」が割り当てられ、故人が思い出されると、そこに花が咲く仕組みになっとるらしい。

さらに、その区画にできた庭の出来を競い合う、「天国庭園品評会」という催しが、生前住んでいた地域ごとに毎年開かれておる。


この大会、ただの趣味イベントかと思うじゃろ?

ところがどっこい、上位に入賞すれば、豪華な賞品がもらえるんじゃ。

なんと昨年の優勝者は、『三途の川下りツアー、2泊3日豪華懐石料理付き』っちゅう夢のような賞品を手に入れたらしい。

そんな話を聞いたら、わしもやる気を出さざるを得んかった。


わしが目標にしたのは、2年前に歴代最高得点を叩き出した、あの伝説の、じゃ。

過去の大会の記録によると、何百本もの薔薇が咲き乱れ、圧巻の光景じゃったらしい。赤い薔薇は特に重要で、として、加点が得られるらしいんじゃ。


「愛ならまけん!ハル(最愛の妻じゃ)はわしを愛しておるからな。さあ、わしを思い出してくれ、赤い薔薇を咲かせるんじゃ!」

わしはそう、意気込んでおったんじゃが・・・。


「なんじゃ、山田のじいさんの庭では土を育てとるんか?」

声をかけられ振り向くと、隣の区画の中村のばあさんが、ニヤニヤしながら立っとった。

そうや。

わしの区画には、何も咲いとらんかった。

いや、正確に言えば、地面すら乾ききって、ひび割れとる状態じゃった。


「これからじゃ。これから大量の薔薇を咲かせるんじゃ。見とけよ、中村のばあさん」

わしは啖呵を切ったものの、自分の庭を見ていると、自信がしぼんでいく。

「まあ、頑張りなされ」

中村のばあさんは、小馬鹿にした様子を隠さずに、自分の庭園に戻っていった。


「ハルよ。わしを思い出してくれ!わしとの愛の薔薇を咲かせるんじゃ!」

このピンチを打破するために、わしはちょうど、フリマサイトに出されておった『地上干渉権』を買うことにした。

この権利を使うと、1度だけ愛する者の夢枕に立てるらしい。

これが最後の望みじゃった。

わしが直接アピールをして、ハルの良い思い出を引き出せば、きっと赤い薔薇が咲くはずじゃ。


夢の中でハルは、趣味で長年通っていた陶芸教室でろくろを回していた。

「ばあさん!わしじゃ!」

ろくろに夢中のハルに、わしは必死で声を張り上げた。

「わしとの思い出を語ってくれ。ほら、結婚記念日にわしとおしゃれをしてレストランに行ったじゃろ、他には温泉旅行にも何回も行ったな」

ハルは手をとめる。


「思い出ねえ・・・」

一瞬何かを思い出す素振りを見せた後、

「そういえば、じいさん・・・あんたいびきがうるさかったな。旅行に行った時も、一晩中いびきで眠れんかったわ」

と顔をしかめて言った。


「いびき・・・?そ、そんなこと覚えておらんわ」

さらにハルは続ける。

「それから・・・脱いだ服を茶の間に放置するのが嫌やったわ。あと、台所に飲みかけのコップを置きっぱなしにするんも。そうや、爪切りも使った後いつも片づけへんと・・・」

「いや、ばあさん、それは悪いと思って・・・」


「まあ、じいさんとの思い出は、そんなものやね」

ハルは特に何も気にせん顔で、再度ろくろを回し始めた。

「なんじゃ・・・ハルはわしを愛していたんじゃないんか・・・」

そんな、わしの言葉もむなしく、そのまま夢から消えるしかなかった。


夢枕での奮闘を終えて、わしは天国に戻った。

正直期待はしておらんかったが、何か少しでも良い兆しがあればと淡い思いを抱きながら、わしの区画を見に行く。

案の定、目の前に花は一輪もなく、それどころか、先ほどのハルの言葉に呼応するように、雑草がいくつか生えておった。

「わしは・・・、愛されとらんかったんか・・・」

わしは地面に膝をつき、雑草を眺めながらつぶやいた。


*_*_*_*_*_*_*_*_


そして、ついに、「天国庭園品評会」当日の日がやってきた。

大会会場には、天国中の住民たちが集まり、最後の手入れに精を出しとった。

わしの周りの庭園では、色とりどりの花が咲き乱れ、どの住民も誇らしげな顔をしとる。

一方、わしの区画は・・・、言わずもがなじゃ。

雑草がいくつか生えているだけで、赤い薔薇どころか、花と呼べるものは一輪もない。

わしは肩を落とした。


「それでは、つぎは第三地区の評価にまいりましょう」

大会の進行は順調に進み、審査員はついにわしらの地区にやってきた。

この大会では、ひとりひとりの区画に審査員がやってきて直接審査をするんじゃ。

どれだけ庭が綺麗なのかも大切じゃが、その人がどれだけ現世で思い出され、どんな風に思い出されとるかも重要じゃ。

で、その証拠を見せるために、会場には大きなモニターが設置されておる。


モニターには、現世でのその人を思い出している様子がリアルタイムで映し出されるんじゃ。

たとえば、家族が仏壇の前で手を合わせとる姿や、思い出を語っておる光景なんかが流される。

わしらは、それを見て、「この人は、こんな風に思い出されておったんか」と納得するわけじゃ。


隣の中村ばあさんの評価が始まった。

悔しいがきれいな庭じゃった。

ばあさんの庭には、大輪のひまわりが咲いておった。

会場の大きなモニターには、ばあさんの孫たちがお墓に手を合わせている様子が映し出される。


孫たちは、ばあさんが好きだったひまわりをお供えしながら、

「おばあちゃん、いつも運動会で応援をしてくれてありがとう。おばあちゃん大好きだよ」

と話しておった。

そのたびに、ばあさんの区画に咲くひまわりがどんどん増えていく。

この光景を見ながら、わしは焦りを隠せんかった。

わしの雑草しかない庭が、どんどんみすぼらしく見えてくる。


「つぎは・・・、山田さんですね」

審査員は笑顔でそう言い、ついにわしの区画に移動してきた。

そして、わしの庭を見て、張り付いたような笑顔を浮かべる。

「えーっと、山田さんの区画は、その・・・。雑草が中心ですね。お花は今のところありませんね」

「いや待っとくれ。これは、まだ途中なんじゃ・・・」

わしが言い訳を始めると、審査員が手をあげて止めた。

「では、現世で山田さんがどのように思い出されているかを確認してみましょう」


会場のモニターに、現世での様子が映し出された。

わしは祈る気持ちでモニターを見つめる。

もしハルが、わしとの良い思い出を語ってくれたら、まだ花が咲く可能性もある!


モニターには、陶芸教室の仲間たちとお茶を飲みながら話すハルが映し出されておった。

わしが期待のまなざしで見つめていると、ハルがこう話し出す。

「そういえば、じいさんは、本当に片づけができん人でね」

えっ・・・。

「なんでも置きっぱなしにするから、片づけが大変やったわ」

教室の仲間たちは、そんなハルの言葉に同調するように、

「わかるわー、男の人ってそうよねー」と口々に笑いあう。


その瞬間、わしの区画に、また雑草が増えた。


わしは、「まだ試合は終了しとらん!」とモニターを見続ける。

ハルはさらに続けた。

「いびきもほんまにうるさくて・・・。耳栓が必需品で・・・」

教室の仲間たちは大笑いする。


ハルが話すたびに、わしの区画には雑草が増えていった。

審査員は困ったような顔でメモをとりながら、

「これは・・・かなり厳しいですね・・・」

と小さくつぶやく。


そして、審査員はわしの方を向き、申し訳なさそうな顔をして、

「山田さんの区画は、現時点では花の評価はできませんね」

そう言って、時計を見ながら続けた。

「それでは、次の区画に移りたいと思います。山田さん、ありがとうございました」


わしは肩を落とし、唇を嚙み締めた。

やっぱりダメじゃったか・・・。

モニターに映るハルは、相変わらず仲間たちと話しながらお茶を飲んでいる。

わしはハルに、悪い思い出しか残せんかったんか。

「ハル・・・悪かったな・・・」

審査員がわしの区画を後にしようとしたその時じゃった。


モニターの中で、ハルが湯呑を置き、遠い目をしながら話し始める。

「でも、じいさんは、愛情深いところもあったんよ」

わしは耳を疑った。

審査員も足をとめ、モニターに目をやる。

ハルは微笑みながら、続けた。

「私たちは、子どもができんかったけど、でも、じいさんは私に気をつかって、いつも笑わせてくれていたんよ」

教室の仲間たちは、「素敵な旦那さんだったのね」と声をあげる。


「じいさんは、一度も誕生日や記念日を忘れることはなかったんよ。毎年、一輪の薔薇の花を買ってきて、『お前はわしの宝物じゃ』なんて照れくさいことを言ってね」

「ロマンチックね」

仲間たちは歓声をあげる。

ハルの目は少しうるんでいるように見えた。


その瞬間、わしの区画にぽつんと一輪赤い薔薇が咲いたんじゃ。

それは、ハルに送ったのと同じ、一輪の鮮やかな薔薇じゃった。

「ついに来た・・・ついに来たんじゃ!」

わしは歓喜の声を上げた。

審査員も驚きながら、わしの区画に戻ってきた。


「これは・・・愛を象徴する赤い薔薇ですね。すばらしい!たった一輪ではありますが、その存在はどんな花にも負けません」

わしは咲いた薔薇を見つめながら、胸がいっぱいになった。

「ハル・・・ありがとう・・・」




しかし、わしが感傷に浸っている、その時じゃった。

突然隣の高田のじいさんの区画の方から大きな歓声が聞こえてきた。

審査員と急いでそちらに向かうと、大量の赤い薔薇が一気に咲き乱れておった。

「これは素晴らしい!」

審査委員は興奮して拍手をする。


「こりゃ、どうなっとるんじゃ!?」

わしは慌ててモニターを見た。

そこには、まだハルと仲間たちが映っておった。


ハルと仲間たちは、大盛り上がりで何かを話している。

「そうそう、じいさんのことを話して思い出したんやけれど、この前亡くなった陶芸教室の高田先生、イケメンで素敵やったわよね!」

「ほんとうよ!優しい声で、教えてくれる時に手が触れてドキドキしたわ」

「声も優しくて・・・ハルさん、高田さんのファンクラブ第1号でしたわよね」

「いややわ、もうー!」

モニター内では黄色い声があがり、高田のじいさんの区画では薔薇が増える。


「そんな・・・」

わしは、呆然とモニターを見つめた。

「イケメンには勝てんっちゅうことか・・・」


モニターの中では、まだハルたちが盛り上がっている。

「そうそう。次に来る講師の先生も、若くてイケメンらしいんよ。」

「あらやだ、ハルさん、情報通ね」

「来週からのお教室が楽しみだわ!」


———わしの区画に、赤い薔薇が咲き乱れる日は、いつか来るんじゃろうか。

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