第5話 後編
一週間後、村を救えなかった罪悪感に苛まれていたマーズのもとに、小鳥がさえずりながら舞い降りてきた。小鳥は何かを伝えだした。
「何を言っているの?あの子は一週間前に村に戻ったはずよ」
マーズが確認に向かうと、森の動物たちが、実った果実を少年に与えている光景が目に飛び込んできた。
少年は果実をむさぼるように食べながら、挑戦的な目でマーズに言った。
「強くなりたいんだ。弟子にしてくれよ」
マーズは困惑した表情で動物たちに尋ねた。
「どういうことなの?」
そこにいた猿がキーキーと答えた。マーズには、その鳴き声の意味が理解できた。
(彼は食事も取らず、ずっとあなたが出てくるのを待っていました。死にかけたところを私たちが助けたのです)
マーズは少年に向き直った。
「なぜ私の後をついてきたの?村を台無しにした私を恨んでいたの?」
少年の目からは強い意志を感じた。
「俺に村を守る術を教えてほしいんだ!」
マーズは、少年の目を見つめることができず、後悔の色を声に滲ませながら、
「私は村を救えなかったよ」
少年は立ち上がり、拳を握りしめ、腕を振るわせながら、
「たくさんの人が死んだけど、俺は生きている。おばさんは、皆の仇を討ってくれた」
少年は叫ぶように、
「村を守るために、いろいろ教えてくれ!」
マーズは深いため息をついた後、
「とりあえず家に来なさい。温かい飲み物でも飲みましょう」
家の中で、マーズは少年に諭すように言った。
「よく聞きなさい。私が知っているのは女の子が使う技だけよ。男の人に教えてもらった方がいいと思うわ」
少年は首を横に振った。
「強さに男も女もないよ。強ければ、女の子の技でも習いたい。お願いだ!」
マーズは少し考え込んだ後、
「そう。じゃあ、両親と話をしてから、また来なさい」
少年の目に涙が浮かんでいるのが見えた。
「盗賊団に、父ちゃんも母ちゃんも姉ちゃんも皆殺された。今までだって、近隣の村は襲われていたんだ。でも、誰も何もできなかった。僕が大きくなったら、みんなを助けるんだ!」
その言葉に、マーズの心が揺らいだ。肉親のいなくなったこの子を、村に帰すのも可哀そうだ。凛とした声でこう言った。
「人を守るときは自分も守らないといけないの。自分を犠牲にしないと誓える?」
「よく分からないけど、おぼえておくよ」
「練習は厳しいわよ。最後まで続けられる?」
涙をためた目には、強い意志を感じさせた。
「強くなれるなら、何でもするよ。俺の名前は竜、六歳だ。師匠と呼んでいいだろ」
マーズは新体操を基礎とした魔法と体術を教えた。最初は不器用だった竜も、何度もリボンを回し、ジャンプし、踊るという訓練を重ねるうちに、しなやかな動きを身につけていった。少年は恥ずかしがることなく、真摯に修行に励んだ。
マーズのように超能力を持たない竜は、それを補うパワーを身につけるため、己の肉体を極限まで鍛え上げることを決意した。
最初は一本の丸太を担いで森の木々の間を走り抜ける練習をした。丸太は二本になり、やがて四本になった。
木を手だけで登り、次は足だけで駆け登る。そして、日々、筋肉は増大していった。
ある日、小さな森の広場でマーズは、新しく作った大きなリボンスティックをかつての少年に渡した。大きくなった少年は青年になり、マッチョになっていた。
「今日は練習ではなく、真剣勝負よ。私を斬るつもりで来なさい」
マーズは言葉が終わると同時にリボンを放ち、一直線に竜の心臓を狙った。
竜は後方へジャンプしたが、リボンはどこまでも追従してくる。
リボンをスティックに巻きつけて、追従してきたリボンを弾き、着地と同時に距離を詰めようとマーズへと突進した。
マーズは弾かれたリボンを、再び竜を狙って横に薙ぎ払った。まるで長い刃物で襲ってきたようだ。
そのリボンを斜め後ろにジャンプしてかわし、大きな木の前に着地した。もう一度上にジャンプして、空中でリボンスティックを咥え、木の枝に両手で捕まり、まるで猿のように木を登っていった。
そして、マーズの死角になった木の影からリボンを伸ばして、心臓を突き刺しにきた。
マーズはリボンを円を描くように高速回転させて、リボンの盾で竜のリボンを弾いた。
竜は既に木の上からマーズの背後へ向って跳躍し、もう一度、頭上からの一撃を放った。
それも上に向けたリボンの盾で弾かれた。
マーズは地を這うリボンを放ち、竜の着地点で直角に立ち上げて真下から狙った。
だが竜は空中で弾かれたリボンをムチのように振るい、下から襲ってくるマーズのリボンに自分のリボンを絡ませ、横にそらした。
着地後、二人は絡まったようになっているリボンをお互いに引っ張るような形になった。
一瞬、竜の全力の引き込みに、マーズはリボンスティックを手放し、走って一気に間合いを詰め、接近戦に持ち込んだ。
竜も絡まったリボンスティックを諦めたが、一瞬遅く、パンチを繰り出したときには、マーズはジャンプして、背後を取り首を極めた。チョークスリーパーだ!
しかし、マッチョになっていた竜は、太い首を極められたが、力づくでマーズを前方に投げ飛ばした。
マーズは、一回転して着地した。そして、ニッコリと笑って、
「卒業よ。十年間よく頑張ったわね」
家の中で、彼女と同じ魔女の帽子を竜に渡した。
「卒業証書よ。女性なら魔女だけど」
マーズは上品に口を抑えて笑いながら。
「あなたは男性だから魔男かしらね。ホホホホ」
こうして、リボンの竜が誕生した。彼の十六回目の誕生日のことだった。
マーズは少し寂しくなったのか、十六歳になった大きな少年を抱きしめた。
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