第2話 日本海がピンク担当だなんて、あり得る?

マーちゃんが屋上へのドアを開けた瞬間、涼しい風が頬を優しくなでるように吹いた。それはきっと日本海から吹いてきたものだろう。そして、マーちゃんに引っ張られるまま、俺は外に出た。日本海を見れば、空と溶け合うような青い色の景色が広がっていた。釣り船が海面を漂っていた。南の方を眺めると、街が日差しに照らされていて、薄い金色に染まっていた。その街を見守る山々が紅と茶色のパッチワークに染まっていた。今朝から、茶色の美しさに気づき始めていた俺には自然が作り出した傑作にしか見えなかった。久しぶりに屋上に出た俺は改めて実感した。もう秋だと。


「ハルー」


マーちゃんがふと立ち止まり、俺の方を振り向く。前触れもなく止まったマーちゃんにぶつかりそうになった俺は、後ろから引かれた。振り返ると、星宛ほしあてさんが笑顔で優しく俺を受け止めていた。

(教室でポンコツだけど、ムキムキで助かった~)

先俺を呼んだマーちゃんに目配せすると、誘ってくる。

「あっちに座ろう」

そして、俺の返事を待たずに手を離し、日本海を後ろにし、座った。「隣に座って」と言わんばかりに自分の左に軽く手を叩いてみせるけど、日本海とマーちゃんが織りなす光景に魅せられ、隣より前を選ぶ。星宛さんがポニーテールを揺らしながら、俺のとなりまで来て立ち止まる。

「隣ダメなのぉ?」

「いや、その」

さすがに「海とマーちゃんが素敵すぎて、隣じゃ勿体ない」と歯をキランと光らせながら言えないだろう。俺はそういうイケメンキャラじゃないから。

「隣に座りたくないならぁ」

マーちゃんが歯を見せて笑顔を作って、上目遣いに俺を見つめる。

(また変なやつくる~)

「こっちの上に座ってみるぅ?」

「...は?」

それを言って、足を前に伸ばし膝を軽く叩くマーちゃんに俺が一瞬黙った後に言い返す。

「それってどういう誘惑誘いかよ」

「膝まくらぁ?」

「膝まくらって頭を膝に置かせて貰うやつだろう」

「そうぅ?」

マーちゃんは何食わぬ顔で空を仰ぐ。

「それ、普通にセクハラだろう」

まるで「それ待ってたぁ!」と言わんばかりに、マーちゃんが再び俺を上目遣いで見つめ、ニヤリと笑って言った。

と言ってかなぁ?」

(またハメられた)


「こっちを見て太ももに座りたいぃ?」


星宛さんが俺をマーちゃんから守るかように俺の腕を引っ張る。

「いや、その」

「こんな素敵な光景に後ろを向けて勿体ないから、やりたい」とも流石に言えない。

「こんなに近くでこっちとくっついたら、興奮しちゃうよぉ?大丈夫なのぉ?」

(恥ずかしい)

歯をキランと光らせながら、マーちゃんが少しだけスカートを捲り上げる。

「同級生に興奮するやついるか!」

「いるよぉ?」

隣の星宛さんがアワアワと両手で目を隠す。

(確かにいるかも)

「だってこっちがこんなに可愛いし、クラスで興奮しちゃう男子が一人か二人いるに自信あるよぉ」

「相変わらず、変な自慢話」

べへとマーちゃんが舌を出す。

「それに」

(逃がさないぞ。今度は俺が仕返しする番だぞ)

かけてもいないメガネをかけ直す真似をして、言う。


ピンクだね」


マーちゃんが一気に真っ赤になって、殺意を向ける。

正直、何も見えていなかったけど、この反応からすると図星だったらしい。

「何見てるんだよ!」

俺の顎を思いっきり蹴りかかると、それは確信に変わった。 今日もピンクだった。そして、キックが命中すると意識がこの遠くへ飛んだ。


(暖かい~)

感覚を取り戻すと、最初に感じたのは俺を包む温もりだった。その温もりが風の寒さを和らげて、心地良かった。温もりに加えて、顔がやんわりとに撫でられて、ポロリと落ちる粒に濡らされていた。その粒が口に流れ込むと、少しずつ味覚が蘇り、現実に引き戻される感覚がした。

(涙か~)

そして、声がした。

「う....らさん!」

女子の声だった。

「...む....さん!」

聞きなれてない声だけど、どこかで聞いたような気がした。

「うえ....さん!」

そうだ。今朝からちょっとだけ聞こえていた声だった。

「その声の主は確か...」

「星宛さん?」

「上村さん!」

立ち直ろうとすると無意識的にその声の主の名を呼んだら、声が一層高まって、近づいた。そして、温もりも強まって、抱かれるような気がした。目を覚ますと、星宛さんが俺の肩に頭を乗せて、俺を両腕で抱いていた。

「星宛さん?」

俺が星宛さんの後頭部を優しく撫でながら,問いかかる。

「どうして泣いてる?」

(恵令奈えれながいないよね?)

心配して、星宛さんの返事を待つ間、周りを確認する。まだ屋上にいて、恵令奈がいない。


恵令奈がいないが、マーちゃんが楽しそうにこっちみてる。

(NTR好きかよ)

俺の考えを察したかのように、マーちゃんが俺を睨み付ける。

(ごめん、後でBL買ってあげるから)

伝わったかのように、マーちゃんがスマホを取り出し、何かを調べようとした。


「無事で良かったですっ」

俺たちの以心伝心が終われば、星宛さんが泣いて詰んだ声で独りごちる。

「無事だけど、何で泣いてるの?」

「怖かったっ」

この時に星宛さんがずっと震えていたことに気がづいた。

(この子って、教室に入れば完全に強いアイドルのオーラを放っていたけど、さっきから弱そう。どうしたんだろう)

「怖かった?何が?」

「あれがまた起こりそうでした」

(またって?何が?)

聞こうとしたら、星宛さんが腕に力を込めてきて、息が詰まるように感じて、聞けなかった。

(やっぱり筋肉がっ)


「ハルー、だいたんねぇ!」


その声の方向に目を向けると、満面の笑みで紫色の瞳を輝かせるマーちゃんを見る。

「ラブラブだねぇ」

マーちゃんがここにいたと今思いだしたと言わんばかりに俺を放してくれて、星宛さんがマーちゃんをじろじろと見殺る。

(こわっ)

でも、結局マーちゃんの笑顔が耐えられなくて、頬が赤く染まると目を反らす。

「もう大丈夫だし、ご飯にしようぅ?」

マーちゃんが笑顔で弁当箱を取り出しながら、聞いてきた。

「それに、このツレつて誰なのお?」

「ツレ?」

マーちゃんが隣の星宛さんを指さす。

「この子」

「私、ほし....」

「ハルーに聞いてるよお?」

笑顔のままにマーちゃんが威圧感を放し、星宛さんを沈黙に返す。

「彼女なの?」

まるで楽しんでいるかのように、マーちゃんがくすくす笑う。対して、星宛さんの耳が赤くなる。

「かわいいねぇ」

「可愛いけど、彼女じゃねえ」

「ぷはーきたぁ」

何がそんなに面白いのかと思って星宛さんの顔を見ると、すでに真っ赤だった。

(やらかした!)

「で、彼女じゃないとぉ?」

「転校生だ」

「転校生?11月に転校してくるぅ?珍しいねぇ」

マーちゃんが何食わぬ顔で空を仰い、気を取り直す。星宛さんに自己紹介をする。

「こっちは1年B組の百合崎ゆりざき真菜まな、よろしく~」

「1年....何組?」

迷った星宛さんが赤い顔のままこっちの方を振り向いて訊いてくる。

「A組」

「私は1年A組の星宛瑠奈です。よろしくお願いします」

(いつも礼儀いいな~)

お互いに礼を交わし、自己紹介を終える。俺がその瞬間に気づいた。

「それだけ?」

「ん?どうぞお見知りおきをぉ?」

マーちゃんはどこかのお嬢様のように、スカートの裾をつまんで、優雅にお辞儀をした。

「えっ誰?マジで引くけど」

「だって『それだけ』ってどや顔で言うしぃ?」

「マジで知らない?」

(妙だな。今朝から「アイドルゥゥゥ」って子しかなかったのに)

「こいつ、アイドルだ」

「アイドル?こっちがあまり詳しくなくて、ごめんね?」

「いいよ」

(優しいな)

「グループ名はぁ?」

「ミラクルハートです」

我に帰った星宛さんに対して、ミラクルハートを聞いたとたんマーちゃんが閃いたかのようにこっちに聞いてくる。

「この子ってひょっとして、つっちの推しぃ?」

「そう~」

「だから倒れてたのか~」

「でぇ」

マーちゃんが星宛さんに視線を向けて、問い質す。


「どうしてここにいるんだいぃ?」


この時、星宛さんの顔が赤から青に一変した。ポニーテールを揺らさずに、マーちゃんの目を避けるように北に広がる日本海に視線を向けて、瞬間を置いた。

(さっきから気重いな~この子、本当に大丈夫?)

星宛さんの支えになろうと思って、手を肩に乗せようとしたら、その言葉に遮られた。


「逃げたんです」

声が詰んだ星宛さんが自分の震える手を握り締めた。

「いじめから、逃げたんです」



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