第2話 文化祭の出し物
「え、えーと、その……あれ! 折り紙を全員が好き勝手に好きなのを作らせたら、大変じゃない? だから……その……ほら! 統一した方が良いんじゃないかなって……えっとまとまりが出そうじゃない?」
本当に人に話しかけるのはドキドキするし、緊張する。けれども、これは言っておかないといけない事だ。めんどくさいのだ。折り鶴、風船、ハートなど、そんな多様なものを作られると薔薇の形にするのが!
「バラバラの方が多様性を表せてよくない?」
「……くっ! わ、分かったわよ」
ちゃんと理由があったのなら、我が儘みたいに無理やり統一させるわけにはいかない。それに、今日は人に話しかけるには心臓が限界だ。
けれど、あれとは違うのだ。
あんなに普段は眠そうなクセに意外と考えていたみたいだ。そう思って見ていたからだろう。今日は疲れているのに恋愛脳がニヤニヤしながらやってきた。
「ふふふ、恋する乙女ですな〜」
最近の私は反応をしないという方法を発見した。さすがの彼女も無反応な相手に話しかけ続けないだろう
「けど、早乙女くんは一部の女子に人気があるからね〜。ひとり親家庭みたいだから家事とか全般ができるみたいだよ」
「っ! だから、茶髪はいつも放課後の仕事を押し付けてくるの!」
「茶髪、確かに茶髪だけど、人のことを茶髪って呼ぶ?」
「茶髪でいいのよ!」
私は勢いよく言い返す。恋花は驚いたような顔をしたが、すぐにまたニヤニヤと微笑んだ。
「ま、まあいいけどさ。でも意外だよね。早乙女くんが家事全般やってるなんて。ちょっと尊敬しちゃうな〜」
「……別に」
そう言いながらも、心の中で何かが引っかかっていた。確かに、彼は放課後になるとすぐに帰るし、眠そうな顔をしている。あれが全部家事のせいだとしたら、少しは納得できる。
「静香ちゃん、そういうとこ気になるんでしょ?」
「気にならない!」
反射的に強く言い返した。恋愛脳は私の反応を楽しんでいるみたいで、ますますニヤニヤが止まらない。
「へえ〜、でも静香ちゃん、最近早乙女くんのことよく見てるじゃない?」
「見てない! むしろ睨んでるのよ! だって、あの茶髪は放課後の仕事を全部私に押し付けるんだから!」
「ふふふ、睨んでる、ねえ。まあ、どうでもいいけどさ」
恋愛脳はそう言いながら立ち上がると、私の机に置いてあった折り紙をひらひらと揺らした。
「じゃあ、頑張ってね〜、折り紙アート。静香ちゃんの手先の器用さ、期待してるから!」
彼女が去った後、私は机に突っ伏した。どうしてこう、毎日毎日疲れるんだろう。放課後の仕事、折り紙の準備、そして恋花のニヤニヤ顔――全部まとめてどうにかしてくれればいいのに。
――ピロン!
連絡するのに中学になってから親に渡されたスマホには恋花にメッセージアプリを入れられて現在、「
恋愛脳から「恋愛成就!立体ハートの折り方」が送られてきた。あの”手先の器用さに期待”はこういうことらしい。恋愛脳はどこまでいっても恋愛脳だった。
――――――
文化祭一週間前になる今日の放課後、私と
そもそも、おかしいのだ。これ以外の日は私だけで用意を全員下校の時間になるまでやっていたのが。
「火取さん、大丈夫〜?」
「ん?」
相変わらず眠そうな顔に心配な顔を貼り付けて私の顔を覗き込む。誰のせいで疲れていると思っているんだ。
「最近、なんか疲れてるっぽいからさ〜。無理しないでよ〜」
そう言いつつ、形と色を見ながら薔薇の形を作っていく。それぞれの色を合わせながら、赤、オレンジ、黄、緑、青、藍、紫の七色の花びらを作っていく。
「誰のせいで疲れていると……」
思わず、言葉が口についた。何が無理しないでだ。あなたが苛立たせるせいで恋花が休み時間に読書の邪魔をするようになったし、多様性なんてあなたが言ったせいでクラスメイトから回収した折り紙が嵩張って保管に苦労してるんだぞ。
けれど、その声は掠れたように消えて聞こえることはな――
「え? 俺って何か疲れさせることした? 気づいてなかった、ごめん」
――どうして、こういう時だけ聞こえてるのか
まあ、それでも謝ったし、優しい私は少しは許してあげよう。普段のように間延びしていないし、きっと真面目に謝っているんだろう
「それで、俺の何が疲れさせたの?」
もっと元気な時にしてくれないかな? 今日は恋愛脳に付き纏われて疲れているんだ。それに、あなたと話すのはまだ緊張して疲れるから嫌なんだけど……。
「……次回から、放課後任せる時は理由を言え」
「ごめん」
消えるようにそう言うのが今日の私のエネルギーでの限界だった。もう少しくらい花びらが歪でも良いよね? 茶髪を見るけど、ダメらしい。探し出すん大変なんだけど……。
そのまま、静かな作業時間が続いた。教室には、折り紙の紙を取り付けたり、形を整えるために新たに折る音だけが響いている。
早乙女も黙々と薔薇の花びらを作っているが、その手つきが妙に器用で、無意識のうちに視線が引き寄せられた。
「……器用すぎでしょ」
私はあの立体ハートとかいうのを複雑すぎてできなかったけど、茶髪だったら普通に平気な顔をしてできそうだ。
「まあ、他の人より折る機会があるから?」
またしても、大して声が出ていないのに聞こえたらしい。まあ、聞こえるかも……。教室には私たち二人しかいなくて静かだから。
なんで自分のことなのに疑問系なの。しかも、中学になって折る機会なんてないでしょ。その思いが顔に出ていたのか茶髪はこちらを向いて言葉を続けた。
「4歳の妹がいるからさ、何かしら作れってせっつかれているからね」
大変だよと苦笑いをする彼を見て、そういえば恋花もそんなことを言っていたなあと思い出す。
全員下校の時間になるまで、私たちは会話を交わすことなく作業を黙々と行い続けた。こういう、何か一つのことに集中する時間も思ったよりも良いかもしれない。
「ごめん、明日は妹の保育園の迎えがあるからまた頼むね〜」
撤回、たまにだったら良いけど同じ文化祭実行委員が事情はあれど先に変えられるのは気に食わない。
「休み時間にできるだけやっておくから」
「……わ、分かった」
なんか二日分くらい疲れたような気がした。そういうことじゃないし、理由を言われたところで疲れるものは疲れる。
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