朝帰り
秋犬
やっちまった
徹夜明けでマンションの部屋に帰ったら、知らない女が素っ裸で寝ていた。
「……間違えました」
一度扉を閉めて、部屋の番号を確認する。俺の部屋だ。もう一度扉を開ける。やっぱり全裸の女が横向きで寝ている。なんだ、これは夢なのか? 俺の深層心理の欲求不満のはけ口なのか?
「……あの、いいですか。ちょっと、ちょっと」
まずは女を起こすのが先決だと思った。声をかけた後、どこを触ればセクハラにならないのか俺は必死に考える。まずおっぱいは触っちゃダメだし、胸の辺りを触ってもいけないし、お腹のあたりとかふとももとかもアウトだろうな。ほっぺを触って起こすというのも、アレだしなあ。背中? いやいやいやいや。
俺がどう女に触ろうか考えていると、女が寝返りを打つ。やめろ、仰向けになるな。全部丸見えだ。なんてこった。
「ん? なに、たーくん」
誰だ、たーくんって。俺は
「たーくん、大好き」
だから誰なんだ、たーくん。ああもう、どうしたらいいのかわかんねえ。俺はもう一度扉を閉めた。なんで俺んちなのに家に入れないんだ? とりあえず警察に電話だ電話。
「はい110番、事件ですか、事故ですか?」
「事件です、うちの玄関で知らない女が寝てるんです」
「どんな状態ですか?」
「えーと……よく寝ています」
「とりあえず起こしてみてください」
えー……俺としては見知らぬ全裸の女に触りたくないんだよなあ……。だから警察に電話しているんだけど。
「声をかけたけど起きません。どなたか来てくださいませんか?」
「わかりました、住所をお願いします」
俺は警察に住所を告げた。ものの10分くらいでパトカーが到着して、中から男性警官と女性警官がやってきた。
「通報された方ですか?」
「はい、あの……玄関で寝てるんです。俺だとその、触れなくて……」
「念のため、この家の住人である証拠ってありますか?」
「免許証でよければ」
なんで俺の家に入るだけなのに、警察に免許証見せなくちゃならないんだろうな。あまりにも理不尽だ。
「現住所は……はい、間違いないですね。扉開けてもらっていいですか?」
「すみません、よろしくお願いします」
俺は警官に中に入るよう頼んで、玄関の扉を開けた。警官も俺の部屋の玄関の異様さにぎょっとして、特に女性警官の方は変な顔をして俺を見る。俺も知らないんだ、そんな目で見ないでくれ。
「もしもし、すみません。あの、起きて頂けますか?」
何とか女性警官が女に声をかける。揺さぶらないと起きないのかもしれない。結局、女性警官が上着を脱いで女に被せ、その上でたたき起こすことにしたようだ。
「お休み中のところすみません! ご協力願えますか!!」
女性警官に揺さぶられて、女は「へ?」という間抜けな声とともに目を覚ました。さっきから思ってたけど、こいつめっちゃ酒臭え。
「あの、ご自分の名前言えますか?」
「へ、あ、い、いやああああ!」
女は自分が裸で寝ていたことに驚いて、今更悲鳴を上げる。叫びたいのはこっちだわ。女性警官が事情を説明して、しどろもどろの女からなんとか向こうの事情を聞き出せた。
どうやら、夕べ泥酔した女は終電後に連れの男の部屋に連れてこられて、そこで一晩よろしくやったらしい。そして家にいる感覚でそのままベッドから降りて、玄関で力尽きてそのまま寝ていたらしい。女としてはよくある話みたいに語っていたけれど、そんなわけあるか。
「待てよ、それなら……」
俺はようやく女がどいた玄関から男性警官と一緒に家の中に踏み込む。そして、俺のベッドで爆睡している全裸の男を発見した。
「お知り合いですか?」
警官に聞かれたので、俺は首を振った。
「いえ、でも多分こいつはたーくんだと思われます」
そこからの非常に情けない顛末は省くとして、たーくんは俺の上の階の住人だった。オートロックのマンションで俺が鍵をかけ忘れたのも悪かったが、せめて部屋番号は確認してほしかった。警官が帰った後、俺には徹夜明けの異様な怠さだけが残された。しかし、知らない男と女が寝たベッドなんかでぐっすり寝られたものか。あまりにも理不尽ではないか。
結局、俺はその日ビジネスホテルで寝た。たーくんはその後、よっぽど恥ずかしかったのかすぐに引っ越していった。
それから俺は、家に帰る際にはどんなに疲れていても必ず部屋の番号を確認する。もしかしたら、俺だってたーくん側になるかもしれないのだから。
〈了〉
朝帰り 秋犬 @Anoni
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