第8話 『青い闇の警告』の衝撃

 さてその『青い闇の警告』だが、間違いなくFMで聴いて吃驚仰天し、しかもその頃購入した「歌本」に折よく掲載されていたので、即刻ガットギターで弾き語りで真似して歌った。自分で歌いこんだということはエアチェックで録音もしたはず。


 ただ、どの時期、どの番組で、という細部については子供部屋消失の為、なんの資料も残ってないので今となっては全くわからないし、歌本もどの出版社のどのタイトルだったのかももう手元にないのでわからない。


 まず前年1977年9月に陽水は大麻で逮捕され、翌月には懲役8カ月、執行猶予2年の判決を受けていて、その執行猶予中の1978年7月25日にアルバム『white』がリリースされ、そこからシングルカットされた『青い闇の警告』発売が8月10日。二枚目のシングルカット『ミス・コンテスト』は10月21日リリース。アルバムはチャート最高位3位となっているが、このシングル2曲は完全にベストテン圏外でヒットはしていない。

 

 国立国会図書館デジタル送信サービスを利用し、『コンフィデンス年鑑 1979年版』のなかに掲載されている「53年度HOT100登場曲一覧(全499曲)」の、計4ページをザーッと見渡すと、『青い闇の警告』はなんと499位なのだった。売り上げ枚数1730枚、オリコン掲載期間の最高位100位、と、とにかく低調な数値。発売日が「年間」で考えると中間以降の8月でもあるし、まさか1730枚で終わりだったのではあるまいな?と考え、翌年の年鑑の同じ欄を確認したんだが何しろもう曲そのものがまるで載ってなかったので、いずれにせよ売上総枚数は微々たるものであっただろう。


 しかしとにかくFMで流れたのは間違いなく、録音してあったということは事前にFM雑誌で何かそういう番組があるとメモっていたのかもしれない。


 さすがに「コーセー歌謡ベストテン」ではないだろうとは思う。売上データ上。

いずれにしても「執行猶予中」にアルバムはリリースできるし、その収録曲がFMでオンエアされる趨勢であったということだ。逮捕時に筑紫哲也がいわゆる「曲に罪はない」式の擁護論を述べたということもあった、と陽水のウィキには書いてある。自分はそのあたりのことはあまり覚えていない。


 このシングルカット2曲に関しては「留置場で書いた」ということもwhiteのウィキ、陽水のウィキ、ともに書いてあって、そこも当時の自分は把握していたかどうか怪しいのだが、逮捕されたことは知っていたので、大麻吸引したことのある人が書いた曲、という意識では聴いた。そこは間違いない。


 FM雑誌みて、執行猶予中の陽水の新譜の曲流れるのか!?ならエアチェックだな!!と当時の自分がそのような判断を瞬時にくだす動機はあるのか否かだが、それは充分すぎるくらいにあった、と思う。


 まず普通に一般市民のミーハー感覚で、マリファナ吸って逮捕された!?そしてその後第一弾のアルバムきた!?みたいな興味本位なところはあっただろう。間違いなく。何せ鶴光のオールナイトニッポンのエロネタに反応する年頃である。道に外れたものに憧れがちになるのはごく普通にあり得ることだろう。中2病なわけだし。


 そういうのでなく、真面目な路線で考察すると、小椋佳のアルバム『道草』は小6の時に親に買わせたというようなことを書いたが、その後、自分の意思で『夢追い人』も入手して聞き込んでおり、つまり「編曲星勝」は既に強烈に頭にインプットされていた状態なのであって、仮にそのFM雑誌の事前情報に「全曲星勝アレンジ」の件も載っていたのであれば、これは何が何でもメモらねば!と考えたとしても不思議ではない。ただほんとにこの辺の経緯は最早振り返りようもなく確かめようもないのがもどかしい。


 久々にこの小説のタイトルであるところの「イントロ」に触れると、とにかくいきなりの高中正義のブルージーな上下行フレーズが鮮烈なので、ド頭から引き込まれっぱなしだった。クレジットを漏れなく列挙すると、


 『青い闇の警告』作詞作曲 井上陽水 編曲 星勝

ds 林立夫

bs 高橋ゲタ夫

ag 安田裕美

eg 高中正義 椎名和夫

key 中西康晴

perc 浜口茂外也

strings 多グループ


という豪華ラインナップである、多は「おおの」で、多忠昭が率いる弦楽奏者のグループ名。当時のレコーディング各所でひっぱりダコだったようだ。


 そして一人称「おれ」多用の歌詞。これがツツイストになりきってた自分にはハマった。前回触れた『勝手にシンドバッド』も「おれ」使用で、シュールかつ言葉数詰め詰めな内容が後世まで語り継がれるエポックメイキングなものであったが、同年、大体2か月遅れでリリースされたこの曲の歌詞もシュールさ備えているのは『勝手にシンドバッド』と共通する部分アリ、と言えるが、雰囲気を比較するととにかく圧倒的に暗い。一方はこれから世に出る弾けた学生集団、というお祭り感前面に出ていたが、他方こちらはなにせ『闇』である。留置場にいた三十路男の『闇』である。

中2病が闇に惹かれずにいられようか!って話である。話であるが中2病とっくに脱したアラ還の今現在においても、まったく変わらぬ高揚感で聴けるのである。


 「暗さ」に高揚感を覚え、聞き惚れ続けることができるのは、秀逸なメロディー、アレンジ、歌詞ありき、といった部分、これまでさんざん言いつくされているだろうと思うので、ここでは「歌本みてギターで真似する」時の、この所作の面でのアプローチでいこう。アコギさわらない人には何が何やらってことになってしまうかもだが、そこはしばらくご容赦願いたい。


 歌い始めのところの、Am→AmM7→Am7→E7のこの進行を、このテンポでかき鳴らす行為そのものが実に快感なのだった。何しろそんなに抑さえるのが難しくないんだけど、2番目のAmM7はほんとの初心者だともしかするとちょいキツイのかもしれないけど、とにかくビギナーでも無理なく抑えられるコードしか使っていないにも関わらず、それでいて、なんだかとにかく一瞬すごいことをやらかしているような気分になれる効果がある。これはありそうでなかなかそうあるようなことではない。


 2節目、「俺は破片を集めて」の直後、歌の合間に、G→F♯と半音下るところなんかも、そうそう難しいテクニックいらないんだが、とにもかくにも得られる快感の度合はハンパない。※F→G→F♯の「上り下り」※のセーハまたはバレーが難しいとお嘆きの初心者の方もいらっしゃるかもしれんが、何せストロークでサクッと切り抜ければいい話でアルペジオの時の様に全音クリアに出さねばとか意識する必要ないし。


 そんな調子でフルコーラス、ギター弾き語り終えた時の気持ちよさ、でいうと生涯ナンバーワンの曲と断言できる。


 で、歌詞が誰かに何かを語りかける要素何もなく、とにかく一人称「おれ」のインナーサークル内で強烈に閉じているんだが、ひざかかえてる姿勢のままにアグレッシブに攻撃に向かってるような雰囲気を醸し出しているところもあって、おれの中2心を揺さぶって離さないのだった。


 さて、ではその時、自分は中2として、何か内部でこじれていたのか?

問題はそこである。こじれている自分をこの曲が癒すということなのか?


 そうではなかった。むしろごく周辺でこじれている者どもがいる、と。

「斜めによろけ悲しみ 床にひれ伏し泣いてた」ような雰囲気を醸し出している者がいる、と。というかその時にはまだ、泣き叫ぶみたいなレベルには到達していなかったかもしれないが、どっちにしてもいずれ子供部屋は「フェードアウトに消え去る」ので、予兆は感じていたはずである。でなきゃ普通はスルーされる年間499位の曲にここまで反応すまい。


その状況に対して、おれになすべきことはあるのか?、と。


そうなった時に、すぐにいい知恵が出てくるような経験値は中2にはなかった。


なかった時にこれがスーッと舞い降りてきたので、飛びついたのである。


 ま、とにかく詳細は省くが団地に比べりゃ広いが、実家の邸宅に比べるとはるかに狭い建売戸建てのなかで、親が不和を起こして争いが絶えないというようなことになっていたわけだ。


 そういう時に、たとえば、さだまさしのホンワカした日常ムードの曲の数々とかフィットするかといえば全くしない。『勝手にシンドバッド』のお祭り感覚にもなれんし、アリスのややマッスルなフィクションモードも気分的に違うし、というところにこれがズバッとハマった。


 今これにハマっている、というようなことはその頃誰にも言わなかった。ただただ一人で繰り返し弾き語るのみ。


 「咳をしても一人」であるようなあり方で、弾き語るのもひとり、という気持ちでギターかき鳴らし続けたのだった。


大体、全国1億3千万のギター少年のなかで、これをすぐに歌真似、弾き真似した者はいたのであろうか。なにせ499位の1730枚だ。いたとして15人くらいだろうか。一応、歌本に載ってたし。


 とにもかくにも暗さが救いになる、というのはこういうことなのであるなあ、と痛感させられた中学2年の夏だったか秋だったか冬だったか、という状況なのだった。


 さてこの曲のレビューがどの程度の数、世に出ているのか把握しきれていないのだが、間違いなくこれまで誰も触れていない点を指摘しておこう。


 印象的な箇所の多い歌詞だが、上に記した「フェードアウトに消え去る」というような文言、それがしかも終わりの方にあり、コード進行的に、ほんとにフェードアウトするんかな?という雰囲気でありながら、なんとド頭に戻って高中正義にもう一仕事させて締める、っていう、ここがまたちょっと凄くないっすか?みたいなね。なんか「うぉううぉううぉううぉー」繰り返してフェードアウトしてもおかしくなさそうなんだけど、そうではなく物凄く綺麗に締める、っていう星勝、そこにしびれるあこがれる!みたいな。ほんとにこの終わり方がまた正座して黙って聞いてるだけでもかなりの恍惚感ありますよ。この「バンド」の得も言われぬグルーヴを改めてかみしめさせるぞ!みたいな。それもほんの一瞬のことなんだが効果てきめんである。


 と、これを書きながら聞いててふと思ったので書き留めた。


 ※ F→G→F♯の「上り下り」、このコード進行を最終コーラスの歌詞で「回収」している感あってなんか凄い。※

















 




 


















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