第9話 『埠頭を渡る風』中2男子の魔手から逃れる。

 さて1979年版のコンフィデンス年鑑だと499位だった『青い闇の警告』、ほんとのほんとうにザーッとながめて2ページ目のいちばん下にあったときは、あってよかった、と思ったんだが、この毎年大体500前後のチャートインした全曲目一覧を眺めていて、ふと気づく、みたいなことはけっこうある。

 

 「1979年版」というのは前年1978年の1年のデータを集めてるということで、「コーセー歌謡ベストテン」も化粧品メーカータイアップソングの件、その他もろもろ、必ずしも完璧中立公正なチャートではない、ってところもあるし、中2の自分が見落としていたものはなかろうか、という観点で目を皿のようにして見ていたら重大な事実に気づいた。


 松任谷由美の『埠頭を渡る風』がない。

そして記憶をたどると、ああ、そういえば「コーセー歌謡ベストテン」では『あの日に帰りたい』と『翳りゆく部屋』しか聞いてないなあ、小5から中2の期間だと。

とだんだん記憶が蘇ってきたので、ググった。


 すると『埠頭を渡る風』は78年10月5日にシングルとしてリリースされているのだが、週間チャート最高位71位とある。え、こんな有名曲の初動ってそんなもんだったんだ?と思い、翌79年のトータルでどうなっているのか?と、80年版の年鑑(この年から『オリコン年鑑』に名称変わっている)、国立国会図書館デジタル送信サービスで確認したら通年470曲中の452位で、売り上げ枚数2260とあった。ウィキペディアだと「累計1・9万枚」とある。


 ま、マジか!?と驚いた。ちなみに79年の年間1位は『夢追い酒』で、以下2位『魅せられて』3位『おもいで酒』、ってなってて4位が『関白宣言』だったりもするし、ああ、松任谷由実がヒットするタイミングじゃなかったということか、と妙に納得した。


 ちなみに80年版オリコン年鑑の通年データでは、陽水の『なぜか上海』は429位で売り上げ枚数4760である。『なぜか上海』がこの数字なのは特に変だとは思わないんだが、『埠頭を渡る風』が、それより順位ちょっと下で、その時期の販売枚数でいうと半分以下っていうのもなかなかに衝撃的な事実である。


 いずれにせよこのような状況であったので我々一般庶民のほとんどはリアルタイム発売時の『埠頭を渡る風』を知らずに育ったということなのだ。熱心な松任谷由実ファン以外の者は。


 今現在のようにググったり、youtubeの検索窓にタイトル入れたりすればすんなり曲にたどり着ける状況ではなかったので、TV,FMで流れなければ曲に触れる要素ゼロ、という時代だったということである。特に深く追ってるわけではないミュージシャンのレコードまでわざわざ買う人間はそうそういない時代というか経済状況であったし。


 そうなのだ、実際ふりかえってみて自分はいったいいつから『埠頭を渡る風』を知っていたのか?もうまったくわからない。少なくとも大学にいた頃は知ってた。というのも「学園祭」はコピーバンド花盛りになるのがデフォで、『埠頭を渡る風』演奏されてるのに接して、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!って感じで盛りあがてった記憶あるし、ということは「既知」の状態だってことであり、じゃあ高校、浪人、いずれかの頃の聞き知ったのだと思うけど、ピンポイントでどのへんだったかは思い出せない。町田にも「貸しレコード屋」が出来てからかもしれないが定かではない。


 なんにせよ、一目ぼれ系じゃない恋愛劇で「ふと、気づくとあなたはそこにいた」っていうそういうパターンなわけだ。


 特に松任谷由実フリークではないけど、松任谷由実いい曲けっこうあるよなあ、って程度の善意の第三者として、松任谷由実の立場になって、松任谷由実の気持ちというのを慮ってみると、ランキングの競争期間の年間TOP1が『夢追い酒』で、自分の曲が物凄い距離で後塵を拝することになってるこの状況はかなり悔しいんじゃないか、と。


 印象に残るリフレイン的部分が何しろ「あなたなぜなぜ わたしを捨てた」(作詞星野栄一)VS「もうそれ以上 もうそれ以上 優しくなんて しなくていいのよ」(作詞松任谷由実)なのであって、なにゆえ「なぜなぜ」に負けねばならぬのか!と怒り心頭になっていてもおかしくはない。というかもし自分なら怒る。やり場は無いのはわかっていても怒ると思う。

まあ、松任谷由実は怒らなくとも上野千鶴子あたりは怒っていただろう。


 で、『夢追い酒』の脇を固めてる年間上位の曲が、『魅せられて』はともかくとして、『おもいで酒』とか『関白宣言』とか、そのちょっと下に『チャンピオン』とか、松任谷由実世界とは相容れないものの占める割合が非常に高かったわけだ。


 どう考えてもこれらの曲と比べ『埠頭を渡る風』が衝撃的に劣るとは思えないし、

思えないが、ただまああまりにも種類が違い過ぎるのでどっちがいいとも悪いともいえないところはある。しかし例えば、リリース時期が4年くらいずれてたら年間1位『埠頭を渡る風』で、『関白宣言』『チャンピオン』はベストテンはおろか100位ですら圏外の400位台ってなっていたとしても不思議ではないと思う。まさに「歌は世につれ」っていうやつだ。何事も「間とタイミング」だよなあ、みたいな。


 がしかし、ほんとうのところ自分の中2時期にヒットしてなくてよかったんじゃないか、と思う面もあり、どういうことかというと、先述したように中2の時「エロ」学級だったので、とにかくヒット曲の歌詞にエロ要素を見つけ出してははやしたてる、というようなことが横行していたのだ。


 山口百恵の『美・サイレント』のあの伏字4文字のところとか、「あれ絶対、『童貞』っていってるよなあ、『童貞が欲しいのです』だってよー、わはははは」とか、あとアリスの『ジョニーの子守唄』の「子供が出来たいまでさえ」のところの「子供が出来た」のところだけ異様に強調して歌真似して「子供できたってよーわははははは」とか、とにかくなんでもかんでも身もふたもない感じにしてしまう。


 いやこれほんと、自分はそのようなことを率先して行ってなどはいないし、わあそんなふうになんでもかんでもエロい方向にもってくなんて実にけしからんやつらだっ!と眉をひそめる側にいた。それは間違いない。ただし止めはしなかった。うむ。止めようとする素振りすら見せなかった。それは認める。


 なんにせよ『埠頭を渡る風』、もしエロ学級の男子生徒が聞き知ったら、いったいどんないじられ方をしたのかと思うと、実にあぶないところだった、と。


 あの時、あまりヒットしなかったおかげで、変ないじりにさらされず、そのおかげで変な印象が残らず、せつない気持ちで聴ける、と。


 さきほど上野千鶴子の名を出したが、それは翌1979年のアリス、「ハンドインハンド事件」を巡り、識者層が批判の論調掲げ始めたとき、松任谷由実も「若い根っこの会」を引き合いに出してアリス批判をしていた記憶は薄っすらあって、さてその詳細どうだったんだっけ?とググったんだがまるで出てこないので、国立国会図書館デジタル送信サービスで、「松任谷由実 若い根っこの会」で検索かけたところ、上野千鶴子と宮迫千鶴の対談本『多型倒錯:つるつる対談(創元社)1985年12月発行』に松任谷由実がアリスを指して「あれは、若い根っこの会よね」と発言したことに対して二人で快哉を叫ぶような部分があり、70年代終盤から80年代初頭にかけての、タモリによる「ニューミュージック批判」等と通底する当時の雰囲気を彷彿とさせるのだが、松任谷由実が具体的にいつどこでそれを言ったのかはわからずじまいであった。


 自分は1978年の中2の夏、第一回の「24時間テレビ」を見て、なんじゃこりゃ2度と視るか!と思ったくらいなので、ほぼ丁度1年後の夏、79年のアリスのハンドインハンドに関しても、なんじゃこりゃ!?とガッツリ、ドン引きな心理になったし、松任谷由実、タモリ側の心境にかなり寄りつつあったのは確かなので、もう一度詳細を掘り返そう、と考えてもグーグルが使い物にならない、ってのはなかなかにシビアなことであるなあ、と痛感中。


 尚、アリスの評価の変遷に関しては相倉久人の『都市の彩・都市の音(冬樹社)1982年4月発行』に、細かく記されている。というか相倉久人の見解として。国立国会図書館デジタル送信サービスで閲覧可能だ。自分もこれに関しては高校卒業までには読んでいた。『現代日本の音ー音楽の手帖(青土社(1980年11月発行)』で。


 こういった風潮に「対抗」したのが81年の『荒ぶる魂-Soul on Burning Ice-(作詞谷村新司作曲堀内孝雄)』なんだろうなあ、というのは容易に想像がつく。ただほんとうに何に対してのハンドインハンドなのか荒ぶる魂なのかがちょっとわからない、という自分の考えは今も変わらない。その辺、相倉久人の言ってることがおかしいとも思わない。


 が、2025年初頭のいま、丁度トランプ就任演説もあったタイミングでさらにいろいろつらつら考えるに、ハンドインハンドはともかくとして、当時70年代終盤のニューミュージック勢が放っていた「ドメスティック」なノリをなんでもかんでも全否定していればいいっていうことでもないよなあ、とも考え始めている。


 というか現在巻き起こっている「松本人志推定有罪報道問題」に関して、報道側を批判し、松本擁護サイドにいるので、そうなると、こういう歪な言論状況下においてなんら有効な対抗手段を打ち出すことのない大多数のこじゃれたインテリミュージシャンなどよりも、明らかに松本寄りな姿勢を隠そうともしないさだまさしの方が偉いんじゃないのか?と。


 と、小説の本筋と関係あるのかないのか微妙な件もいれこんでみた。




 




 


 










 










 

















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