第10話 越後の魂と七つの言葉

 学は、これまで考案こうあんしてきたチーム運営の方法を検証けんしょうすることに決めた。

 作業が始まると、学はシローに声をかけた。

 「このシール、借りてもいいですか?」

 学は落ち着いた声で問いかける。しかし、シローは学の余裕ある態度に腹を立て、拒絶した。

 「……」

 学は、もう一度繰り返す。

 「シール、借りてもいいですか?」

 シローは驚き、「はい」と答えた。学はシールを受け取る。


 「はい」「お願いします」「ありがとう」——これらの言葉は、適切な工夫によって、使うことで効果を発揮することを学は理解した。

 更に、「お伺い」の言葉であることも、重要だった。たとえ拒否されても、最小限のダメージで済む。


 学は「もう一回」という高レベルのダブルスキル、「~してもいいですか?」という、フレーズを学び、シールの残りをシローに返した。

 「ありがとう」

 学はシローにニッコリ微笑んで、軽く会釈えしゃくしながら、感謝の気持ちを伝えた。


 もし、2、3回繰り返しても返事がなかったらどうするか? その時は、叱るのではなく「どうしたの?」「大丈夫?」と問いかけ、原因を探る事が重要だった。そして、問題が深刻なら、自ら相手の傍に、出向いて、話を聞かねばならない、……。

 

 この言葉の流れは、ただ指示を果たすものではなく、やがて、励ましの言葉へと、性質が、変化し定着していった。

 「もう一回」は、「~してもいいですか?」へ、嫌な気持ちを表す時は、怒りを抑えて、「どうしたの?」「大丈夫?」と相手を心配する事に、進化した。


 学はシローに微笑む。

 ——なるほど——

 学は、うまくいった理由を理解した。

 そして、これらの言葉を有効にするために、もうひとつのベースとなるスキルがあることに気づく。



   チームのリズムを守るためのスキル


 ある日の作業中、イナズマが太田から黙って紙折りの束を取り上げた。太田は了承りょうしょうもなく取られたことに怒りを覚え、作業場のリズムが乱れた。

 学は頭をかきながら考える。


 黙って取り上げた怒りを帳消ちょうけしにするためには、適切な言葉を選び、周囲に伝える必要がある。

 「お願いします」「ありがとう」「はい」——これらの言葉の中から、適切な言葉を選んで言えば、周りの人も気づき、場の雰囲気も変わる。

 この場合、「はい」というのが、順当じゅんとうだろう……。


 学の考察こうさつ佳境かきょうへと入った。

 なぜ直接、相手を責めないのか?

 それは、欠けていた言葉を補うことで、作業のリズムを維持いじするためだった。

 相手に注文をつけると、非難や戸惑いが生まれ、作業の流れが、不安定になって、最悪、作業が止まってしまう。


 相手を責めるのではなく、状況じょうきょう見極みきわめながら、相手が言うべき言葉を選んで、それを、発することが大切だった。そして、それでだめなら、相手は何らかの問題を、抱えていると、考えて良い、近くに行って、心の叫びを聞いてあげればいい……。


 声掛けが、できるようになれば、自然に、リズムの言葉は言わなくなる。よそから来た人は、事情じじょうが分からないから、整然せいぜんと作業している様子にビックリするだろう……。

   


   褒める技術


 確かに、彼らと違うのは、学は、昔しからしている褒める技術を持っている事だ。

 「今のよかった」「さっきのよかった」と言葉をかけ、相手が「何が?」と聞いてきたら、理由を伝え、皆の前で共有する。


 例えば、「さっきの、「はい」は、よかったよ」

     「今のそれ、良かった」

 相手が、「何が?」と聞いたら。

    「束を、コトゲさんに渡すとき。「お願いします」って、言った所……」

 更に、

     「こういう時は、紙折りの材料を、山折りにして下さい」

     「こういう時は、「ありがとう」と言った方がいいんじゃない?」

  といった指示や説明のスキルも持っていた。


 まとめると


 ベースのリズム・スキルで、土台を作り、「褒め」「指示」「説明」の技術を加えることで、最適さいてきなチーム運営が可能になる。



   越後の魂


 学は、急にえりを正した。

 確かに、思い通りにチームを動かす方法を、学は、身に着けたが、それは枝葉えだはに過ぎない。


 大元となるものは——「越後の魂」を会得すること。

 

 心が強くなければ、どんな技も使えない。

 逆に、心が強ければ、どんな些細さまつな技でも効果を発揮はっきする。

 学は事業所に通いながら、自身のスキルをみがきき、検証けんしょうを終え、100点満点の成果を出した。


 そして決意する。


 「越後の魂」を会得し、仲間たちと供に成長し、最高の環境を作る——

 学は思った。

 ——我々の作業場を、どこよりも「素敵な場所」にしよう——

 

 それは、支援員たちへの新しいアプローチの始まりだった。

 すると、学の7つの言葉は、完成した。

 

 そこで、数日間、一人で、酒を飲むと、達成感で、胸がいっぱいになった。

 その後、酒を飲んで良く寝たあと、学は、事業所Mに行った。

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