第3話 配属

 いたる所が色褪せ、錆びついてる格納庫。

 そこには、整備中のバヨネットが左右にズラリと並んでいた。ほとんどの機体が、先ほど搬入された機体で傷など1つもない新品であった。

 リオルは整備をしている最中の自機の前に立ち、機体を見上げる。

 他の機体とは姿形が違うリオルのバヨネット〈スコヴヌング〉は、共和国軍の標準量産機〈ファルシオン〉をベースに作られたカスタムバヨネットである。並んでいる他のバヨネットは、全て部隊専用に黒く塗装された〈ファルシオン〉であった。

 整備班が改造した機体だが、少々整備に手こずっているようだった。

 隊舎に戻るため格納庫を出ると、隊舎の前には補充隊員を降ろしているトラックが停車していた。

 降りてくる人間は様々で、同い年ぐらいの者から、年の離れた者と多くの人間が自分の荷物を持って隊舎に入っていく。

 その様子を眺めていると、後ろから軍靴ブーツが草を踏み潰しながら静かに近づいてくる音と落ち着いた声が聞こえてくる。


「何してるのリオル?」


 振り向かず、灰色の野戦服のポッケに手を突っ込んだまま声の主に言葉を返す。


「補充兵が到着したようだ。もうバヨネットも用意されてる」

「これだけ早いってことは、近々出撃になりそうね」


 髪をなびかせながら近づいてきたのは、紺色の長い髪を後ろでまとめた、リオルと同じ野戦服を着た青い目の少女だった。

 第1特殊戦技中隊フェンリルの副隊長、ナタリア・ベルセルガ少尉。リオルと同じ収容所出身で、同じ年に共和国軍に入隊。10年以上の付き合いのためか、リオルに対する距離が非常に近い。


「おそらく、旧ナイメーヘン市街区の奪還だろうな」

「あそこは今、中立状態。だから先に制圧しようってとこかしらね」

「やることは変わらない。戦って、殺して、生き残るだけだ」

「リオルは……変わらないね。あの頃から」

「そう簡単に変わらないさ……。隊舎へ行くぞ、名前の確認と隊の編成をしないといけない。手伝ってくれ」

「えぇ、わかったわ」


 2人が隊舎へ歩き出した直後、ナタリアが何かを思い出したような声を出す。


「あっ、そうだ。今日から新しい指揮官が着任するみたいよ」

「猟犬の鎖を持つ飼い主と言ったところか」

「処分されないよう気を付けないとね」

「そうだな」


―———


 隊舎の広間には新たに配属された補充兵22名が集まっていた。

 誰一人並んでおらず、バラバラに立っている者と何人か集まっている者達に分かれているようだ。広間は集まった人々の喋り声でうるさく、小さい声は簡単に搔き消されてしまいそうだ。

 一言も喋らずに彼らの前に立ったリオルは、彼らの前に立つ。


「総員傾注! これより中隊長からの挨拶がある。一言一句聞き漏らすな!」


 ナタリアの声に全員が反応し、話を止め、視線を前へと向ける。


「俺がこの中隊の隊長、リオルアレキサイア大尉だ。諸君、今日からお前たちは人間として扱われなくなる。それが嫌なら、俺に言え。戦場で楽に殺してやる」


 リオルの一言に広間の兵士たちが、ざわざわとどよめき始める。


「死にたくなければ戦え。それがこの場所で唯一許される、人間としてできることだ。以上」


 リオルが話を終え広間を後にしようとすると、後ろから怒号が飛んでくる。

 前にいる者を払い退けながら、荒々しく軍靴ブーツを鳴らし近づいてくる。


「なんだ?」

「なんだじゃねぇぞ! てめぇヴォルグ人だな? なんで俺がヴォルグ人の命令を受けなきゃならねぇんだ!!」


 額の血管が今にも切れそうな勢いで近づいてきたのは、金髪の角刈りで身体の筋肉が凄まじい男だった。見たところ、生粋の共和国人であるようだ。

 先ほどナタリアから見せられた資料によると、名前はブランドン・オスナ。階級は少尉。配属理由は、資金の横領に命令違反、暴力行為、強姦、窃盗と罪のフルハウスのようだ。


「ヴォルグ人のガキが舐めやがって!」

「だったらどうする?」

「殴り殺してやる!!」


 ナタリアの静止が間に合わず、拳が振り下ろされる。

 しかし、彼の右ストレートは空を切った。ブランドンは間髪入れずに左ストレートを繰り出す。

 リオルも応戦しようと構えるがその時、リオルの後ろの出入り口から、大きな声が広間に響く。


「やめなさい!」


 静止の声と共に現れたのは2人の女性士官、シャルロットとコーネリアであった。

 シャルロットがキッと目を鋭くして睨みつけると、流石のブランドンも相手が悪いのか拳を降ろし悪態をつきながら元いた場所へと戻っていく。

 次にリオルを睨んだあと、広場の隊員に向け声をかける。


「私はこの隊の指揮官ハンドラーとなったシャルロット・ライム少佐です。彼女は副官のコーネリア・ダグラス中尉。後日、今後行われる作戦について説明します。今日の所は解散するように。大尉にはあとで話があります」

「ほら、解散しなさい。荷物を自分たちの部屋においてきなさい」


 シャルロットとコーネリアが広間から解散するように促すと、隊員たちは各々の部屋へと向かっていく。

 最終的に残ったのは、リオルとナタリア。そして、シャルロットとコーネリアだけであった。

 

「私になにか? 少佐」


 リオルの感情が一切籠っていない言葉と瞳に、シャルロットは動揺しながらも言葉を返す。


「先ほどの挨拶はなんですか? あんなことを言ったら、隊員たちは不安になります」

「不安になる、ですか……。私は事実を述べただけです」

「なっ……」

「この隊に来た以上、使い潰されるのが関の山ですよ。それを先に教えたに過ぎません。話がそれだけなら失礼します」


 リオルの発言に驚いてるシャルロットを尻目に、2人は広間を出ていく。

 廊下を歩く途中で、ナタリアが小声で声をかけてくる。


「まさか女性の士官とはね。どう思うリオル?」

「まだわからん。栗色の女は別として隣の水色髪の奴は相当できるな。視線や体の動きからわかる」

「少佐さんはそんなに期待できない?」

「さぁな。だがそれも、戦場に出ればわかることだ……」


―———


 隊舎にある広い部屋で今後行われる作戦についてのブリーフィングが行われていた。部屋のカーテンは閉められ暗くしており、正面のスクリーンにはプロジェクターから出力された画像が映し出されている。

 部屋には隊員全員が集まっており、シャルロットの説明を黙って聞いている。

 スクリーンの画像が切り替わると、旧ナイメーヘン市街の上空写真が映された。


「つい先日、旧ナイメーヘン市街に帝国軍の部隊が進軍していることが確認されました。作戦は、市街を進軍中の帝国軍部隊を殲滅し、市街の完全な制圧が今回の目標です」


 続けてスクリーンの画像が切り替わると、地図に敵部隊の配置などが書かれた画像と敵戦力の情報が映されていた。


「敵の戦力は、バヨネットを主力とした部隊であることは確かです。数は15、こちらの方が多いですが、その他の地上戦力が多く確認されています」


 敵戦力についての説明がされてる中、1人の少年が手を挙げる。

 燃えるような赤い髪の少年ヒューゴ・コンラートがシャルロットに対して質問をするため手を挙げたのだ。

 どうぞと言われ、ヒューゴは髪と同じ色の瞳を震わせながら立つと自身の疑問を口に出す。


「この作戦、他の味方部隊はいるんですか?」

「いいえ、私たちが市街を制圧したあとに合流する手筈になっているわ」

「そんなのおかしいじゃないか!」


 シャルロットの返答を聞いたヒューゴが声を荒げる。


「何で市街の制圧を1個中隊にやらせるんだ! 歩兵もバヨネットの数だって足りていないのに!!」

「そ、それは……」


 周囲の隊員もヒューゴに意見に頷き、隣の隊員と話し始める。ヒソヒソとした会話からは、無茶だ無謀だという言葉が聞こえてくる。

 そんな状況を収拾できずに慌てているシャルロット。そんな姿を見て自分が求める返答が返ってこないのを感じたのか、ヒューゴは声を荒げながらリオルに同意を求める言葉を発する。


「中隊長! あんたもそう思うだろ! こんな作戦できっこないって!!」

「少佐、バヨネット以外の敵戦力の詳細は?」


 リオルはヒューゴの言葉を無視して、シャルロットへ敵部隊の確認を行う。

 ただ一言、その一言に先ほどまでの喧騒が嘘みたいに静かになる。ヒューゴもただ立ち尽くすことしかできなかった。

 リオルの発言に全員が驚く中、コーネリアが質問に答える。


「敵地上戦力は戦車が30に装甲車15。航空兵器はなし。市街後方には支援用の野砲があると予想されているわ」

「確証はないと?」

「帝国軍のセオリーを考えるといることは確実、だけどこっちに情報を渡したくないのか多くは伝えてくれなかったのよ」

「敵バヨネットの装備などはわかりますか?」


 リオルとコーネリアの会話にナタリアも入り3人だけの空間が形成される。

 蚊帳の外にされた者たちは、その様子を眺めるだけだった。


「バヨネットの装備まではわからないわね……。ただ、この航空写真から、現在の帝国軍主力標準機グラディウスであることが確認できるわ」

「東部戦線にまで配備してきたか」


 東部戦線は西部と比べて戦闘が激しくなく、帝国軍も旧型のバヨネットを投入していた。しかし、ここにきて主力機が投入されたということは、帝国も本腰を入れてくることを意味していた。


「それで、作戦は?」

「市街侵入後、2小隊1組で3方向に散開。中央に位置する敵部隊を判包囲状態にし殲滅する。これが司令部から出された作戦ね」

「敵が中央にいる前提の作戦ですか……。いなかった場合各個撃破されて終わりですね」


 司令部からの作戦は博打が過ぎると考えるが、この部隊にとっては絶対である。しかし、シャルロットとコーネリアは従わないつもりのようだった。


「今回、司令部の作戦は使わないわ。折角この中隊の単独作戦なんだから、それを有効活用しないとね。それで、今回はこいつを使うわ」


 切り替わったスクリーンに映し出されたのは、バヨネット装備であった。


「これは……?」

「ECM発生装置よ。機体の肩部オプションに装備させて、相手のレーダーなどを無効化することができるわ。今回の作戦では、これと夜間の奇襲で一気に蹴りを着ける。何か質問は?」

「我々にもECMの効果は発揮されるのですか?」

「いいえ。相手側にのみジャミングがかかるように設定してあるわ」

「奇襲と言っても、どうするんです?」

「ECMの展開が確認されたのと同時にミサイルでの面制圧。その後市街に突入し、部隊毎に各個撃破ってところね。その際、司令部の指示通り2個小隊1組で行動するように、何があるかわからないから。他には?」


 リオルとナタリアしか質問していないが、他にする者もいないのか静かな間が空き、質問を打ち切る。

 話が終わったコーネリアがシャルロットにブリーフィングの終了を促す視線を送る。

 その視線にハッと気づいたシャルロットは、部隊員に終了を告げる。


「この作戦は、今後の反攻作戦に欠かせないものです。作戦開始は明後日、日付が変わったと同時に仕掛けます。皆さんの健闘を祈ります」


 シャルロットが締めくくると、皆が席を立ち部屋から出ていく。ヒューゴも不満そうにしながらも出ていく。

 リオルとナタリアは少々話したあと、リオルと共に部屋を後にする。

 残ったシャルロットとコーネリアの2人は、いつも通りの口調に戻る。


「ごめん、コーネリア。あなたに任せてしまって」

「気にしないの。初めて隊を指揮するんだから、できなくてもフォローするわよ」

「昔から、私よりコーネリアの方が指揮官に向いているわよ……」

「ふふっ……」


 弱気な発言をするシャルロットを鼻で笑うコーネリア。その姿に、不満気に頬を膨らませるとコーネリアが優しい顔をして語り掛ける。


「シャルにはシャルにしかできないことがあるわよ。だからそんなに気落ちしないの」

「うん。がんばるよ……」

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