第6話

さくらと竜は、マーズに会うため旅をしていた。

次の町への近道として、不気味な噂のある『知りたい森』と言われている森を通ることになった。


その森は、何かを聞かれたら答えないと二度と出られなくなると言われている。地元の人々は、この森に足を踏み入れようとしない。


二人が森に入ると、周囲の空気が急に冷え込み、不自然な静寂が支配していた。木々の葉は動かず、鳥の声も聞こえない。


突然、さくらは背後に人影のような気配を感じた。振り返ると何もない。寒気が背中を伝う。


「き、気のせいよ」 と自分に言い聞かせた。


深夜、さくらと竜は森の中で野営することを余儀なくされた。


丑三つ時、さくらは、


「先輩、、、」


と寝言を言いながら米倉先輩の悪夢にうなされていた。何かを感じ、目を開けると、影が木に映っているのが見えた。(動けない金縛り!) 影は地面を這うように、ゆっくりとさくらに近づいてきた。そして、耳元でこう聞いてきた。


「先輩、今は貧乳ですが、きっと大きくなりますからって、どういう意味だ~」


さくらは固まった。影は構わず続ける。


「お風呂に入れないだけで、洗えば匂いは取れます~臭くないです~ってどういう意味だ~」


「お泊まりですか?やっぱり私にはできませんて、どういう意味だ~」


「キスしてほしいって、どういう意味だ~」


さくらは金縛りであったが、恐怖より怒りと恥ずかしさで、体が動き出した。妖刀田中家を掴んだ瞬間、竜が目を覚ました。 どこからともなくリボンスティックを取り出し、影をリボンで切り裂いた。しかし、影は森の中に広がり、消えていった。


「さくら、大丈夫か?影は何を聞いてきやがった!」


「な、何も聞いてこなかったわよ。もう、出発する準備をしましょ」


(あんたに言うわけないでしょう)


そう思ったさくらだったが、森の奥からこんな声が聞こえてきた。


「貧乳ってどういう意味だ~」


「先輩が好きって、どういう意味だ~」


「キスしてほしいってどういう意味だ~」


森全体が、さくらの夢で見た、内なる声で溢れかえった。この森は、人に関心があり、人の心を知るために、しつこく聞いてくるのだ。 さくらは、恥ずかしさと怒りで顔を引きつらせながら、


「ねえ、竜。今は冬だし、みんな寒いでしょ。燃やしちゃいましょ、この森!」


朝、森から抜けると銃を構えた保安官と助手が近づいて来た。


「話を聞かせてもらおう。森を燃やそうとしているやつらがいると、通報があったんだ」


驚く二人に保安官は続けた。


「今朝早く、農夫のジョンが森の近くを通りかかって、おかしな声と『森を燃やす』という言葉を聞いたそうだ」


さくらは血の気が引いた。


(まさか、あの時の声が)


「抵抗しないでくれ。詳しいことは保安官事務所で聞こう」


ふたりとも両手を前で縛られ、繋がれて、保安官事務所に連行された。 二人は机を挟み、保安官と向かい合っていた。


「森を燃やそうとしたそうだな」

さくらが慌てて、


「あ、あれは冗談です」


「言ったという事だな」


「だから冗談ですって」


保安官は、助手に言った。


「二人を牢に入れて、裁判の準備だ」


二人は、向かいの牢に別々に入れられた。

保安官が二人に、


「明日、裁判が開かれる。この町は犯罪が少ないから、判決で死刑になれば、明後日には行われる」


保安官が立ち去った後、さくらが鉄格子を両手で持ち、顔を近づけて、竜に小さな声で、


「竜、この鍵を切っちゃってよ。リボンスティックを隠し持ってるんでしょ?」


竜は寝転びながら、


「俺たちゃ何もやってねぇ。心配するな。今逃げたら賞金首になるぜ」


「わかるけど、死刑は嫌なのよ。米倉先輩と約束があるんだから、帰らないといけないのよ」


「まあ、なんとかなるさ」


さくらは少し怒り気味に、


「あんた、魔法使いなんだから、明日の裁判、なんとかしなさいよね」


次の日、町の裁判所で二人は被告人席に座っていた。 裁判官が開廷を宣言し、証人のジョンが呼ばれた。


ジョンが証言台に立ち、


「オラが朝早くに、あの森の近くを通ったとき、森の中から聞こえてきただ。


《貧乳ってどういう意味だ~》


《キスしてほしいってどういう意味だ~》


《洗えば匂いは取れます~どういう意味だ~》


《臭くないです~ってどういう意味だ~》


そんで、女の声で、森を燃やそうって言ってるのが聞こえただ。オラ、慌てて保安官に報せただ」


書記が記録していく。 さくらは下を向いていた。


(森の中だけなら竜に聞こえただけだったのに、大勢の前で言いやがって。おい証人!セクハラだからな!)


裁判官は弁護側に、


「弁護人、このことについては?」


弁護士は立ち上がり、


「あの森は、時々、大きな声で質問してきます。今回は『貧乳』『身体が臭い』『キスしてほしい』などの精神的苦痛を与えてきました。そのため、燃やしてしまおうと言っただけで、実際には燃やしていません。私は無罪を主張します」


さくらはうつ向いたままだ。 (こいつら、何度も貧乳って言いやがって、おい、書記!記録するな)


裁判官は木製のハンマーを鳴らして言った。


「無罪である」


裁判を見学しにきてた人々が、口々に言ってる声が聞こえた。『貧乳、無罪だってよ』『あの貧乳、臭いらしいぞ』『しかも、キス魔だってよ』『完全な変態だな』『近づかないほうがいいな』


さくらは下をむき、涙が床に落ちていた。


(こんな屈辱に耐えられない!)


突然、泣きながら両手で竜の胸ぐらを掴み、


「殺して、今すぐ私を殺して!」


さくらの秘密は裁判記録となり、永遠に残ることとなった。



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