幕間 リオルの追想1
この収容所に来てから何日経ったのだろう。
薄暗い牢屋のような部屋に半日は閉じ込められ、部屋を出れたとしても待っているのは労働と兵士から振るわれる暴力だけ。
渡される飯も味がしない上にハエが集っている物ばかりだ。今日出された飯もとても酷かった。カビが生えたパンの端切れと味がないスープ。要するにただの水だ。
酷い飯を食べていると、部屋の前の廊下から誰かが歩いてくる音が聞こえてくる。
歩いてきたのはこの収容所内を監視または管理している兵士であった。
「216番、部屋から出ろ。仕事の時間だ」
部屋の前で止まった兵士は俺に部屋からでるよう促す。
ここですぐに出ないと顔が変形するまで殴られるから早めに出ないと。
「ちっ、クセェんだよ!」
「グゥッ……」
出た途端、臭いという理由で殴られたがこれは日常茶飯事だ。普段はもっと酷く殴られるから今日はまだ優しい方だろう。
殴られたあと、兵士の後ろを付いて行く。
歩いていく途中に見える景色は自分がいたような部屋が並んでいて、中には俺と同じヴォルグ人が入っていた。
全員虚ろな目をしているが当然だろう。俺もここにいて良いことが特にない。
2分ぐらい歩いていると、普段とは違う道であることが分かった。でも、道が違うことを聞くと絶対殴られるから黙っておこう。
黙って歩いていると建物の外へと出た。ずっと暗い建物の中に居たため太陽がとても眩しく、視界が光で見えなくなっていた。
「さっさと歩け!」
眩しくて立ち止まっていると後ろの兵士に銃のストックで後頭部を叩かれる。
思わず倒れると兵士は俺の首元を掴み、どこかに放り出された。放り出されて少しすると目が光に慣れてきて、視界に光以外のものが写り始める。
完全に視界が戻った時に目の前に広がっていたのは何もない荒野だった。周りには俺と同じように連れてこられたヴォルグ人ばかりだった。
すると、監視塔の上から拡声器で兵士が仕事の説明を行う。
『これから貴様らは、この荒野の先にある国境沿いのフェンスまで行って帰ってきてもらう。まぁ、普段の運動の時間がウォーキングに変わっただけだ』
何もないわけがない。ここから国境沿いのフェンスまでは10キロ以上の距離がある。それを日々の酷使でボロボロの身体に水分無しで往復しろというのか。
『ただし、このウォーキングには制限時間を設ける。遅くても明日の朝には帰ってこい。帰ってこれなければ、楽しい狩りが開始されるから覚悟しろよ~。それじゃあ……開始だ!』
周りの人たちがのろのろと歩き始める。足取りは全員悪く、その場で倒れる者もいる。
周りに押されるように自分も歩き始めると、ある音が荒野に響いた。
ドゴォォォォォン!!
今の音は……まさか。
爆発音とともに空から降ってきたのは、人間に付いていたであろう腕や足、臓物であった。
至る所から爆発音が聞こえてきてくる。そして悲鳴や叫び声も。
『言い忘れてたが、お前らが通るのは地雷原だ。しかも、対バヨネット用のどえらい奴だからな~。頑張って生き残れよ~、ギャハハハハ!!』
兵士が告げた言葉に周りは完全にパニック状態となった。暴れまわる者、その場で立ち竦み嘔吐する者、半狂乱で地雷原に突っ込み吹っ飛ぶ者。絵に描いたような地獄がそこには広がっていた。
監視塔の兵士たちはその様子を見て笑っている。その手には酒瓶が握りしめられていて、酒の肴にでもしているのだろう。
俺は押されて以降動けていない。
初めて恐怖という感情が自分の頭の中を支配している。
どこにあるかわからない地雷を踏みぬくかもしれないという恐怖。誰かの巻き添えを食らい自分も吹き飛ぶかもしれない恐怖。何もしないで立ち竦み、兵士に殺されるこもしれない恐怖。
いくつもの恐怖が頭の中をカサカサと歩き回る。背中には死という恐怖が重くのしかかる。
怖い、死にたくない、怖い、死にたくない、怖い、死にたくない、怖い、死にたくない、怖い、死にたくない、怖い、死にたくない、怖い、死にたくない、怖い、死にたくない、怖い、死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない怖い死にたくない……………………楽しい―—。
なんだ、今のは?
楽しい? 今の状況が? 死ぬかもしれないこの状況が?
恐怖に支配されていた俺の頭の中から意識が解放されると、俺はすでに地雷原の上を歩いていた。しかも、収容所から200メートルほど離れているし、周りには俺以外誰もいない。収容所の方からは、まだ爆発音が聞こえる。
進むしかない。行って帰るしか、生き残る方法はないのだから。
俺は振り返ることなく、慎重に進み始める。
だけど、俺自身の感情というものがよくわからなくなってしまった。
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