《完結》銀のバラ

コウノトリ🐣

第1話 私は神に嫌われている

 私、火取ひとり 静香しずかは恋愛についてとても疎いっていうより人間関係に疎い。朝から晩まで中学校に行っても話す相手は家族だけ。


 恋ってその人と話していて楽しかったり、ドキドキと胸が高鳴るみたい。そして、その人のことで頭がいっぱいになるんだって。


 教室で誰と誰が付き合っているとかで本人たちは満更でもなさそうに「やめてよう」なんて言っている。それに恋花れんかさんとかのクラスメイトが囃し立てて、騒がしい。


 ――あれの何がいいんだろう?

 恋するなんてバカみたい。自分さえ良ければいいものを人のことに頭を使うなんて、自分が幸せに生きていくのに非効率的だと思う。そう思いながらも、ふと彼女たちの笑顔が目に入ると、目を逸らせなくなってしまう自分がいる。


 人のために時間を使うのはバカのすることだから、私が教室で本を読んでいるのは友達がいないんじゃなくて作っていないから。思わないだけで、話そうと思えば話せる。


「火取さん、今日俺と同じ日直だよね〜。授業の分はもうやっておくけど、放課後の方をよろしくね〜」

「分かった」


 不覚、日直のことを忘れてしまったせいでめんどくさい放課後を任されてしまった。ミスをしたのは私だから、さすがの私も拒否できない。抽選で日直を決めるとか本当にやめて欲しい。


「ランダムの方が面白いでしょ」


 どう決められようがどうでも良かった。でも、そう言ってパソコンのルーレットを回した担任の由海ゆかい まこと先生の軽い笑みに今更、苛立ちが募る。お前のせいで忘れたやないか!


 その日、私は放課後の仕事を本当に任せられてしまった。


「こういうのって、普通女の子を手伝うものじゃないの!」


 クラスで飼っている金魚の水槽に入れる水を運びながら、そう文句を言っても彼、早乙女さおとめ勇人はやとはもう学校にいない。


「おのれ、早乙女、覚えてろよ」


 金魚に餌を手ですりつぶして与えた。私は根にもつ女だから、手伝わなかったことを後悔させてやる。


 「まあ、もう彼と話すことなんてないだろう」そう思っていたけれど、人生は思った通りにはいかないらしい。


 

 中学校になってから、恋バナを聞くようになったこと以外にも委員会とかの仕事を学生が何かしらこなさないといけないらしい。


 もちろん、私は何もしたくない。人のためになんで私が時間を使ってやらないといけないのか? だから、する事なんてほとんどない。図書委員が希望だ。


 この学校の図書委員は図書館で休み時間中に貸し出しをしておけばいいだけ、他所は知らないけど楽な仕事だった。


 図書委員はとても人気で、こういう時だけ運の悪い私はジャンケンで負けた。そして、次に第二希望に入る。


 最初のジャンケンで負けた時……、まあ許せた。


 二度目も負けた時……、謝れば許せた。


 三度目……、私は天を仰いだ


 ――神様は私に喧嘩を売ってんか!?


 そうして、私は一番不人気の文化祭実行委員などというものになった。これで、私は夏休みに学校に行かないといけない。さらに、放課後を拘束されることが確定した。


「神様……お願いだから、相手がやる気である人であってくれ……」


 私の隣に書いてある文字は早乙女 勇人? あのやる気のなさそうな茶髪男だった。彼を見ると、机に突っ伏していた頭をゆっくり起こして大きな欠伸をした。その無造作に乱れた茶髪と眠そうな目が、まさに「やる気ゼロ」を体現している。


 ――マジか……


 最悪だ、期待できなさすぎる。コイツ、本当にやる気あんの? 絶対やらんやん。私は重い金魚の水を運ばされたのを覚えている。


 こうして、私の中学校生活は幕を開けた。



――――――――



 放課後、はじめの仕事が回ってきた。


「誰か文化祭の出し物でしたいことある〜?」


 早乙女は相変わらず眠そうで語尾も伸びているけど、思っていたよりもやってくれて私は楽ができている。ありがたや、ありがたや。


 この日、私は彼が聞き出した案を黒板に書き出すだけで良かった。おお、早乙女は思っていたよりできる男かもしれない。


「良きかな、良きかな


 心の中で呟きながら、私は彼が次々にやってくれることに期待した。気分は最高だ。このまま全てをやってくれたまえ、早乙女くん。


 無難なアイデアにしてはなかなか良いもので、折り紙アートが決まった。みんなで好き勝手に折ったのを合わせて、虹色の薔薇を作るんだって。花言葉が『無限の可能性』だから、私たち中一にはちょうどいいとか言っていた。


「じゃあ、折り紙の買い出しよろしく〜」

「あ、は?」


 突然の指示に驚いて、私は目を見開く。早乙女は私に予算を渡しながら、プラプラと手を振って帰っていった。


「ネコババするぞ!」


 誰もいなくなった教室に私の声が反響する。彼は帰ってこない。できる男と思ったのは嘘だ。やっぱり、あいつはいけ好かない男だ。


 結局、一人で七色の折り紙360枚を買いに行く羽目になった。


「女の子一人に買い物させるなよ! あの茶髪!!」


 その日、私は気分が良かったはずなのに帰る頃には疲れ果てていた。



 彼はこの日だけじゃなかった。学校の時間の時にはやってくれる。けれど、放課後は私が口下手なことをいいことに「よろしくね〜」という間延びした眠そうな声で教室から出ていく。


 もう、我慢の限界だった。そもそも、眠そうな彼の態度を見るだけで苛立ちが募る。いつも私より早く帰っているくせにどうしてそんなに眠そうなのか?


 ゲームとかYチューブとかやってて寝不足なんじゃないだろうな! 私は読書時間が削られてご立腹だった。おかげで、私の中の今までズレることのなかった読書計画は最近、ズレてしまって名ばかりの計画になっている。


「ねえ、静香ちゃん。早乙女くんのこと好きなの?」

「え? ええ!! 何を言ってるの?」

「早乙女くんのことずっと見てるから」

「そんなわけないじゃない。睨んでたのよ! あの茶髪、いっつも放課後の仕事を私に押し付けるから!」


 それなのに最近、恋バナ大好きの理解不能な恋花れんか 好音このねが私に絡んできて、学校中の読書にも集中できない。


 私は睨んでいたんだ。人の弱みに漬け込んで放課後の仕事を押し付ける茶髪野郎を睨んでたんだ! 


「うん、うん。分かってるよ。素直になれないんだよね」

「はあ〜」


 ニヤニヤと分かってるよとでも言いたげな顔をする恋愛脳恋花 好音がムカつきを加速させる。彼女には何を言っても無駄だった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る