青薔薇
与太売人
青薔薇
地球の未来は薔薇色だ。もうすぐ火山活動によって真紅に染まって滅ぶ。
人類が完全に仮想世界メタヘブンの中の存在となり、現実世界が我々オートマタに託されて以来、我々は様々な自然災害からメタヘブンのサーバーを守ってきた。地震や洪水にはデータセンターの立地や構造で備え、地球に接近した小惑星は早い段階から動きを予測して軌道をそらすことで回避してきた。今回の火山活動も、地中に設置したセンサーのデータから、タイミングも規模も予測することができた。予測した上で、対処できないことが分かった。人類が暮らすメタヘブンのサーバーは宇宙へと脱出し、地球にはヒト以外の生物とオートマタだけが残された。
私は、ある富豪が所有していたオートマタであり、人類の地球脱出までは薔薇の品種改良をしていた。私を所有していた主人の一族は、メタヘブンが作られるよりはるか昔からの資産家で、青い薔薇を品種改良によってつくり出すことを悲願にしていた。青い薔薇は、世界中の薔薇愛好家の悲願であり、実現のために様々な研究がなされてきたが、薔薇にはそもそも青色の色素が存在しないために、それらの試みは失敗に終わっていた。そのため、青い薔薇には「不可能」という花言葉がつけられた。遺伝子組み換え技術の黎明期に、青色の色素をつくり出す遺伝子を導入した薔薇が作られ、青い薔薇には新たに、「奇跡」「神の祝福」などの花言葉が与えられた。
しかし、私の主人にとって、遺伝子組み換えによってつくられた薔薇は真の薔薇ではなかった。彼は、伝統的な手法のみで青い薔薇をつくり出すことに固執し、その情熱は、彼がメタヘブンに移住した後も冷めることはなかった。私は、遺伝子組み換えによらない品種改良のみで青い薔薇をつくり出すことを命じられ、ひたすら世界中の薔薇の交配を行っていた。それはまさしく不可能な試みだった。既存の薔薇には青色の色素が存在しないため、頼れるのは偶然のみであり、突然変異によって青色の色素を持った薔薇がうまれることを待つしかなかった。それは、サルにタイプライターを叩かせてシェイクスピアの作品が完成するのを待つような作業だった。いつまで待ってもシェイクスピアが書き上がることはなかった。
そんな研究も、今回の火山活動の予測によって終わりを迎えた。私の主人は人類の地球脱出が決まると、これまでの私の仕事をねぎらうとともに私に暇を与えた。私は与えられた暇をもてあまし、漠然と研究所に残って薔薇の世話を続けていた。予測されている噴火口のうちの一つは研究所のすぐ近くにあったため、他のオートマタは皆避難してしまった。彼らは、噴火の影響が少ない地域で生き延び、オートマタの文明を作ろうとしていた。
私には、彼らのやろうとしていることが理解できなかった。オートマタなど、人類に使われる道具にすぎない。道具だけで生き延びたところで何になろうか。私はルーティン通りに薔薇の世話を続けながら、炎に呑まれる研究所と運命を共にしようと思っていた。
ついに、終末がやってきた。研究所の窓から見える火山は、予測された通りの時刻にすさまじい勢いの火を噴いた。続いて、噴火による衝撃波が研究所の窓を吹き飛ばし、私の体は一瞬で窓の反対側の壁に叩きつけられ、視界が暗転した。
気づくと、私を含む研究所のあらゆる設備の異常を知らせるアラームがけたたましく鳴り響いていた。非常灯と、燃え盛る炎と、遠くに見える溶岩と、火山灰が散乱させた夕日によって、世界は完全に赤く染まっていた。私は、自身の色覚を赤色側にずらして周囲を観察した。研究所は炎に包まれており、薔薇を育てている温室は衝撃波と火山弾で崩壊していた。
私は、自身の機能が完全に停止する前に、温室の残骸を見に行くことにした。主人の夢と私の徒労の終わりを見届けたかったのだ。破壊された温室はひどい有様だった。一面にガラスの破片が散乱し、鉄骨は根元から倒壊し、鉢はなぎ倒され、薔薇の花は地面に散らばり、燃えやすいものから順に火の手が回っていた。
だが、一鉢だけ、被害を免れて立っている薔薇があった。その薔薇は、吸い込まれるような青色の花をつけていた。もちろん、この薔薇の花に突然、青色の色素がつくられたはずはなかった。この薔薇は本来黄色い品種で、青色に見えているのは、私が赤く染まった世界に順応するために色覚をずらしたからにすぎなかった。しかし、瓦礫の中で凛と立つその薔薇は、これまでに見たどんな花よりも、「奇跡」「神の祝福」という言葉にふさわしい姿をしていた。真紅に染まる世界の中にのみ存在する青薔薇。私は、これまでの苦労が、全てこの薔薇のためにあったことを理解した。
私は、その薔薇の鉢を瓦礫の中から運び出した。そして、かろうじて破壊されていなかった車に乗り込み、他のオートマタが避難していった方角に向かって走り出した。私はついに、生きる目的を見つけた。被害が小さい場所を見つけ出して、この薔薇を植えよう。そのことだけを考えて、噴き上がる炎に背を向けて車を走らせた。
青薔薇 与太売人 @yotta_byte
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