後編
結婚してから、華子の本性が見えて来た。
家事は出来ないから俺任せ。何でも今まではお手伝いさんがやってくれていたらしい。残念ながら俺にはお手伝いを雇うほどの収入はまだない。だから俺はどんなに疲れていようが家事をしてから寝るし、朝だって早く起きなければならない。
俺が不満を漏らそうものならすぐに「パパに言いつけてやる」と言い出す。
実家依存で毎日のように実家に戻ってはそこで暇を潰しているらしい。
そんなに暇ならパートにでも出たらいいじゃないかと助言すれば、「私を働かせるだなんて離婚よ、この甲斐性無し!」と罵られる。
夜の営みもあれだ、あれは世にいう『マグロ』だ。俺は魚の方のマグロが好きだからマグロに申し訳ないとは思うが、華子の態度は一般的な俗語で言う『マグロ』だ。
それでも俺は子作りをしなければならない。専務は顔を合わせる度に「孫はまだか?」とせっついて来る。
俺の薔薇色の人生に陰りが見えて来そうな結婚生活だ。
外に女を作る事も考えたが、専務にバレた時が怖い。俺は速攻で会社をクビになるだろう。その上離婚が待ち受けて慰謝料までがっぽり取られるはずだ。
だから俺は耐えた……。耐えに耐えた……。
そんなある日、俺が残業から帰宅すると、居間でシルクのガウンを羽織った華子が愛おし気に自分の手をうっとりと見ていた。
「華子? 何をそんなに見ているんだ? 結婚指輪か?」
俺は素直な疑問を口にする。
「違うわよ。あたなからもらった安物のリングじゃないわ。これを見て! 二十カラットのダイヤがあしらわれた最高級のリングよ」
「……え?」
耳を疑った。最高級のリングだと? いくらするんだそんなもの。
「……い、いくらしたんだ? 会計はどうしたんだ?」
「たったの二千万よ。あなたのカードじゃそこまでの決済は無理だったから、ローンにしたわ」
「俺が? 俺が払うの?」
「やぁねぇ。他に誰が払うのよ」
「ふ、ふざけるな!」
俺は持っていたカバンを華子に投げつけた。
「何するのよ!?」
俺は華子に詰め寄った。
「二千万もの大金……! 俺がどんな思いで稼いで来ているか分かっているのか!?」
そんな俺を、華子は鼻で笑う。
「やぁねぇ。二千万くらいでそんなに怒っちゃって。ケチケチしないでよ。まぁ、あんな安物のリングを結婚指輪にしたあなたにはこのリングの価値は分からないでしょうけど」
俺は華子の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「ふざけるな! あれだって三百万したんだぞ! 俺を……バカにするなぁ!」
そのまま華子を投げ飛ばした。
「キャー! 痛い! 何するのよ! DVなんて最低! パパに言いつけるわ! もう離婚よ!」
……離婚、DV、二千万円のローン……俺の頭の中をぐるぐると駆け巡る。
俺は咄嗟にキッチンに行くと、包丁を手に取った。
「何でもかんでもお前の思い通りにさせるかぁぁぁ!」
気が付くと、俺は華子をメッタ刺しにしていた。血がどくどくと流れていく。まるでそれは真紅の薔薇をぶちまけたかのように、美しく、妖しく広がっていく。
「ああ……俺の家が薔薇色に染まっていく……」
動かなくなった華子は、それでいて華やかさを失わない美しさだ。
「黙って俺について来るお人形だったらな、お前も死ななくて良かったのにな……」
そっと華子を抱きしめる。華子の手がだらんと下がる。
「……専務に、報告したら俺は会社をクビ……か? その前に、刑務所にぶちこまれるか……」
俺はどこで選択を間違えたのだろうか。途中までは薔薇色の人生だったはずだ。
この先の人生はきっとハードモードになるだろう。俺の前途洋洋な将来はもう無いのだ。
俺はそっとベランダに出て下を見る。ここはマンションの三十階だ。
「華子……少しはお前の事愛していた時期もあったんだけどな」
そして俺はベランダの柵を乗り越えて下に落ちた。
そしてそこにも、薔薇色の染みが出来上がるのだ……。
────了
薔薇色の選択 無雲律人 @moonlit_fables
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