第4話 夜間奇襲作戦

 作戦開始の日付となった朝の格納庫は、整備兵とパイロットでごった返していた。整備兵たちの声と機械音で騒がしい格納庫で、着々と出撃の準備が進められる。

 武装の取り付け、燃料の補充、電子機器のチェックとそれに伴うコクピットの調整が行われる。

 自機の調整が終わったリオルは機体から降りて、先に終わっていたナタリアのもとへと向かう。格納庫の壁に寄りかかるナタリアがリオルを見つけるとにこっと笑みを浮かべる。


「調整は終わった?」

「一通りな。そっちはどうだ」

「問題ないよ。ただ、あのECM装置がどこまで役に立つか未知数ね」


 ナタリアの言葉通り、ECM装置がどれほど通用するかはわからない。最悪効果がなく一方的にやられる可能性だってある。そんな得体の知れないモノを使わなければならないことが、とても歯がゆい思いだった。

 ナタリアの隣に寄りかかり、今日行われる作戦について話す。


「今回の作戦、俺達はバヨネットの撃破を優先するぞ」

「要するに、いつも通りってことでしょ? わかってるわ援護は任せて」

「任せた。何か、嫌な予感がするからな」


 リオルの言葉に反応し、笑顔から真剣な顔へとナタリアの表情が変わる。


「リオルの嫌な予感はよく当たるからね、警戒しとくよ」

「ああ、頼む。この戦場は荒れるぞ」


 解放された格納庫の扉の奥に広がる空を見ると、雲一つない青い空が広がっていた。


―———


 太陽が沈み、あたり一帯が闇へと染まる。月明りがわずかに空を、大地を照らす。

 旧ナイメーヘン市街のあちこちには兵士たちが火を起こしているのか、炎の光と煙が立ち上っていた。


『作戦開始時刻まで、残り140秒』

「全機、最終チェックを済ませろ」


 バヨネットのパイロットたちは各々機体の機器を触りチェックを済ませる。

 確認を済ませた者たちが、機体に取り付けられたミサイルの発射準備を開始する。攻撃目標を選択し、ハッチが解放される。


『残り30秒。29……28……27……』

「テリアとボクサー小隊はミサイル発射後に突入。それ以外はECMを展開しつつ市街に突入する。その後E03ポイントで合流———」

『フェンリル1! 異常事態発生!』


 リオルが最後の作戦説明を行っている最中、ヒューゴの慌てた声がヘッドセットから聞こえてくる。


『シェパード小隊が独断で突入を開始しやがった!!』

「シェパード小隊……ブランドン少尉か……。シェパード1、勝手な行動は許さん。こちらの指示に従え」


 シェパード1であるブランドン少尉に指示に従うよう通信を送るが返答はない。

 1小隊の独断専行。本来なら、すぐに処理されるところだがその様子はない。


「予定変更だ。テリア、ボクサー小隊攻撃開始、残りは突入開始、行くぞ」


 号令と共に〈ファルシオン〉から発射されたミサイルは、市街に展開している敵バヨネットへ一直線に向かっていく。着弾した場所から、ドンッという爆発音が静寂だった市街に響く。

 ミサイルの着弾と同時に隠れていたバヨネットが一斉に市街に突入する。

 市街に突入したリオルとナタリアは、マップに表示された敵バヨネットのもとへと急いで移動する。道中に存在する戦車や装甲車を簡単に破壊すると、市街中央の広場で起動前のバヨネット8機を発見する。

 周りには、起動させようと乗り込む兵士がいるが、それを見逃さず機体本体に右腕のマシンガンを叩き込む。他の機体にも同様にマシンガンを撃ち込む。すると機体は爆発しただの鉄屑へと変わる。


「フェンリル2、ECMは?」

『正常に作動してるわ。相手の動きも遅い、効いてるみたいね』


 ピピッという音共にディスプレイのマップに多くの敵バヨネット反応が表示される。方向は市街北西。ここからは反対の位置に表示された。反応は動いていないため、格納庫に収納されている機体であろう。

 だが、この反応にリオルは疑問を持っていた。確認のため、指揮官ハンドラーに通信を行う。


「ハンドラーへ、こちらフェンリル1。北西部に多数のバヨネット反応を検知、事前の情報と違う、確認を願う」

『こちらハンドラー。おそらく相手は、こちらに悟られることなく増援を市街に入れていたのでしょう。反応のあったバヨネットも残らず破壊してください』

「フェンリル1、了解。……聞いたなフェンリル2、俺達で片を付けるぞ」

『フェンリル2了解。楽しくなりそうね』


 ナタリアの声は口角が上がっているのか、普段の落ち着いた感じではなくどこか楽しそうであった。

 ディスプレイに表示された敵の数はおよそ10。2機のバヨネットでは圧倒的に不利であり、考えなくなくても負けることが決まっているようなものであった。

 たった2機で戦闘をしに行くのを聞いてシャルロットは正気を疑い、彼の行動を止めようと声を荒げる。


『たった2機でやるんですか!? リスクが高すぎます!』

『少佐、今やらないと部隊のみんなが危険なんですよ』

『そんなことはわかっています! それなら他の小隊と一緒に―———』

「それでは起動されます。今この状況で自由に動けるのは俺達です」


 リオルの言葉は尤もだ。実際、自由に動けるのはリオルとナタリア2人だけである。他の隊員たちは正面の敵バヨネットや戦車を相手するのに精一杯なのだ。


「フェンリル1より各位。これよりフェンリル小隊は北西部で新たに発見された敵部隊を排除しに向かう。その間の指揮はハンドラーが一任する、指揮に従え」

『『『『了解』』』』


 隊員の返答を確認し終わると、機体を北西部に向け移動させる。

 マップに表示された、敵の反応が起動したのか動き出す。その反応を見て、リオルの表情からは笑みが零れる。



 市街北西部に到着すると、格納庫らしき大きな建築物からバヨネットが数機出てきている。

 現在の状況に混乱しているのか、あまり動きがない。周囲を見回し警戒している様子だった。

 その姿を見てナタリアがボソッと、巣から出てきた蟻みたいと言葉をこぼす。


「そうだな。出てきた虫どもを駆除するのが俺達猟犬の仕事だ」


 その言葉に対して同意しつつ、次の行動を指示する。


「俺が正面から切り込む。怯んだところ始末しろ」

『フェンリル2了解』

「カウント、3、2、1……行くぞ」


 リオルの〈スコヴヌング〉は合図と同時に、建物の陰から格納庫の正面入り口に真正面から突っ込む。

 ECMの影響でレーダーが使えない敵バヨネットたちは、どこからともなく突然現れた〈スコヴヌング〉にたじろぐ。

 その一瞬の隙をナタリアは見逃さず、右腕のライフルで敵バヨネットの胸部を撃ち抜く。長年の経験から、装甲の薄い箇所を熟知しており何発も撃つことなく、1発で仕留めてみせた。

 敵バヨネット〈グラディウス〉は膝から崩れ落ち、貫通した胸部装甲が露になる。 


『次はだれかしら?』


 ナタリアが次々にライフルで撃ち抜く中、リオルは全速力で立ち尽くす〈グラディウス〉に機体をぶつける。ぶつかった機体ごと格納庫内へと突っ込んだリオルは、順番に起動前の機体を破壊する。

 足元には慌てふためく整備兵や歩兵が拳銃や小銃で抵抗する。だがそれは、子どもが大人に対して小石を投げるのと同義であった。

 対人機銃と足を使い、足元の歩兵を蹂躙する。踏み潰した場所には、赤い絨毯が広がっていく。

 一通り破壊し終え、格納庫の外に出ると胸部を撃ち抜かれ倒れている残骸が多数転がっていた。ナタリアの〈ファルシオン〉が、仰向けに倒れている〈グラディウス〉に近接用長刀を突き刺すところを丁度も目撃する。


「こっちは終わったぞ。そっちはどうだ」

『こっちも今ので終わり。予想より大したことなかったわね』

「油断するな、何が起こるかわからん」


《敵性反応 0  全目標の排除を確認》


 機械音声が、展開中の敵部隊が全滅したことを報告する。

 いつの間にか、市街からは銃声や爆発音が聞こえてこなくなっていた。


「ハンドラーへこちらフェンリル1、北西の敵バヨネット全機を破壊。被害ゼロ」

『こちらも丁度終わりました。部隊の損害は軽微です。しかし……』


 シャルロットが言い淀む理由は、ブランドン少尉のことであった。

 ハンドラーであるシャルロットの命令をも無視したようである。

 リオルはブランドン機の反応をマーキングし、武装の装填リロードを済ませる。


「フェンリル2、今日最後の仕事に向かうぞ」

『了解。お灸を据えてやりましょう』

「ハンドラー、あとはこちらで対処します。他の小隊の撤退準備をお願いします」


 他の小隊のことを任せ、2人は市街で孤立しているシェパード小隊のもとへと移動を開始する。機体に設定されているIFFを切って。



 他の小隊とは逆方向。市街の北東側に展開していたシェパード小隊はブランドンの指揮のもと戦闘を行っていた。

 他の隊同様、敵部隊を撃破し終え隊員全員が一息ついていた。

 広い道路に残骸を集め、その残骸を漁る姿は死骸に群がるハエのようであった。


「俺が倒したバヨネットが3機。これを考えると他の連中のとこにはバヨネットは少ねぇみたいだな」


 ブランドンは自身が倒したバヨネットの残骸の一部をはぎ取り、勲章のように機体に取り付けた。

 他の残骸を漁っていると、機体から降りて漁っていた仲間の小隊員が通信を掛けてくる。


『ブランドン、こっちに上物の酒が置いてあるぞ! 帝国の連中が持ち込んだようだぜ』

「へへッ、それじゃあ今日は盛大に飲み明かすか。そういえば、あの副隊長良い体してたな。今日はあいつを食らってやって、俺抜きでは生きられねぇようにしてやるぜ」

『あら、それは光栄ね』


 このあとの楽しみのことを考えていたブランドンに、突如ナタリアの声が通信機から聞こえてくる。

 急なことで驚きはしたが落ち着いて周囲を見回すと、道路の出入り口に2機のバヨネットが佇んでいた。

 1機は自身が駆る同じ〈ファルシオン〉、そしてもう1機は中隊長であるリオルの専用機〈スコヴヌング〉であった。


『シェパード小隊に告ぐ、直ちにバヨネットから降りろ。すでに降りている者は両手を上にあげて投降せよ』


 リオルの無機質な声から発せられる要求に、一瞬驚きはしたがすぐに笑い返す。


「なんで味方部隊に投降しなきゃならねぇんだ? それによぉ、こちとら敵主力のバヨネットを3機も撃破したエース様だぜ。ちょっとは物を考えて言葉を話せよヴォルグ人」

『もう一度言う、直ちにバヨネットから降りろ、さもなくば―———』

「さもなくば何だぁ? 俺たちを殺すってか? 友軍を殺すなんて軍法会議もんだなぁ。でもてめぇはヴォルグ人だ。殺したって俺のせいにはならねぇな!!」


 操縦桿を前に動かし、リオルの機体に向け全速力で突進する。

 リオルの機体は一切動く気配がない。不気味なほどに。

 距離が近くなり、右腕に装備している近接用長刀を振り上げ〈スコヴヌング〉目掛けて振り下ろす。


『部隊規定3条の違反を確認。対処を実行する』


 リオルの声が聞こえたときには、振り上げていた右腕は杭打機パイルバンカーによって吹き飛ばされていた。道路横の建物に吹き飛ばされた右腕が落ち、2階建てが1階建てになった。

 右腕が無くなったことを認識したとき、すでに杭打機パイルバンカーが次の射出準備を終わらせていた。

 咄嗟に左腕の盾を前に構えるが、射出された杭が盾を貫通し胸部へと突き刺さる。杭はコクピットまで届き、ブランドンの身体を貫く直前で止まる。

 機体の電源が落ち、コクピット内はとても暗くなる。刺さっていた杭を引き抜くとそこには綺麗に穴が開いていて、道路から炎の光がコクピット内を照らす。


「なんだよ……これ……」


 圧倒的な力の差。機体性能差などと言い訳が出来ないほど、完膚なきまでに叩き潰された。

 だがブランドンにとって、ヴォルグ人に負けたというのがとても屈辱的であったことには間違いないだろう。



 ブランドン機を無力化したリオルは、熱源探知を使い周囲に逃げた隊員がいないか探し始める。モニターは残骸などの炎によって熱源が見づらい状況であったが、建物の中にいる人影を見つける。

 右腕のマシンガンを手から離し、人影がある建物へ腕を突っ込む。

 建物から腕を引き抜くと、裸の男が〈スコヴヌング〉の手に掴まれていた。

 腕を突っ込んだ階層には、捕虜らしき帝国軍兵士がベットに横たわっていた。だが生体反応が確認できないため、おそらく死んでいるのだろう。

 リオルはマイク機能をオンにし、掴んでいる者に声をかける。


「貴様は部隊規定5条を違反した。よって処分を直ちに実行する」

『しょ、処分ってなんだよ!』


 収音機能によって男の発した声が、リオルのヘッドセット越しに聞こえてくる。

 返答をする前に、掴んでいる手を締め始める。

 ミシミシという音と共に男ははじけ飛び、首だけが地面へと落下する。

 飛び散った血しぶきが、機体頭部などにへばりつく。


「こういうことだ」


 血だらけと手からぐちゃぐちゃになった男の死体を棄てる。それは人としての原型を保っていなかった。

 ナタリアの方へと視線を送ると、すでに他の隊員はナタリアが無力化していたようだ。その内1機は、ナタリアの長刀で串刺しにされていた。


『他の隊より2人多かったけど、これで丁度いい人数になったわね』

「俺達の小隊は2人だけだがな。こいつらを連れて帰還するぞ」

『あとのことは少佐に任せましょう』


 無力化した隊員たちを連れて作戦領域から離脱する2人。

 黒い機体が赤い血によって汚れているその姿は、ブランドンにはまるで悪魔のように見えていた。

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