第8話



***


 一年後。


 私は、人間国宝の滝川さんを迎えるために、彼の家で準備をしていた。


 結局、私は観念して副社長……碧斗さんと結婚した。


 彼は壺を割ったことを滝川さんには伝えなかったと言った。


「聞かれたときに、俺が割ったと話すから大丈夫」

 彼はそう言ってくれて、私は罪悪感にさいなまされた。


 だけど、これもまた彼の愛なのだ、といつしかそれを受け入れた。


 何より今は、とお腹に手を当てる。


 愛の結晶が宿っているし、彼も誕生を楽しみに待ってくれている。


 滝川さんが到着した。

 私は広い屋敷の中、滝川さんを案内する。


 碧斗さんが待つ座敷に着いた私は、顔をひきつらせた。


 床の間に、あのときの壺が修理して飾られている。繋ぎ目に塗られた金がきらきらと輝いた。


 私の顔から血の気が引いた。


「おお、これは!」

 滝川さんが声を上げ、すぐさま床の間に向かう。


「申し訳ございません!」

 私は深々と頭を下げた。


 が、滝川さんは思いがけないことを口にした。


「これは、ぼっちゃんが焼いた壺ですな?」


 今、なんて言った?


 私は目を丸くして滝川さんを見た。


「俺の不注意で割ってしまったんです。金継ぎでつないでみました」

 彼はそう答える。


「せっかく焼いたのに残念でしたな」

「しかし、彼女との縁を結んでくれたのですよ」

 彼はにこやかに答える。


「意気込んで作っているからなにか企んでいるだろうとは思ったが、彼女の気を引きたかったのか」

 がはは、と滝川さんは笑った。


 もしかして……。


 碧斗さんを見ると、彼はニコッと笑った。


「気が付いた? だけどもう遅い」


 愕然とした。


 彼は滝川さんのところで自作した壺を送ってもらい、偽装したんだ。私に割らせる予定で。


 値段がつかないって、当然だよね。素人の作品に値段をつける人なんていないもの。


 恨みがましく彼を見る。


 彼は笑顔のまま、私を見返した。

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