第11話 粉雪の中で芽吹く決意

 冬のある日、イナズマが、突然言った。

 「僕、ここをめるんだ」

 「えっ」

 学は驚いた。

 ……これから面白くなるのに……

 しかし、詳しく聞いてみると、イナズマは自分が、成長している実感を得ていて、新たな挑戦をしたいという、強い気持ちを抱いていることが分かった。

 「応援するよ」

 「ありがとうございます」

 イナズマの顔は、喜びに満ちあふれ、今にもはちきれそうだった。


 学はふと思った。

 ……なぜ、私の運命の扉は開かないのだろう……素敵な女性と心ゆくまで、文章談義ぶんしょうだんぎを楽しむ事が、できないのだろう、創作の苦労や、小説の感想を、語り合える、彼女が欲しい……

 学は、悲しくなった。

 そして、もう一つ、悲しい事がある。



   関係修復


 学は、その頃、大きな問題を抱えていた。それは、支援員や職員達との関係が途絶とだえてしまい、どう修復すればよいのか、分からなかったことである。


 事務所に入ることすら難しく、支援員たちは多忙たぼうで、余計なことに時間を割く余裕がない様子だった。新人の支援員たちは利用者に寄り添い、楽しく会話していたが、中堅の支援員である勝子さんは、人を寄せ付けないオーラを放っていた。


 学には多くの秘匿ひとくした情報があり、何を話し出すか分からない、怖さがあった。

 しかし、それでも支援員の力を借り、大きなことを成し遂げる準備を始めなければならなかった。


 自力だけでは限界がある。より大きな力のある所から、援助を引き出す術を、身に付ける必要があった。それは、内部障害の影響を、受けない学の特徴とくちょうを生かした、有限会社を立ち上げる――そんな「デッカイ」夢の為なのかもしれない。 

 そのためには、まず支援員たちとの良好な関係を築く必要があった。



 月曜日、学は平静を装って出勤した。しかし、内心はひどく緊張していた。朝一番に、事務所の関係者と話し合い、午後に、支援員の勝子さんと、じっくり話すことが決まったからだ。


 多くの支援員の中で、なぜ勝子さんなのか。それは彼女が学の担当支援員であり、堅実で知的だからだった。逆に、上司Aは頼りにならず、若者たちはまるで異次元の存在で、学にとってカルチャーショックだった。


 学は、言葉に力があり、知的で面白く、慎重しんちょうな動きをする中堅の支援員たちを少しずつ味方につけていた。もし、支援員の勝子さんが、学の理想の人物なら、一日に一度、軽く会話を交わす関係がきずける様になればよい。それが学の願いだった。


 学は、午後になると、虎の穴に行って、話し合いをしに、事務所へ向かった。そこには多くの支援員がいた。

 構わず、支援員をかき分け、勝子さんの所に行った。

 「勝子さん、良いですか?」

 「はい、なんでしょう」


 二人の会話は朝のニュースから始まった。

 「最近、雪ばかり降って寒いですね」

 学が言うと、勝子さんは「そうね」とうなずいた。

 学は話の核心かくしんせまった。


 「私は団体には貢献こうけんしていますが、支援員には貢献していないので、適正な成果を受け取れないのです」

 勝子さんは、「あなたが頑張っていることは知っています」と応えた。


 学は深呼吸をし、「何か、頑張った成果が欲しい」と言った。

 「どんな成果?」と勝子さんが尋ねる。

 学は少し考えた後、「朝の五分間、勝子さんと話したい」とダメもとで希望を伝えた。

 勝子さんは、しばらく考え、「用がある時は、話に来て」と言って微笑んだ。

 学は、その表情を見て緊張の糸が途切とぎれた。

 ……扉を叩かないと、開かないんだな……


 そこで、自分の貢献について一生懸命説明し、切実な思いを訴えた。勝子さんは最後まで話を聞き、「分かりました」と答えた。


 学の先ほどの「5分だけ…」の願いは、通らなかった。

 学は作業場へ戻った。それでも、支援員たちは、学を選んで、門戸を閉ざそうとしている、わけでも無いことが判った。


 ただ、支援員達さんと、どう付き合っていったら良いのか? 学には、分からなかった。それは、雪の下から、新芽が、ニョキ、ニョキと、生えるころの話だった。

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