第1話 高校先生が不介入主義者だなんて、あり得る?
朝の授業が進めば、クラスのフリーズが解けかけていたけど、みんなの目線を感じて、どうしても授業に集中できなかった。隣で、
(アイドルって神経力大事だね~)
別にアイドルに興味ない俺だって、左側に座っていた星宛さんへ尊敬しか感じられなかった。そういう考え事に没頭していた俺に、星宛さんがやんわりと笑顔で手をふってくれていた。
この子を改めて見ると、小柄で可愛い少女だった。メイクが薄くても、自然的な美と女子力を併せて、頭を軽く振る度に揺れるポニーテールに目を奪われていた。春の公園で舞う蒼い蝶を意識させるリボンが上からそのポニーテールを結び、その蝶から、茶色の髪がウェーブを描きながら、流れていた。朝日に照らされるウェーブが柔らかい金色で輝いていた。彼女の茶色な目が誰だってを吸い込めるような好奇心で満ちていた優しい眼差しを向けていた。唇はグロス無しでも、ほんの少し湿っているだけで、教室の光に照らされて、光っていた。
俺の星宛さん鑑賞タイムが先生に終わらせられた。
「
(ヤバい!聞いてなかった)
黒板を見て、授業内容を把握しようとしても、回答はともかく、どの数式なのかは全く分からない。星宛さんのノートに目を移せば、こいつも白紙だった。
(一緒で追い付いてないな~取り敢えず弁舌で何とかしよう)
そうと決まれば、俺が立って語り出す。
「数式は現実を表すものであるからこそ、その現実と言うものに手を付けずに、論上の解き方を申し出ることには意味がないと思うので、具体的にどの現象に触れる数式なのかと謹んで伺いたいです」
(よっしゃ!完璧過ぎて、絶対に流してくれる!)
俺の弁舌が先生の睨みで返される。
「残念ながら、哲学が午後のテストに出ませんよ」口を再び開けようとしたら、昼のチャイムがやっと鳴った。
「午後のテストに挽回してくださいね、 上村くん」
「はい、マスター!」
俺がドタバタと礼をし、やっと自由になってた。
俺らのやり取りに星宛さんがふふと笑った。
「腹減ったー行こう?」
先のストレスが発散したら、
(倒れたままか~アイドルってそんなに心臓に悪いのか?絶対これ以上関わらないことにしよう。絶対に)
「マーちゃんのとこ行こっか」
俺が机を片付けたら、高校生の津波が俺の左側で暴れていた。
「
「放課後、カラオケ行かない?」
「ルーちゃん、写真撮ろう」
クラスの女性陣に囲まれてた星宛さんがみんなに優しく接しょうと....していない。
(え?大丈夫?)
星宛さんを見れば、顔が真っ青だった。
「わ、私、しゃ、写真はちょっと」
「優しい!ありがとう」
さっきのチェキを欲しがる子。星宛さんの返事を待たずに、教室はもう撮影会の会場になっていた。星宛さんが慌てて、手で顔を隠そうとする。
(取り敢えず、さっさと行かないと巻き込まれる)
出発しようとしたら、左腕が妙な感じで後ろから引っ張られていた。腕を解放しようと全然動かない。左の席に座っている星宛さんを見てみれば、その涙目が目に入る。照れ臭そうに俺の袖を華奢な親指と人差し指で挟んでいる手も目に入る。
(えっ?俺の袖を挟んでいる?星宛さんの手が?)
瞬き、もう一度見る。何も変わっていない。星宛さんが俺の袖を親指と人差し指でそっとつまんでいる。
前言撤回
変わっているところが一つ
髪と同じ茶色の涙目から光ってる何かが流れ落ちる。
「うえむらはるとくーん?」
「イタッ」
満面の笑みのクラス代表、
いや、満面じゃない。目だけ笑ってない。
「『イタッ』ってなんですか?4時間前会ったばかりの乙女を泣かせて、『めっ』ですよ?」
「上村、ルーちゃん泣かせた!?」
「男子最低」
「いいしゅぎのべわ?」
「何か言いました?」
(死んだ。社会的にじゃなくて、文字通りに死んだ。終わり。バイバイ。The End)
「いいしゅぎのべわ?」
「最近、日本語の発音忘れてます?」
反論しようとする俺とそのほっぺを引っ張り、反論の余地を与えてくれない恵令奈。
「ごめんなさいって『いしゅぎのべわ?』じゃなくて、ご▪︎め▪︎ん▪︎な▪︎さ▪︎い」
(えっ?俺、被害者なんだけど?)
「じっとしないで貰えます?ごめんなさいって。は▪︎や▪︎く」
「ごへんはしゃい」
「何それ、日本語難しい?」
終わりが見えない拷問の中、星宛さんの助けを期待して、横目で見るが、何もしてくれない。
(こいつってやっぱりポンコツ?アイドルが空気読めなくて、大ピンチな時になんもしてくれないなんてあり得る?いや、あり得ないだろう。そもそも、初対面の男子の袖を引っ張ってって何なの?)
「た...て」
「ひゅん?」
「た...けて」
俺の目線をずっと待っていたかのように星宛さんが涙目のままで呟く。
(今のって助けて?助けてって言ってるよな?いや、『お前が俺を助けて』だが!そもそも、泣くのまじでやめろ?恵令奈が絶対『遥斗から助けて!』と勘違いするだろうが!)
「大丈夫、星宛さん。助けますわよ」
(ほら、勘違いするだろう!)
「で」
一旦星宛さんを慰めようとしたら、恵令奈が再び俺を睨み付ける。
「謝る気ないですね」
「いや!あふぅ!あやまふぅ!」
俺が足掻いても、無駄だ。恵令奈の把握から逃れた者は歴史上一人もいない。
あの天罰を待つしかない。
「良くお眠りなさいね」
ここは天罰の場じゃなかったら、その恵令奈の笑顔だけで恋に落ちていた。ほっぺを鷲掴みされる前の立ち位置に戻してくれて、後頭部をやんわりと撫でる。女子の手がこんなに柔らかないな~と改めて思えば、凍りつけた。
(いや、俺ドMかよ?ここは天罰だろう~背の高い金髪美人に頭を撫でられても、イチャイチャにならないし、普通に怖いだろう)
ビタースイートな
「クズの代わりに、私からご▪︎め▪︎ん▪︎な▪︎さ▪︎い!」
(きた)
それは1年A組の代表
顔が直球に机にの上で押し潰される。
その天罰が今俺に下ろされるはずだった。
「ハルー!」
突然、クラスのドアが蹴り開けられ、大ピンチにマーちゃんが恵令奈をウッパーカットで仕止めて、助けに来てくれた。
いや、ドアを蹴り開けたけど、ウッパーカット無しで、驚いた恵令奈の手が止まった。
(今だ!)
俺が机との残された空間を使って左から逃げる。
(ざまあみろ、頭クラッシャー!)
その時、大歓迎しているような声が次々と鳴り響いた。
「歴史が変わった!」
救世主を見たかのように司くんを除いて男性陣がマーちゃんに向いて土下座になる。
「「救世主様!ご帰還をずっと待ちしておりました!」」
「救世主?」
人差し指を唇に当てて、何食わぬ顔で仰ぐマーちゃん。
(俺のマーちゃんってやっぱり頼りになるね~こいつも空気読めないけど)
俺はとにかく無事だった。無事だったが、袖はまだ握られている。
(こいつ、筋肉だけ意外と強くね?制服の下でムキムキだったりする?)
星宛さんを見て、高校一年生のアイドルが下着姿で大笑いしているのを連想して、反省する。
(まずっ!今の顔に出ちゃえば今回まじで死ぬ)
目を半分だけ開けて、星宛さんの目を伺う。
(大丈夫、泣いたまま)
入学したばかりの
「ハル、ヤッホー」
黒髪ショートボッブのあれだけデカイ1年B組の小柄な娘。
「お、おす?てか、近い」
「酷い顔ねぇ。熱あるぅ?」
マーちゃんが俺の額に手を当てる。
「こっちと同じ36度ねぇ。四時間しか離れてないのに、こっちのこと寂しすぎて体温まで真似しちやったぁ?今度はうちでスキンシップいっぱいイチャイチャして、温もりを分け合おう?」
「してねえし、イチャイチャした覚えもねえし、パス」
「ぷはぁ。相変わらず素直じゃないねぇ~子供の頃いつも一緒に風呂入ってたのに~」
「黒歴史を学校で暴くな!」
「黒歴史ぃ?好きでいっぱいこっちと遊んだ時かい?」
なぜかおっさんの喋り方になっている。
「何だこの声?」
「以前の声だけど?」
デコピン。
「イタっ」
「変なとこを主張するのもやめろ」
「で、熱ないってことは~」
冷や汗
「エッチなこと考えてた!」
(声も頭も切り替えはやっ)
「考えてねえ!」
「えっ?エッチしてたぁ?誰とぉ?」
クラスの女性陣を見渡すマーちゃん。
「違うって!」
「違うの~?ハルーもそっちだったのか~」
クラスの男性陣を見渡すマーちゃん。
「皆土下座してるけど、さっきエッチしてたような顔は見えないねぇ。てか、何で土下座してるの~?」
「恵令奈だ」
「お~
「頭を潰されそうになってた!」
「通りで、救世主ねぇ」
納得が行った顔で両手をパンと叩く。そして、後ろからリアルおっさんの声がする。
「
マーちゃんが俺の後ろから来た声に伺うと、先生が立ってた。
「ドアは手を使って開けるものだ何回言われたら、気が済むでしょうか?」
(えっ?ずっとここにいた?生徒が頭を押し潰されそうになっても、心配一切せずに不介入なのに、ドアが蹴られたら、キレるの?これってどういう理屈?)
「ヤバい!逃げよう!」
俺の手を鷲掴みにし、マーちゃんがどたばたと教室のドアへダッシュする。
(陸上部女子ってやっぱり、音がしたら、一瞬で走り出すね~いや、それじゃなくて、俺の弁当は?)
心配して教室内に振り返ると、左右に揺れるポニーテールと先流れていた涙で顔が濡れいていても、星宛さんが相好を崩し、俺の袖を挟んだままに一緒に疾走している。
(やっぱり、楽しんでるじゃねえか~)
「我が高校へようこそ、星宛さん!」
「あ、ありがとう」
目を逸らしながら、照れ笑いを溢し、左手で俺たち二人の弁当を胸部に持ってくれている。青色と金色の弁当箱を持ってくれる星宛さんを見る俺は夜空を眺めるような気がした。
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