第6話 補給物資輸送車護衛任務

 シャルロットがフェンリル中隊に着任してから3週間が経った。

 しかし、司令官であるグレゴ少将に伝えらえた反攻作戦は3週間経った今でも発令されていない。

 そのことを確認するために、シャルロットはアルン基地に訪れていた。


「以前に伺っていた反攻作戦が未だ行われないのは何故ですか、少将」


 着任したときとは違い今回は司令官室でシャルロットはグレゴと相対していた。

 グレゴは強い口調で話すシャルロットの言葉を聞き流しながら、見終わった書類を秘書に渡していた。

 それを見かねたシャルロットが再度問いただそうとすると、グレゴは紅茶片手に話し始める。


「まぁ落ち着きなさい、少佐。これには深い訳があるのだよ」

「わが隊には戦死者も出ています。納得できるものでなければ困ります!」


 ナイメーヘン市街占領任務の後に行われた無茶な作戦で、フェンリル中隊はさらに2名の隊員を失っていた。その作戦も反攻作戦のために作戦開始日が決められていたのである。

 行われる筈であった反攻作戦のために2名を失ったにも関わらず、その反攻作戦が実施されないとあればシャルロットが怒るのも無理もない。


「西部戦線が非常に厳しくなってしまってね。この反攻作戦は各戦線の足並みを揃えなければ成功しない。そのため、作戦の実施を延期にしたのだよ」


 グレゴの説明を聞いたシャルロットは言葉を失っていた。

 それは、2名の戦死が無駄死であるというのを司令官自ら言ったようなものである。少なくとも彼女はそう感じた。


「君の部隊には申し訳ないと思っているよ。しかしこれは、コラテラルダメージ、我が軍が戦争に勝つための致し方ない犠牲だよ」

「そんな……」

「それと少佐、君はなにか勘違いしているようだ。君が指揮する部隊は、体のいい弾除けなのだよ。その弾除けたちをうまく扱うのが君の仕事だ」


 グレゴは椅子から立ち上がり、シャルロットの肩に手を置いて耳元で囁く。


「君の指揮次第で猟犬は狩られる側へとなるのだよ」


 キッと睨みつけるとグレゴは口角を上げながら自分の椅子へと戻っていく。

 グレゴが椅子に座り紅茶を飲み干すと、部屋に先ほどの秘書が入ってくる。その腕には、極秘という印が押された封筒が抱えられていた。

 秘書は封筒をシャルロットに手渡す。開けるよう指示をされ封筒を開けると、中には数枚の作戦指令書が入っていた。


「少佐、君の部隊に新たな任務を与える。無事、完遂したまえ」


 シャルロットは苦虫を嚙み潰したような顔を何とか取り繕い敬礼をする。だが、睨むような眼をやめることはなかった。


「必ず、完遂してみせます……」


 怒りを何とか抑えながら部屋を出ていくシャルロットを見て、グレゴの口角は上がりっぱなしであった。


「少将、お口が上がっていますよ」

「ん? そうだったか。いちいちこちらの予測通りの反応をするもんで、ついな」


―———


「作戦を説明します」


 フェンリル中隊の隊舎。そのブリーフィングルームで今回の作戦についての説明が行われていた。

 部屋の正面のスクリーンに今回の作戦目標の写真が写し出される。写し出されたのは、補給物資などを運搬する輸送車であった。


「今回はアルン基地から出発する補給物資を積んだ輸送車の護衛です。目的地は、西部戦線の最重要拠点ドルドレヒト近郊。正確な位置としては、ワール川の下流のここ」


 共に出された地図に目的地の場所が赤い点で示される。

 隊員たちは手に持つ資料を見ながら説明を耳に通す。


「距離としては114キロメートル。バヨネットの燃料を考えても往復できる距離です。輸送車の数は3台、護衛時の各小隊の配置は―—」


 隊員たちの最前列の右端。そこでリオルとナタリアが、シャルロットが説明している最中に小声で話していた。


「ドルドレヒト、まだ陥落してなかったみたいね。2か月前は崩壊寸前だったのに」

「ハウンドの第3と第4中隊が合流したみたいだ。つまり、そういうことだ」


 リオルたちフェンリル中隊は以前西部戦線で活動していたのだが、東部戦線の戦況悪化に際して異動となったのだ。リオルたちが居たときは、その日をなんとか凌ぐので精一杯であった。

 異動となったフェンリル中隊にかわり、ハウンドの他の中隊が合流して戦況が幾らかマシになったようだ。

 他の中隊はフェンリル中隊ほどの練度はない。ということは、弾除けか捨て身の攻撃が行われたことが容易に検討がつく。


「輸送車は両戦線の間を最短距離で走行します。そのため、敵の支配地域に近づく場所もあり襲撃が予測されます。各員、気を引き締めて任務に臨んでください。なお、今回の任務には私とコーネリア中尉は共にバヨネットで出撃します」


 最後の言葉を聞いて部屋全体がどよめく。


「指揮官様である少佐が出撃するんですか? 足だけは引っ張らないでくださいね」


 クラインが舐めた態度でぼやくと、コーネリアが挑発するように言い返す。


「少なくとも、少尉程度では相手にならないわよ。力の差もわからないなんて、少々幼稚すぎるわよ」

「なんだと……!」

「喧嘩するのもいいけど、余力は任務まで取っておきなさい」


 部屋全体に険悪な雰囲気が漂い始めるが、シャルロットがこの場を収める。

 シャルロットが間に入ったことでお互い退いたが、納得いってないクラインはドカッと椅子に座り直す。

 コーネリアの勝ち誇った顔を見てより悔しそうな顔になるクラインを横目に、ヘレナが手を挙げて質問をする。


「少佐、私を含めて多くの隊員が西部戦線についてよく知りません。敵の情報などわかるものがあれば教えていただきたいのですが」

「わかりました、説明しましょう」


 ヘレナの質問を受け、シャルロットはスクリーンを西部戦線の写真へと切り替えた。

 スクリーンに映し出されたのは、2か月前の西部戦線の写真であった。写真には東部戦線など比ではない激戦の様子が写されていた。


「これは2か月前の西部戦線の写真であるので現在とは異なりますが、我々の東部戦線とは比べられないほどの戦闘が今でも繰り広げられています」


 穴だらけになった建物に、地形が変わるほどの砲弾を受けた川の下流。地面には死体がそこら中に放置され、血の水たまりを作っている。

 大きな道路は、バヨネットが撃ったあとの薬莢が大量に転がっている。


「ステレンブルグ要塞、ここが無ければ西部戦線は崩壊していたでしょう。西部戦線は東部と違い、帝国主力量産機〈グラディウス〉が開戦初期から配備されています。それも最新型のD型がです」

「お、おい。あの四つ足の奴はなんだ……?」


 ある一枚の前線を撮った写真。そこには四脚のバヨネットが写っていた。

 見るからに堅牢そうな機体装甲に、両手には大容量のマシンガン。背部には〈グラディウス〉が装備するものより大型のグレネードキャノンとミサイルコンテナ。

 隊員たちはその姿を初めて見たのか戦々恐々としていた。


「この4脚タイプについての情報はありません。目下調査中ということが諜報部から知らされていますが、帝国の最新兵器で間違いないでしょう」

「新兵器……。帝国の技術力はどれだけ進んでいるの……」

「今の西部戦線は膠着状態と聞いています。その打開のためにも今回の任務が重要になるでしょう。任務は3日後の早朝と共に出発します。皆さんの健闘を期待します。以上でブリーフィングを終了します」


 一通りのブリーフィングが終わり各々部屋から出ていく。シャルロットとコーネリアはブリーフィングで使った物の後片付けをする。すると、部屋に残っていたナタリアが2人に声をかける。


「少佐と中尉は実戦経験があるのですか?」

「私も中尉も実戦経験はあります。ただ、最前線での戦闘は、私にはまだ経験はありません」


 シャルロットの言葉を聞いたナタリアが彼女の手を見ると、資料を握った手が震えていた。そんな姿を見て手を握り、安心させるような優しい声で語り掛ける。


「少佐、安心してください。訓練通りにやれば、前線も後方も変わりません。それに何かあれば、私かリオルが助けに行きますから」

「ベルセルガ少尉……」


 コーネリアも安心したのか、顔から笑みがこぼれていた。


―———


 作戦開始日。アルン基地の出入り口で待機していた中隊のもとに3台の輸送車が現れる。

 バヨネットから降りて待機していたシャルロットの前で停車すると、中から運転手らしき兵士たちが降りてくる。1台につき3名ほどであろうか。


「あなたが部隊の指揮官ですか」


 降りてきたうちの1人の士官はシャルロットよりも階級が上らしく、敬礼をして挨拶を行う。


「はっ、シャルロット・ライム少佐であります。今回の護衛任務は我が第66特殊戦技大隊所属第1中隊〈フェンリル〉が務めさせていただきます」

「第66……はっ、猟犬部隊か」

 

 輸送車の士官が部隊の名前を聞いた瞬間、急に態度が豹変する。

 最初の丁寧な口調はどこかへと飛んでいき、横暴な態度が目立つようになる。


「貴様ら犬どもが荷物に触れることは一切許さん。それがわかったら、とっとと出発しろ」

「了解しました」


 シャルロットがハンドサインで合図を送ると、先頭のリオルの〈スコヴヌング〉が動きだす。

 シャルロットもすぐに機体に乗り込み起動させる。

 先頭はリオル。輸送車の両側面を残りの4小隊が並走し、後方にナタリアが配置されている。シャルロットとコーネリアはそれぞれ分かれて側面に配置している。この編成で今回の護衛任務に就くようだ。



 基地から出発して2時間ほどが経過した。

 道中、輸送車の士官たちの態度に部隊員たちは我慢し続けていた。彼らは本当によく喋る。黙ったら死んでしまうのかと思うくらいには、喋るのを止めることはない。さらにその内容もヒドイものだった。シャルロットを性的に見る目や、任務が終わったら部隊の女で遊ぶなどを抜かしている。

 彼らの無線を盗み聞いていたナタリアは、「敵が襲ってきたとき、どさくさに紛れて撃ち抜こうかしら」と思ったほどである。

 輸送車士官の横暴な態度を無視し続けていたリオルは、この先で襲撃があるのではないかと考えていた。

 今までの道は戦闘の跡が残っており、残骸などが障害物として機能していた。しかし、ここから先の道は現代では珍しく緑色の草が広がる平原。多少の丘陵があるぐらいで車両を隠せる場所がなく開けている。


「少佐、ここから先は速度を上げた方が良いかと」

『何故です? 大尉』

「ここからは遮蔽が少ない平原です。もし敵の攻撃を受けたら車両を守り切れません。ですので、できる限り早くこの平原を抜けなければ」


 リオルの進言を聞いてシャルロットは少し考えているのか沈黙が続く。

 しかし、その沈黙を破ったのはシャルロットではなく、第4小隊1番機テリア1のヘレナからの通信であった。


『フェンリル1! 10時の方向、丘の上にバヨネットを発見! 数は不明!』

「レーダーに反応が無かった……、いや範囲圏外から近づいたということか。各機戦闘配置、輸送車の護衛が最優先だが車両に置いてかれないよう注意しろ」


 リオルたちの機体は敵がいる方向へ移動しながら展開を開始する。

 各々の機体が攻撃を行うため、照準を合わせ始める。

 丘の上に見えているのは1機のバヨネットのみ。しかし、その姿は〈グラディウス〉でも旧型の〈ブロードブレード〉でもない。

 確認するためズームしてみると、脚部が通常の2脚タイプではなく、逆関節型であった。帝国の新型機、瞬時にそう確信した。


「敵は新型機だ、油断せず対応しろ。絶対1機で相手をするなよ。第6ボクサー小隊は輸送車に追従しそのまま護衛を―—」


 移動しながら部隊に指示していると輸送車が停車する。

 ここでの停車は自殺行為といっても過言ではない。


「輸送車、何故停車する。前へ進め、こちらで時間を稼ぐ」

『ヴォルグ人が話掛けるな! もし走行中に攻撃を受けたら貴様の責任だぞ! それに敵は単機なのだろう? さっさと排除しろ!』


 使えん奴だと考えつつ照準を定め、コクピットのモニターに映るカーソルが敵機に合わさる。それと同時にピピッという音が鳴りロックオンする。

 その時、丘の逆脚機体の背後からゾロゾロと〈グラディウス〉が現れる。数は合計で10機、2個小隊程度の数。数ではリオルたちのほうが10機以上多くいるため数的有利である。

 しかし、部隊員たちは何かを感じ取っていた。あの敵部隊から放たれる雰囲気、威圧感、そして殺気。それに気圧された隊員たちが、恐怖で呻き始める。


『な、なんだよ……あいつら……』

『勝てるわけがねぇ……』

『何ビビってんだみんな! 数はこっちのほうが多いんだ、勝つのはこっちだ!』


 ヒューゴが他の隊員を勇気づけようと声をかけるも、その声は微かに震えていた。

 その時、1機のバヨネットが逆脚機に向けて発砲する。弾は僅かに逸れて空の彼方へと飛んで行った。

 リオルが振り向くと、何と発砲したのはコーネリアの〈ファルシオン〉であった。


『チッ、外れたか。狙撃には自信があったんだけど、腕が落ちたかしら』


 すぐさま次の射撃のため構える。丘の上の逆脚機もスナイパーが居るとわかり腕を使い、部隊に前進を指示する。すると、残り9機の〈グラディウス〉たちがブースターを吹かして丘から下り、前進してくる。

 ジグザグに動きながら突っ込んでくる〈グラディウス〉に、気圧された隊員たちは指示を待たずに射撃を開始する。


『ちくしょおお! 来るんじゃねぇ!』

『クソがぁぁ!』


 まったくロックされてない弾丸は、敵機に掠ることもなく避けられる。そして、その合間に射撃を叩き込まれ味方が数機被弾する。

 機体の動きでわかる。この部隊は手練れ、それも相当の。そう確信したリオルは、隊列を離れ敵機に向かい始める。


『大尉! 何を!?』

「自分がかく乱します。少佐と中尉はその隙に敵機を撃破してください。フェンリル2、来れるか?」

『誰に言ってんの? 左に展開した方は任せときなさい。そっちこそ、味方の射撃に巻き込まれるんじゃないよ』

「フッ……そっちもな」


 続けてナタリアの〈ファルシオン〉も敵機に向かって突撃し始める。

 敵はリオルたちも突っ込んで来るとは思っておらず少し動揺したのか、射撃が乱れる。

 リオルは接近した敵機に、パイルを打ち込み、すぐさま杭を抜いて吹っ飛ばす。打ち込まれた機体はゴロゴロと転がりながら倒れる。

 ナタリアも、マシンガンで牽制しつつ正面衝突のコースを取る。相手は中型の防盾を装備しておりナタリアの射撃を防ぎ、そのままぶつかって轢き殺そうと速度を上げる。

 正面でぶつかる瞬間、機体を跳躍させ飛び越える。そして跳躍中に左背部に装備された長刀を左腕に握り振り下ろす。振り下ろされた長刀は、〈グラディウス〉の右腕を切り飛ばす。振り返り、背部に装備された110mmグレネードキャノンを発射しようとした〈グラディウス〉をコーネリアの狙撃が機体を撃ち抜く。


『「残り8機」』


―———


「おーおー。結構やるなぁ、あいつら」


 丘の上から戦場を見渡していた逆関節機体のパイロット、デュック・アレンは思いのほか善戦している共和国軍のバヨネットに賛辞を送っていた。

 すると部下からの通信が入る。


『大尉、そろそろ加勢してくれませんかね。この近接型の2機、異様に強いですよ』

「でもなぁ、それと輸送車の近くから狙撃している2機ぐらいしか脅威はないだろ」

『敵との数に差がありますよ。我々だけでは少々厳しいかと』


 デュックは深くため息を吐いたあと、組んでいた腕を崩し操縦桿へと伸ばす。


「まぁ、見物も飽きてきたからな。ちょっくら手伝ってやるか」


 足のペダルを踏み機体を丘の斜面へと動かすと、斜面を蹴り飛び出すように地面へと着地を行う。

 逆関節機体の特徴である高い跳躍力。それを活用した正面への加速。高Gこそかかるものの、迅速に戦場へと向かうことができる。これは、通常の2脚ではできない芸当である。


「ジャッカル小隊、俺が杭持ちを相手する! その間に輸送車を攻撃しろ!」

『了解! 楽しむのは構いませんが、ほどほどにしてくださいよ大尉!』


 部下からの言葉を聞きつつ、リオルの機体に一直線で向かっていく。


「さぁ、俺を楽しませろや!」


―———


《接近警報》


「くッ!、逆脚が動いたか」


 敵との戦闘中、突如として正面のバヨネットがリオルを無視し始めたと思ったら、先ほどまで丘の上で待機していた逆脚機が猛スピードでこちらに突っ込んできていた。

 ブースターでの巡行のみではなく、斜面を降りてきたときに上がった速度のまま突っ込んできている。

 すると逆脚機は、背部のコンテナから10個のミサイルが上空に、6個のミサイルがリオルの〈スコヴヌング〉に向かって発射される。


「垂直ミサイルか。だが回避は容易だ」


 正面から来る6個のミサイルを避けつつ、機体の軸をずらし垂直ミサイルも同様に躱す。

 逆脚機は間髪入れずに右腕のガトリングを発射する。

 弾はリオルがブースターで通った後を追うように流れていく。すると逆脚機は跳躍ジャンプし、〈スコヴヌング〉より高い位置からの射撃を決行する。さらに、左腕に取り付けられたグレネードランチャーを発射し、リオルの回避行動を抑制する。

 2種のミサイルとグレネードランチャーで回避方向を誘導されたリオルは、背部にガトリングを被弾してしまう。


「ぐぅッ、左のグレネードキャノンがやられたか。自動パージは……機能してないか」


 大きく揺れるコクピット。メインのモニターとは違う正面の小型モニターには、左背部武装が被弾し損傷したことを示すように赤く点滅していた。

 リオルはボタンを操作し、左背部武装を手動でパージする。


「好き放題撃ちやがって。今度はこっちの番だ」


 リオルは逆脚機の着地のタイミングに合わせてブースターを吹かす。どうやら杭打機パイルバンカーの一撃で仕留めるつもりのようだ。

 丁度、敵が着地する瞬間。そこに合わせた攻撃、回避は不可能。決着が着くそう思われた瞬間。


『きゃぁぁ!!』

「……!?」


 輸送車の近くで狙撃をしていたシャルロットの叫び声が無線機から聞こえてくる。意識が逆脚機体から逸れる一瞬の隙、敵はそこを見逃さずリオルの杭を間一髪で躱し距離を取る。


「ちッ、外したか」

『リオル! まずいよ、輸送車の方が!!』


 杭を躱され距離を置かれたあと、すぐにナタリアから通信が入る。どうやら輸送車の方で問題が発生したみたいだ。

 サブモニターでシャルロットの方を映すと、敵の攻撃を受け輸送車が1両破壊されていた。さらに、敵の猛攻を受け部隊は壊滅寸前であった。

 ヘレナとアルヴィンが何とか抑えているが、やられるのも時間の問題だろう。

 こちらの損害は8機。2個小隊にやられていい数ではない。


「フェンリル2、少佐たちの援護に回れ。フィオナボクサー1、小隊を率いて輸送車と距離っを取れ。回り込んでくる敵の排除に専念しろ」

『フェンリル2、了解!』

『ボクサー1、了~解』


 フィオナの気の抜けた返事を聞いた直後、距離を取っていた逆脚機がミサイルとグレネードをこちらに一斉射する。

 リオルはグレネードが着弾したときの煙を使い身を隠し、逆脚機との距離が近くなったタイミングで煙から飛び出す。逆脚機は〈スコヴヌング〉に機体全面を向ける状態でブースターを吹かして背走をする。リオルはそれを全速力で追いかける。

 操縦桿のボタンを操作し右背部の6連ミサイルを発射する。右腕のマシンガンは相手の回避行動を誘って速度を落とすため絶え間なく射撃を行う。

 逆脚機は蛇行でミサイルなどを回避しつつガトリングとミサイルの斉射でリオルを近づけさせない。

 逆脚機との鬼ごっこは数分にも及んだ。その間、輸送車の直衛と合流したナタリアは、挨拶がわりと言わんばかりに〈グラディウス〉を長刀で胴体と脚部を永遠に会うことがないようにしていた。


―———


「ヘレナ、状況を教えて!」

『フェンリル2か!? 状況は最悪だ! 囲まれて錯乱したやつから順に撃ち抜かれてる。コーネリア中尉が陽動してくれているおかげで、被害は輸送車1台にとどまっているがこのままじゃ全滅だ!』


 輸送車が走る道路の右側。そこでは2機を相手にしているコーネリアの〈ファルシオン〉が戦闘を行っていた。

 狙撃仕様だと言うのに接近戦をしかけ、敵機に損傷を与えている。

 リオルと私で仕留めたのは2機、そのあと倒したのは1機で残り7機。そのうち2機はコーネリア中尉が引き付けてくれている。なら……。


「少佐、2台目の輸送車の乗員を1台目に移してください」

『フェンリル2、何をするつもりです!?』

「輸送車を囮に敵を仕留めます」


 コーネリア中尉の所にはフィオナたちが向かってる。なら私たちのほうはこの5機を相手にしなければならない。

 機体スピードが並みの〈グラディウス〉とは比にならないほど速い。

 部隊の仲間の射撃じゃまず当たらないだろう。

 敵に対する恐怖で本来の力が発揮できていない。照準もブレブレで、弾切れしてるのに撃とうとしているバカもいる。


『しかし、それは……』


 少佐は私の提案を躊躇っているようだった。

 これじゃ、この案は使えないわね。どうしたら……。

 私たちは5機の〈グラディウス〉の苛烈な攻撃に身動きが取れなくなっていた。

 その時、〈グラディウス〉の動きが一瞬だけ止まると、敵の背後から緑色の信号弾が上がった。そして〈グラディウス〉はすぐに撤退していき、コーネリアと戦っていた機体も共に撤退していく。

 何事かと思ったけどすぐに理解した。道路の奥から太陽に照らされ、歩いてくるリオルの機体〈スコヴヌング〉が見えたときに。


「リオル、勝ったのね」


―———


 逆脚機と鬼ごっこのような戦闘を開始して数分、両者決着が着かずにいた。決定打が杭打機パイルバンカーのみのリオルは接近するのに精一杯。対する逆脚機は、リオルの巧みな操縦技術で翻弄され無駄弾を垂れ流していた。


「そろそろ決着を着けるぞ……!」


 ペダルを押し込みブースターを全開にする。それと同時に残りのミサイルを発射し牽制を行う。逆脚機はミサイルを回避するため大きく動く。回避による一瞬の速度低下を狙った攻撃。

 リオルは一気に逆脚機に接近し、パイルを撃ち込む構えを取る。

 逆脚機は咄嗟にゼロ距離でグレネードを発射するがリオルは速度の乗った跳躍ジャンプを行う。グレネードは〈スコヴヌング〉の足元を通り過ぎる。

 着地と同時にさらに加速するリオルに、ガトリングとミサイルを撃ち続ける。

 リオルはもはや回避はしない。機体本体に取り付けられた何枚もの追加装甲板が剝がれていく。


「これでッ……!」


 何発ものガトリングを受けながら杭打機の間合いまで接近したリオルは、迷うことなく杭を打ち込む。

 火薬によって勢いよく射出された杭は、直前に受けたミサイルによって僅かに逸れ、逆脚機の胸部ではなく左腕へと突き刺さった。

 逆脚機は左腕をすぐにパージすると、距離を取ってこちらの様子を伺うように立ち止まる。

 リオルの〈スコヴヌング〉は、逆脚機を睨むように赤い単眼のセンサーを光らせる。

 数秒の沈黙。だが、リオルにとってこの数秒はとても長く感じていた。まるで、数時間もの間睨み合っているような感覚になっていた。

 先に動いたのは逆脚機。肩から上空に信号弾が発射される。発射された弾は緑色に光り輝く。

 そのまま逆脚機は踵を返して最初の丘の方へと後退していった。

 追撃する力はリオルにはもうない。

 コクピットには危険な状態を報告する警告音がビーッビーッと鳴り響いていた。


「あと数発食らってたら、やられてたのは俺の方だったな……」


 生き残ったことに対する安堵。そんな感情が頭の中を横切る。最近は感じることが出来なかった感覚がそこにはあった。

 自動操縦オートパイロットに設定して輸送車のもとへと移動し自分は座席に身体を預けるようにもたれる。

 見たことない機体。新型ということはわかっていたが、操縦者パイロットの腕も一流。部隊の練度、指揮能力、全ての面でガレリア帝国との力の差をまざまざと見せつけられたようだった。


「はぁ……」


 考えると力の差を理解してしまい深いため息がでてしない。

 輸送車に近づいてきたのか、モニターには友軍識別タグが表示されていた。

 少し歩くと2台の輸送車が完全に視界に入る。その周りの惨状も。

 破壊された1台の輸送車は未だに燃え続けている。車両の周りには撃ち抜かれた部隊の〈ファルシオン〉9機が倒れていた。そのうちの数機は道路から少しズレているところで撃破されていた。

 今回の作戦に参加したバヨネットは20機。そのうち残ったのは11機。部隊の半数近くがたった2個小隊に壊滅されかけたのである。

 輸送車近くの味方と合流すると、部隊間の通信でナタリアとシャルロットが話しているようだった。


『搭乗者は全員死亡。生き残りはいません』

『輸送車の方も……ですか?』

『はい』

『そうですか……。輸送車の責任者には私から説明しておきます。中隊は次の指示があるまで暫く待機を』


 静まり返る通信機にぶつッと切れる音だけが響く。

 リオルが中隊の前まで近づくとようやく気付いたのか、部隊員が各々無事だったことを確認してくる。


「ナタリア、撃破された機体は完全に破壊しろ。情報を残すな」

『わかっているわ、任せて。ヘレナ、フィオナ2人共手伝って』


 3機は撃破された機体を一か所に集め始める。

 集め終わると、ナタリアがおもむろに長刀を取り出し残骸たちを刻み始める。

 この行動に驚いたのか、ヒューゴがものすごい勢いでリオルに通信掛ける。


『何してんだよ! 仲間は連れて帰らないといけないだろうが!!』

「伍長、これは部隊に決められた規則だ。これを違反するわけにはいけない」

『それでも……』

『坊主、我が儘言うんじゃねぇよ。もし機体の情報が敵に奪われでもしたら、それこそ一大事だ。それを防ぐって面でも必要なことだよ。それに、俺達に墓なんて上等なもんは似合わないさ』


 アルヴィンの言葉はもっとだ。バヨネットは機密の塊、もしこれが敵に渡ったら何が起こるかわからない。それを防ぐという面でも残骸の破壊はどの部隊でも徹底されている。

 ただ、帝国軍のバヨネットは機体が破壊されると自動的に機体内の情報を削除する機能が付いている。そのため、撃破した敵バヨネットから情報をとることはできないのだ。それがない共和国製のバヨネットは、自分たちで処理しなければならない。

 数分すると処理が終わったのか3機が戻ってくる。それと同時にシャルロットから全体に通信が入る。


『全隊員に連絡します。このあと我々は、ワール川下流で待機中の味方部隊と合流するため移動を開始します。その後、駐屯地へと帰還します』

「フェンリル1、了解。中隊は指示に従います」


 部隊は輸送車と共に目的地に向かって移動を開始する。

 隊員のひとりひとりが警戒を厳にして移動する。張り詰めた空気が部隊内に漂う。しかし、心なしか全員の肩が沈み込んでいるような気がした。


―———


 帝国軍西部方面軍前線基地ブレダ。

 太陽は既に沈み、あたりを照らすのは基地の明かりだけであった。

 基地内の1つの施設。そこはある部隊が兵舎として利用していた。

 兵舎の部屋の窓から基地の様子を見ていた1人の男は、基地の入口から入ってくる逆脚機体とその後に続く7機の〈グラディウス〉が見えた。

 送り出した時より数が減っているのと逆脚機の左腕が無いことに気付き男は眉をひそめる。

 しばらくすると、男の部屋に1人の男が乱雑に扉を開けながら入ってくる。


「帰還したぜ」

「大尉、もう少し丁寧に入ってきてくださいませんか? あなたの乱暴さで紅茶の味が落ちてしまいます」


 入ってきたのはデュック・アレン大尉。豪快な性格の持ち主で、その性格と同様身体のほうも筋肉質でガタイがとても良い。

 デュックは先ほどから部屋のソファに座って紅茶を嗜んでいた緑髪の女性に乱雑さを指摘される。

 彼女はフィリス・ゴート。100人に聞いて全員が美人と答えるほどの美貌を持つ女性士官であり、この部隊の指揮官の側近である。

 そんなフィリスの言葉を無視して、デュックは未だに外を眺めている男の所に向かい楽しそうに話し始める。


「そんなことよりシグルド、面白れぇ話があるんだよ。共和国にも結構腕の立つ奴がいるみたいだぜ」


 窓を眺めていた男の名はシグルド。シグルド・ファーレン少佐。黒髪長身の帝国軍左官で部隊の指揮官である。

 そんなシグルドは、デュックが口にした「腕の立つ奴」という言葉に反応する。


「共和国軍は腰抜けばかりかと思ったが、どうやら違うみたいだ。で? デュック、それはどんな相手だったんだ」

「見た目は共和国軍の標準機じゃねぇな。なんかこう機体の装甲を何枚も付け足したような見た目だったな」

「それは、黒い機体色だったか? 部隊も含めて」


 デュックが話す機体の情報にさらに反応したシグルドは、機体色について問いただす。その姿は、まるで何年も探していたものが見つかりそうな瞬間の人間にそっくりだった。


「確かに黒色だったが、それがどうした?」

「ふふっ……、フハハハハ!!」


 急に笑い出したシグルドに驚き紅茶をこぼす緑髪の女性と、笑う姿にまったく動じる様子がないデュック。それどころか、口角は上がりっぱなしであった。


「まさか奴らがこの戦場に現れるとはな。デュック、フィリス。これから、この戦争はより楽しくなるぞ!!」

「そりゃあ楽しみだな。奴に俺の機体の左腕の借りを返したいしな」

「少佐が楽しいのなら、私にとってもとても甘美な戦場となるでしょう」


 不敵に笑うシグルドに、楽しくてしょうがない子どものような顔のデュック。うっとりとした表情に手で頬を抑えるフィリス。

 この空間は非常に異様であった。


「私ともう一度出会うまでに死なないでくれよ。共和国の飼い犬ども」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る