第7話


「君はいつもかわいいな」

「ありがとうございます、お世辞でも嬉しいです」


 からかわれているのだと思い、いつも軽く返した。


「会食で婚約者だって紹介しちゃおうかな」

「副社長の趣味が悪いと思われますよ」


「そんなことはないと思うけどなあ」

 そう言って、彼はにこやかに苦笑する。


 いつも、この笑顔が冗談の終了サインだ。


 でも、最近は口説き方が重い。


「俺と結婚したら、絶対に幸せにするよ」

「そんなこと言われる女性はきっと幸せですねえ」

 私ははぐらかして逃げた。


***


 はぐらかしたり冗談にするのも限界があった。


 いつ逃げられなくなるだろうかと思っていた。


 今日は誕生日のせいか、一段と迫ってくる。


「君と結婚したら子供は最低でも二人ほしいなあ」

「私に似たら悲惨なので、その案は却下ですねえ」

 私はじりっと扉に近づいた。


 このまま外に逃げられないかな。壺がちょっと邪魔だけど。


「俺は本気なのに、君は冗談にしてしまう。いつになったら本気にしてくれるのかな」

 また一歩、彼は私に近付く。


「副社長と私とでは釣り合いがとれません!」

「そんなものはどうとでもなる」

 彼は私の頬に手を伸ばす。


「やめてください!」

 私は思わずその手を振り払った。


 勢い余った私の手は、飾られた壺に当たった。


 直後、壺が落ちて、割れた。


 がちゃん、という音が残響のように耳に残る。


「嘘……」

 私は愕然と破片となったそれを見た。

 どうしよう、と顔を上げると、難しい顔をした彼がいた。


「これは人間国宝から送られてきた……」

 彼のつぶやきは途中で消えた。


 私の顔からは血の気がひいていた。


「世界に一つしかない壺だ」


 そんなの、国宝級じゃないの?


「おいくらくらいするものなんでしょう……」

「値段なんてつけられないだろ」


 ですよねー!


「謝罪に行きます」

 住所も連絡先も知っている。お中元やお歳暮の手配は私の仕事だったから。


「謝るだけで許してもらえるかな」

 彼の声が、耳に重く響く。

 私はへなへなと崩れ落ちた。


「こうなったら」

 彼は私の前に膝を突いた。

「俺と結婚するしかないな」


「どうして!?」

 急な飛躍に、私は目を丸くして彼を見た。


 相変わらずのイケメンがそこにあった。


「俺の妻なら、彼も許してくれるだろうから」

「そんな理由で結婚なんて」


「君に賠償できるのか?」

「それは……」


 値段がつかないほどの高価なもの、一生掛かっても払えるかどうか。


「それ以前に、所有権は滝川さんじゃなくて俺だ。許しも賠償も、俺に対してじゃないのか?」

「申し訳ございません!」


 私が手をついて頭を下げると、彼は私の肩に手をやって頭を上げさせた。


「俺と結婚するなら許してやる」


 それ、なんてご褒美。

 いや、そうじゃなくて。


 私はただ呆然と彼を見た。

 彼はニコッと笑った。

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