第35話



「誰か来たの?」



チャイムが鳴って眞夏を部屋に入れると、早々に聞かれた。



「え?」


「変なにおいがする」



不快だとでも言わんばかりに顔をしかめて言った眞夏に、野良猫みたいな子だなと思う。家に餌付けしようとして、少し慣れたと思ったら別の人間の匂いがするだけで途端に警戒する。


昼間訪れたおにいちゃんはいつも軽く香水をつけているので、その残り香だろうか。



男物の香水独特の匂いが、言われてみて初めて鼻についた。



「さっきお兄ちゃんが来てたの」


「…………早瀬さん?」



お兄ちゃんの名前は、私の名前とは似ても似つかない格好いい名前で、小さいとき少し根に持った。なんで私の名前は虫の名前なんだろう。



「うん。近くまで来たから、ついでに寄ってくれたっぽくて」


「へえ……」



腑に落ちない顔をしながらも、部屋に入っていつも眞夏が座る座布団の上に腰を下ろした。



「今日は制服なんだね」



いつもの部活帰りのジャージではなく半袖に腰ではいているスラックス姿の眞夏は目新しい。第二ボタンまで開けた先にかすかに見える鎖骨には銀色の細いチェーンが煌めいていた。アクセサリーとかするんだと驚いていると、眞夏は私の視線に気づかないまま持っていたエナメルバッグから教科書らしきものとファイルを取り出した。



「今日本当は家に帰る予定だったんだけど」


「うん」

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