第51話

大丈夫だろ。と言おうとして言葉が出なかったのは、今朝見た蛍の白いうなじを思い出してしまったからだ。


さらさらと零れる黒髪も、控えめな笑顔も、なにひとつ「大丈夫」じゃねえ。つーか何思いだしてんだ俺、しね、ほんとしね。




「やらしいー」



顔に出たのか、友人はにやにやとつっついてくる。



「襲っちゃだめだよ、犯罪だよ」


「キョウダイだから。まじであり得ねえ」


「でも好きなんでしょ?」


「は?」




すき?



「だってさー、最初眞夏さ、そのおねーさんのこと利用してやるって言ってたじゃん。でもなんか最近苛々してないし―、そのおねーさんのお弁当めっちゃ美味そうに食ってるし」


「しね」


「んもう、この子ったらほんとーに素直じゃないわねえ~」



こいつうぜえ。てか何気に観察されててやばい。まじできもい。

襲わねえよ。と返しながらも、ふと昨夜蛍を見ているうちに確かに感じた衝動を思い出した。



殺してやりたいと思った。ひとは許容量を超えたやさしさに触れるとこんな感情が芽生えるのかもしれない。

どうして俺は、蛍をこんなにも憎んでいるんだろう。

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