第7話 前編

さくらは噂が広がる前に、裁判所から遠くへ離れたかった。竜に無理を言って、判決後、町を逃げるように出た。次の町に向かって、一日中歩いていたが、傍聴席からの声が頭から離れない。『貧乳、無罪だってよ』『あの貧乳、臭いらしいぞ』『しかも、キス魔だってよ』『完全な変態だな』 


(貧乳なのは認めます。まだ、成長段階ですから。臭いのも認めましょう。汗だくだったのに、三日もシャワーを浴びていないのだから。だが、許せないのは、キスをしたこともないのに、キス魔と言われたことよ。そのうえで、変態呼ばわりされたのよ!まっとうに生きてきて、付き合ったこともないのに変態よ!信じられない!あ~かなり落ち込んでしまったわ)


たどりついた所は、町ではなく小さな村だった。店はレストラン兼酒場、銃や弾丸を売る店、馬屋が一軒ずつしかない。仕事の張り紙や銀行はなかった。小さな村では、仕事がないのだ。小さな酒場のスイングドアを開けて、二人で中に入った。


カウンターに、五十歳ぐらいの、蝶ネクタイをした小綺麗な男が立っていた。


メニューボードには、イグアナのステーキと書いてある。


「俺は、ビールとステーキだ」


さくらは、小さな声で、


「お水とステーキをください」


さくらと竜は、黙々と食事をしていた。普段なら、この世界の理不尽さを、八つ当たりのように、竜に文句を言いながら食事をするさくらだが、この日は下を向きながら、生気のない声でぼそぼそと竜に尋ねた。


「竜、あなた魔法つかいよね。私に関しての記憶を、山賊たちと裁判所にいた人たちから消してくれない」


竜は目を合わさずに、食事を取りながら、


「すまない、さくら。俺は魔法使いだが、炎を少し出せるのと、リボンスティックを自由自在に操るぐらいだ。紙に書いたり、地面に書いたりすれば、もう少し使えるが、人の記憶を改ざんするなんて誰にもできないと思うぜ」


さくらも、目を合わさず暗い声でつぶやいた。


「そう。噂が広がるのも時間の問題ね。これで私も、あなたと同じように変態と呼ばれるようになるのね」


竜のスプーンが止まった。震えるような声で


「さくら、俺は皆に変態と呼ばれているのか?」


さくらが何かを言いかけた時、カーボーイハットを被った、身なりに気を使っていない、五十歳ぐらいの、人の良さそうな男が、竜とさくらに近づいて来た。そして、竜に声をかけた。


「あのー、怪物退治してくれる人を探してるのですが、その帽子、あなたは変態ウイザードさんじゃないですか?」


竜は顔を引きつらせながら、


「人違いだ。俺の名はリボンの竜だ」


男は思い出すように、


「あー、その名前も随分前に聞いたことがありますよ。やっぱり変態ウイザードさんじゃないですか」


竜は立ち上がって怒鳴った。


「リボンの竜だと言ってるだろう!」


男はキョトンとした。

(リボンの竜ということは、間違いなく、変態ウイザードさんなのになぜ怒ってるんだ?)


さくらが仲裁に入った。


「まあまあ、竜、怒らずに話を聞きましょうよ」 


竜はさくらを見ながら、唖然とした様子で、


「さくら、お前は俺が変態ウイザードと呼ばれてるのを知っていたのか?」


さくらはそれを無視して、男に話しかけた。


「おじさん、仕事の依頼なんでしょう?」


男は嬉しそうに頷いた。


「ええ。馬の世話が仕事なんですが、夢は最速の馬を作ることなんです」


突然、表情を変え、男は机を叩いて怒鳴りだした。


「あいつが、わしの夢、黒王を食っちまった!」


さくらが恐る恐る尋ねた。


「その黒王の仇をとってほしいと?」


馬屋の男は両手を握りしめ、腕が震えている。


「出来れば、黒王の仇を取りたい!それよりも、新しく育てている白王と赤王を守ってほしいんだ!」 


突如、竜が割って入った。


「いいだろう。ただし報酬は馬二頭だ」 


馬屋の男は困惑の表情を浮かべた。


「うちには四頭しかいないんです」


竜が交渉を始めた。


「俺が退治しなきゃ、全部いなくなるぜ。そっちのほうが大損だろ。俺たちゃ、受けた仕事は必ずやり遂げる」 


馬屋の男は考えた末に渋々同意した。


「お願いしますだよ」


竜は張り切って、


「よし、契約成立だ!」


カウンターに向って、大声で注文した。


「もう一杯ビールだ!」


竜は男と握手した。


「あんた、名前は?」


「おら、阪 楠智(はん くすとみ)だ」


さくらが首を傾げた。

(ハン クス トミ、、、トム、、、どこかで聞いた名前よね。外人の俳優にいたような)


竜は仕事の話に入った。


「で、どんな怪物なんだ?」


「はい、トカゲの怪物です」 


椅子に座り直して、魔女の帽子を少し斜めに被り、片目だけを出すように、ダンディに決めている。


「怪物退治は、俺に任せな!」

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