第7話 上層部の軍会議

 共和国首都シグムントの共和国軍本部。その宮殿内の一室で軍の重鎮たちが円のように座り、今後の戦略について会議が行われていた。

 会議室は将校たちが手や口にする煙草の煙と重々しい雰囲気で充満していた。そんな会議室の中央のテレビモニターにはベネルクス連合王国に展開する各部隊の位置を記した地図が映つし出されていた。

 司会進行を務めているであろう女性士官がクリップボード片手に現在の戦線について説明を始める。


「現在、連合王国への派遣軍の戦況は決して良いものではありません。西部と東部の両方で膠着状態が続いています。特に深刻なのが西部戦線であり、ドルドレヒト要塞の防衛で手一杯のようで攻勢に出られる状況ではないようです。現場の兵士たちの疲労は限界に達しつつある状況です。現状況の打開策を各部隊長は欲しているようです」

「西部戦線がここまで劣勢とは……」


 各将校たちは西部戦線の状況が予想より酷いことに驚いていた。

 それもそのはず、共和国軍を派遣した直後はありとあらゆる場所で連戦連勝。連合王国の首都近郊まで迫られていた帝国軍を、現在の戦線にまで押し込むことに成功していたからだ。

 だが状況は一変した。最近では各戦線で負けが続き、じりじりと後退を迫られている状態なのだ。


「連合王国の連中は大して使い物にはならんな。奴らが発端の戦争だと言うのに」

「所詮はバヨネットを自国生産ができない弱小国家。期待するだけ無駄ですな」


 1人の将校がベネルクス連合王国に対してぼやくと、それに付け足すようにもう1人が連合王国を批評する。

 ただ、アンドリューは現在の戦線の地図を睨みつけるように見ていた。

 その様子を見ていたある将校が話を振る。その声色は嫌味たらしく聞こえてしまう。

 話しかけた彼はアンドリューの同僚でもありライバルでもあるガイウス・カニング少将。参謀本部に所属するアンドリューとは違い、現在は兵器技術開発局へと出向している


「どうした? ダグラス少将。まるで意見があるような顔ではないか」

「いえ、自分は―———」

「少将、何かあるなら発言したまえ」


 参謀本部長でもある陸軍中将からも言われてしまい逃げ場がなくなったアンドリューは、ガイウスを恨みながら席を立ち自身の意見を話し始める。


「では、僭越せんえつながら西部戦線の突破は現状不可能だと進言します」


 アンドリューの一言にその場にいる将校たちはどよめく。隣の者と顔を近づけこそこそと話す者もいるが、その者達の口から聞こえてくるのは全て「西部戦線を見捨てるのか」という声であった。


「少将、その理由は何かね?」

「現状の西部戦線の戦力では、敵部隊の撃滅など夢のまた夢であるのは明確です。なのでこちらをご覧ください」


 アンドリューは元々用意していたのか、スクリーンに自身が考えた作戦の画像を映す。そこには東部戦線から西部戦線へと矢印が伸びていた。東部戦線の部隊をドルドレヒト要塞前に展開する敵部隊の後方に陣取るような計画であった。


「現在の東部戦線は敵部隊の攻勢が全くない状況です。そこで、東部戦線を前進させます。現状の戦力ならば簡単に各都市の占領が可能でしょう」

「西部戦線の方はどうするのかね?」

「進攻した東部方面軍の一部から部隊を選抜し、中央平原を突っ切って要塞前に展開する敵部隊の背後を取ります。残りの部隊も一定の前進を行ったあと西部戦線の援護に向かい、敵部隊を包囲し殲滅。これが私が考案した作戦です」


 アンドリューの説明が終わると、将校たちは隣の者と話し始める。

 会話からは「無謀だ」「戦局を悪化させかねない」などの否定的な言葉が多く聞こえてきた。このまま話が流れると思ったその時、ガイウスが陸軍元帥に進言をする。


「元帥一つよろしいでしょうか?」

「何かね、カニング少将」

「ダグラス少将の考案した作戦、私は行うべきだと進言します」


 何を言うのかと思えば、ガイウスはアンドリューの作戦に賛成すると言ったのだ。これにはアンドリューもこれは予想していなかったのか、目を丸くさせて驚いていた。

 ガイウスは周りからのヤジを無視して話を続ける。


「今の状況が続けば、いずれ西部戦線は突破され派遣軍は崩壊するでしょう。そして、そのあとに待っているのは我が共和国本土での防衛戦です」


 ガイウスの言うことはもっともだ。だからこそアンドリューは、一か八かとなっても現状の西部戦線の打開に懸けたのだ。


「しかし、ダグラス少将の作戦では部隊単位での戦闘能力の高さが必要となります―———そうですよね、少将?」

「……確かに私が提案した作戦では迅速に敵部隊の背後を取らなければなりません。その為には、独立して機敏に行動できる部隊が必須と私は考えます」

「それを、例のに任せると? いささか力不足ではないかと思いますが?」


 ガイウスの言葉にアンドリューは顔をしかめる。その姿を見てガイウスはニヤリと笑みを浮かべる。


「元帥閣下、この作戦に我が技術開発局の試作機の投入を許可を頂きたく思います。機体の完成度は95%ほどですが、閣下のご期待に沿える性能を有しております」

「それは、確実に勝てるのだな? 君の技術開発局には黒い噂が絶えないと聞くが……」

「噂は噂に過ぎません。そして、投入の許可を頂ければ必ず」


 元帥は目を瞑り考える。それはたった数秒であったが、その場の者達にとっては数十分、数時間のように感じ取れた。


「試作機の投入を許可しよう」

「ありがとうございます」


 試作機の投入が許可されたことが余程うれしかったのか、ガイウスからは先ほどまでとは違う歓喜に満ちた笑みが零れていた。

 その後の会議は滞りなく行われ、最後に今後の作戦について元帥から言及があった。


「さて、諸君。今後の派遣軍の作戦行動についてだが、ダグラス少将の案に懸けようと思う。現状を打開するにはそれしか方法はないと私は思うが、他に何か言うことがある者はいるかね?」


 元帥がそう言い、周りを見渡すが誰も口を開くことはなかった。

 沈黙を賛成と受け取った元帥は、そのままアンドリューの作戦の実行に移すことを伝える。


「では、ダグラス少将の案を採用とする。少将、これの作戦名とかは決まっているかい?」

「敵の背後を的確に取り相手を叩くことがこの作戦の要……というのはどうでしょうか?」

「カエルを喰らう虫の名か……その名前でいこう。作戦名はオオキべリアオの顎、作戦開始日は後日また検討することとする」


 アンドリューが提案した作戦名も全員が納得し、会議はそのまま終了した。


―———


 会議が終わり各々が続々と部屋を後にする。

 アンドリューも資料を束ねて持ち部屋から出ると、扉から出てすぐの廊下にガイウスが待っていた。


「どういうつもりだ、ガイウス」


 アンドリューは疑問に思っていた。以前までのガイウスは、アンドリューの提案するものに何かと難癖をつけて案が通らないようにしていたからだ。その真意を探るために本人にその理由を尋ねたのだ。


「なんだ? 今の状況を判断しただけだよ。不満かいアンドリュー?」


 アンドリューは何も口にせず黙ったままガイウスを見つめる。その視線は傍から見れば睨んでいると言われてしまうほどに。


「不満はない。だが、何か企んでいるように感じたからな……」

「他意はないさ。強いて言えば、そろそろ我が技術局の兵器を実戦で運用したいぐらいだよ」


 ガイウスの口元は笑みで歪んでいた。不気味なほどに。

 ただ、その目は輝いて見えた。まるで、新しいおもちゃを貰った子どもがそれで早く遊びたいかのように。

 アンドリューはそんなガイウスに釘を刺す。


「兵器開発もいいが、はほどほどにしておけ。貴様の場所からは良い話を聞かないからな」

「ああ……気を付けるよ」


 話が終わるとお互い別々の方向に歩き始める。別れるときの彼らは礼も言葉も掛け合わない。

 ただ今日は少し違った。

 少し歩いたあと、ガイウスが振り向いてアンドリューに一言掛ける。

 アンドリューは振り向くことなく立ち止まり声を聞く。


「言い忘れたことがあった。良いパイロットがいれば1人こちらに回してくれ、テストパイロットが不足していてね」

「……検討しておく」


 返答に満足したのかガイウスは上機嫌に廊下を歩き去っていく。

 アンドリューも再度歩き始める。先ほどの一言を聞いたあとのアンドリューの表情は会議の時から何も変わっていなかった。その真意を理解していたとしても。

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