第9話




 滝川さんが帰ったあと、碧斗さんに文句を言った。


「私のこと騙したのね」


「あまのじゃくな君を素直にさせてあげただけだ」

「なっ!」


「俺のことが好きだったろう? なのにいつも断られた」

「だって、釣り合いがとれないから……」


「俺は初めて見たときからずっと君だけを見ていたのに」


「入社式のときから?」


 四年も前からずっと? そんなまさか。


「もっとまえだよ」


 私は思い出せなくて目をさまよわせた。


「小学校二年生のときだよ。俺は、社会勉強のためにと一年だけ公立に通わされた。そのときに君に出会った」


「覚えてない……」


「君はあのときから可愛かった」

 碧斗さんはうっとりと目を細める。


「転校初日の給食の時間。みんなは給食のプリンに浮き立ち、俺もまた楽しみにしていた」


 確かに給食のデザートってなんか特別感があるけど、なぜ今プリンの話を?


「だが、俺はプリンの蓋を開けた直後、床に落としてしまった。あのときの絶望といったらなかった」

 彼は目をぎゅっと閉じて天を仰いだ。


 私はなんどもまばたきをして彼を見た。いくらなんでも、そんな絶望する?


「そのときだった。君は迷いなく俺にプリンを譲ってくれた。感動した。君は天使に違いないと思った」

 そのときの感動を思い出したのか、彼は胸に手を当てる。


「なんか思い出してきた。でも、プリン程度で大げさな」


「俺には確かに見えたんだ。輝く君の背に天使の翼が」

 彼は感動の余韻に浸るように目を閉じている。


「それからずっと、俺は君が好きだ」


「ええ……、プリンで……?」

 私はドン引きした。


「給食で出る貴重なプリンなんだぞ! それを君は惜しげもなくくれたんだ! 好きにならないわけないだろ!」


 百歩譲って好きになったとして、そんなに引きずるって、ある!?


「もとの学校にもどってからも君のことを忘れられなかった。自由に金を使えるようになってからは興信所を使って君の動向を常に把握するようにした」


 なにそれ! もはや愛よりお金の力、すごい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る