第5話 前半
窓から光が差し込むリビングの中、マーズは魔法少女の一員として戦っていた頃を思い出していた。
おばあさんになったマーズが手にとって見ているのは、チェストの上に飾ってある、魔法少女五人が写っている写真たてだ。
しわの刻まれた指先で写真を撫でながら、マーズは静かに微笑んだ。
「魔法少女時代が懐かしいわ。あれから百年以上よね、みんな、どうしてるんでしょう。能力のおかげで年を取るのがゆっくりだけど、みんな、もうおばあちゃんよね」
マーズに写真の中の少女の面影はもはやどこにもない。
時計を見たマーズは、
「あら、もうこんな時間、市場に行かないと」
人里離れた森の中にある、木でできたロッジのような家のドアが開いて、シルバーがかった髪をまとめたマーズが姿を現した。
家の前に果物が山のように積まれている。
小さな子猿が、最後の一房のバナナを加えると、チッチッと鳴いて挨拶し、木々の間に消えていった。
マーズは大きなリュックと二つの布袋に、丁寧に果実を詰め込んだ。
マーズは動物たちに、
「お土産を買ってくるからね。楽しみにしてるのよ」
リュックを背負い、その袋を両手で持って、長い道のりを町にむかって歩き出した。
町が見えてきた。
町の中を歩きながら、左右を見渡した。
「二つ向こうの道がお店だったわね」
町の入口から入って、右に曲がっていった。
左右に色々な店があり、マーズは青果屋を見つけて、近寄っていった。
「すいません、果物を買い取ってほしいのですが」
マーズの顔を見て、
「あら、三ヶ月ぶりかしら。いらっしゃい。いつも、新鮮な果物をありがとね」
「こちらこそ、いつもありがとう。今日はこれなんだけど」
大きなリュックと両手に抱えた、袋いっぱい入っている果物を見せた。
「今回も、すごく新鮮だね。少し待ってくれるかい」
青果店のおばちゃんが、お金をマーズの手に載せた。
「この金額でいいかい」
「もちろんですよ。また次回お願いしますね」
マーズは、森の動物たちのために、魚屋と肉屋と野菜屋を回ろうとしていた。
その時、突如、銃声が聞こえた。
銃を手にした盗賊の一団が村を襲撃してきたのだ。そして、村人たちに向かって恫喝する声が聞こえてきた。
「命が惜しければ、水と食料、それに若い女を差し出せ!」
それを聞いたマーズは、咄嗟に声のする方向へと駆け出した。
かつての魔法少女時代なら一瞬で駆けつけられたはずなのに。
百二十歳の体は、緩やかに年齢を重ねるとはいえ、普通の人の六十歳近くに相当する。
かつての俊敏さはなく、肺は激しく上下し、心臓は胸を突き破らんばかりに鼓動を打っていた。
角を曲がった先にいたのは、三十人ほどの馬上の盗賊団だった。抵抗しようとした人たちに、躊躇なく引き金を引き、瞬く間に五、六人の村人の命を奪った。
盗賊団の一人が馬から降り、若い娘を乱暴に掴んだ。
マーズの頭の中をよぎったのは、
(こいつらを追い払うほどの余裕も体力も今の私にはない。空を飛ぶどころか、高く跳躍することさえままならない。殺す気で戦えば勝てるかもしれないが、私自身が殺される可能性も高いわ)
その一瞬の躊躇が、悲劇を招いた。マーズの目の前で、抵抗した娘の親が容赦なく殺されたのだ。
それを見たマーズは叫んだ。
「許さないわよ!」
息を整える間もなく、マーズはどこからともなくリボンスティックを取り出し、娘の腕を掴んでいた盗賊の腕にリボンを巻きつけ、一瞬で切り落とした。近くにいた五人の盗賊の首が次々と地面に落ち転がった。
しかし、盗賊団のリーダーが冷酷にも娘を撃ち殺し、マーズに向かって言い放った。
「言っただろう。抵抗すれば皆殺しにすると」
手を上げて、怒鳴るように仲間に命令した。
「てめえら、全員ぶっ殺せ!」
リーダーはマーズに向って何発もの弾丸を連射した。
マーズはリボンスティックを高速回転させ、リボンの障壁を作り銃弾を跳ね返した。
カン、キンキン、キン
リボンにあたった銃弾が火花を散らす。
他の盗賊たちは村に散っていった。銃声だけが聞こえる。弾丸が無くなったリーダーの首を切った後、村人を助けるためにマーズは走り出した。
銃声。悲鳴。
村のあちらこちらで、大人や子供の撃ち殺された死体を見た。
その中には、マーズの果物を買い取ってくれたおばちゃんもいた。
見つけた盗賊たちを全員切っていった。
だが、一人で助けられる村人の人数は多くない。マーズは必死に戦い、最終的に盗賊団全員を倒したものの、村人の半数が犠牲となった。
(あのまま、食料や水、娘たちを渡したほうが良かったのか)
やり場のない怒りと悲しみ、そして無力感を抱えて、血まみれのままマーズは森へと帰っていった。
(私たち魔法少女は、盗賊に成り下がる人間を救うため、若い命をかけたわけじゃない)
足音から少年が後をついて来てることに気づいていた。振り返ることもなく、黙って歩き続けた。結界を張った森には入れず、いずれ村に戻るだろう。そう思っていた。
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