神国へのお誘い
朝吹
ここ数年、何かと宗教二世三世の苦悩について眼にする機会があった。
それでふと思い立ち、宗教二世三世さんでその苦しみを吐露している人がいないかとカクヨム内でタグ検索してみたのだが、意外なほど引っかからなかった。そのわりにはたまに記述を見かけるので、毒親のキーワードの中に包括されているのだろう。
宗教の勧誘は、しつこいところは本当にしつこい。たいていの人はあの勧誘の強引さによってその宗教をすっかり嫌いになってしまう。
布教活動に従事している末端信者のあちらはあちらで、一人でも信者を増やして宗派の中での階級を上げ、この世界に教義を広めなければ魂の救済が出来ないとマジで考えているので、永遠に平行線だ。
さすがに世界三大宗教(キリスト教、仏教、イスラム教)については隕石が落下して人類が滅亡する時まで続くのだろうという感じだが、世界の各地で日々次から次へと新興宗教が出現しては、教祖を頂点としたピラミッド構造を築いていることはご存じのとおりだ。
「バカどもに『気づき』を与え~る!」
心理学や宗教にかぶれると途端に自分は高い位置にいるのだと勘違いする人間がよくいて、「気づきを与える」という文言をよく使う。
「はやくお前もこっちの上の世界に来いよ」
「はやく愚かなお前も気づくことだな」
他者に対して偉そうに振舞うための看板として目についたものに飛びついているのが彼らの本質であって、べつに教義の中身などどうでもいいのだ。
「あなたの為をおもって」この科白もつきものだが、為になるどころか、自分の感情優先で、妨害行為を山とやりながらそれを認めない。
宗教被害者の苦悩をきいていると、いきなり「話し合いがしたい」と家にきたり、他県に逃げてせっかく就職した会社に信者を引き連れて押しかけてきて、「認知の歪みを治してー!」と路上を転がり回るなど、全員が同じ病魔に脳を侵されたのかというほどに見事に同じ迷惑行為をやるようだ。
「こっちが上でお前は下だ。分かったな」
「本当に上に行きたければ、厳しい意見に従わなければならないんだぞ?」
上、とは。
もちろん世にある宗教の全てを否定するものではない。
一部が変なだけだ。
田舎あるあるで、田舎に暮らす遠縁は三代前にとある宗教の信者になった。
決められた金銭をお付き合いで差し出しているだけで、とくに信じてもいないのだが、「信者です」という顔をしているほうが田舎では何かと都合がいいそうだ。
親族の葬式の際に観察していると、わらわらと集まってきた信者の皆さんは惜しみなくよくはたらき、慣れた手つきで故人の葬儀を静かに取り仕切っていて、世間で云われているほどの悪い印象はもたなかった。羊のようにおとなしい感じの人が多く、
「お前の人生はわたしが指導者として注目を集める為のステージだ」
と絶叫することも無論なく、都会からやってきた遺族の我々に対する態度も常識的で丁寧だった。
「財産を奪われる。とよく誤解されますが、そんなことはまったくありません」
変わったところといえば、遺影の前に信者代表の男性が立ち上がり、にっこり笑顔でそんなことを力説していたことくらいだ。
葬儀の場でにっこり。
そんな彼らは資産の多くを教団に差し出し、稼ぎの何分の一かを献金として支払い続けている。
ど田舎の田んぼの真ん中に建っている立派な施設。信者から吸い上げたお金で建てたその施設では、信者の老人たちが同じく信者の介護を受け、人生の最後を清潔なシーツにくるまれて穏やかに過ごす。教団にわたす金が無い人はどうするのだと訊けば、その人も信者になり活動に従事すれば助け合いの輪の中に入ることが可能だというのだから、人口右肩下がりの田舎では「互助」の名目で浸透しやすかったのだろう。
そんなことを考えながら窓の向こうの立派な施設をぼけーっと見ていると、気が付けばじりじりと信者の皆さんに取り囲まれており、いかに教祖サマが素晴らしいか、いかにこの教団が人から悩みを取り除いて幸せにするか……等、やわらかくわたしに説きはじめていて、あ、こうやって誘うんだな(葬儀中なのに)と感心してしまった。すぐに帰ったが。
悩みも苦しみも無くなるよ。
他人を見下せる偉い存在になれるんだぞ。
宗教団体というものは参加費を支払うサークルようなものだ。他人の財布や労力をあてにせず、迷惑行為をはたらかず、内部の人たちにとって納得のいく有意義なものならば、こちらが何か文句をつける筋合いでもない。
誰かと繋がっておきたい孤独耐性のない人には、一から人間関係を築く手間も学びも省けるので手っ取り早いし、いくつかの点においては、今までの生活よりも良いと思えることもあるかもしれない。
あとは金銭を「教祖サマとその幹部」に支払い続ければいいだけだ。
救いを求め、誰かを求め、心の平安を欲している。
その人たちのために宗教が発生するのは当然であって、「滅しろ」なんて誰にも云えない。過剰な勧誘や、献金の強制、「バカどもに『気づき』を与え~る!」あるいは、この宗教を信じなければ不幸になるゾ? 的な脅迫。そんな思い上がった意識が横行しているのでなければ、好きにしたらいい。
集合体を一つの意識で束ねるアイコンの一つが「神」だ。たとえ百年後には跡形もなく忘れ去られて、かつて人が集まった施設が田畑のど真ん中に半壊した末路を晒していようとも、人がそこに「神」を見たのならば、路傍の石ころだって神なのだ。
幼馴染の母親は、或る日わたしに一冊の絵本をくれた。その母親はわたしが遊びに行くといつもケイト・グリーナウェイに似た絵のついたきれいなカードをくれる。裏面には神の言葉が書いてある。
アメリカ育ちの彼女は旧約聖書から派生したある宗派の信者で、わたしの母親もそのことを知っていたのだが、遊びに行くことを禁止されることもなく、布教カードを取り上げられることもなかった。数年後にはその土地を離れることが確定していたのと、子ども向けのカードに書かれていることは幼児向け番組に出てくるような基本的な道徳だったからということもあるだろう。
大勢のお姉さんが集まっている近所の家に連れて行かれて、一緒にクッキーを作りながら何やらありがたそうな神さまの話を語り聞かせてくれたこともあった。わたしには信者になる素質がゼロだったとみえて、肝心な内容はまったく憶えていないが、もらった絵本は今も手許にある。
表紙に宗派の名が書かれてあるその絵本は、何度引っ越しても、なんとなく手許にずっと残してある。幼馴染との想い出の品だからという理由の他にも、海外で作られたものを和訳したその絵本は聖書の内容をとても分かりやすく説明していて、海が二つに分かれたり、人が塩の柱になったり、読み物として面白かったからだ。
神を信じればこのきれいな世界に行けるのですよ。
絵本の最終ページをめくれば、物語はふたたびエデンの園に戻っており、神の照らす光のもと、世界中の子どもたちのしあわせそうな姿が描かれている。
わたしにとってそれは物語に過ぎなかったが、幼馴染は、宗教二世にしては珍しく二世であることを肯定的に受け入れて育ち、いまも世界各地で活動しているようだ。
生きるための杖として、宗教にすがることは全然アリだ。
善を信じながら世間に背を向け、悩みも苦しみもないと唱えながら、隠者として教団の中に引きこもって過ごすというのも、それを選ぶ人にとっては悪いものではないことも想像がつく。
「バカどもに『気づき』を与え~る!」
だの、
「はやくお前もこっちの世界にこいよw(自分は万能ではるか高い世界からこちらを見下している設定)」
だの、『特別な存在でありたい』承認欲求をこじらせたあまりに他人の頭を蹴りつけるような暴力的な人間がそこにいないのならば、宗派によっては、思いやりのある穏やかな人が多くて快適かもしれない。
宗教にはまった親に普通の人生を奪われた。
教団に生き方を奪われた。
神の家の中で行われていたことは虐待だった。
そんな宗教二世三世の嘆きは、「はるか下の劣った存在であるお前たちは躾け直されるべき存在であり、完全無欠の我々に従うべきだ」そんな、宗教を利用してそっくり返る強欲な者たちの耳には届かない。
「早く『気づき』を得て、こっちの世界に上がって来いよw」
わたしの手許にある宗教絵本の色彩には、ふしぎなほど薔薇色がない。神の光は、白光か黄色に塗られている。
かろうじて、堕落した女の衣裳が薔薇色だ。
どうやらこの宗派では悪魔的な誘惑の色として薔薇色が扱われているようなのだ。
そして雨後の筍のように、出現しては忘れ去られる多くの新興宗教の教祖は、きまって色情魔で、銭ゲバで、これ見よがしな派手な色の新車を乗り回し、宗教を利用しながら信者を好き放題に食い散らかす。
「お前の『普通』を押し付けるな。出来の悪いお前も、早く他人を叩きのめせるこっちの世界に上がって来いよw」
わたしは無宗教だが、宗教は本来、自分と人を救うものとして作られたことを疑わない。それを利用して略奪したり、高圧的に振舞ったり、入信しない者へ嫌がらせを重ねる人間の側が悪いのだ。
なるべくなら、行き過ぎた宗教のせいで不幸になる人が出ないように。
子どもには選択の自由を与えるように。
強欲な教祖サマに奉仕するものではなく、普遍的な人間の幸せに根を張ったものでありますように。
[了]
神国へのお誘い 朝吹 @asabuki
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