第9話 七つの言葉、再起の朝

 ある日、喫煙所でタバコを吸っていると、小池がやってきて、非難めいた言葉を、口にした。

 「職員に目を付けられているぞ」

 低く響くその言葉は、学の心に深く突き刺さる。

 ……参ったなぁ……


 最近、上司Aが、事業所Mに頻繁に出入りしている。学は上司Aを無視していたが、ある日、偶然、学は上司Aと、鉢合わせになった。

 

 上司Aは憎々しげに言った。

 「最近、利用者に勝手に指示を出しているそうじゃないか?」

 「そんなことはしていません」

 

 すると、さらに、厳しい言葉が続く。

 「「~は、よかった」なんていわずに、仕事をしてください」

 学は心の中で憤る。

 ……私は一生懸命考えてやっているんだ。なのに、なぜ分かってもらえないんだ……

 

 「それに、時々『はい』とか『ありがとう』とか言っているけど、そんな暇があるなら、もっと仕事に集中してください」


 学は追い詰められた。


 そして、上司Aは最後の一撃を加える。

 「『もう一回』『もう一回』とシローさんに言うけれど、それは彼の上に立ってものを言っていることだよね。それはやめてください。今のあなたは80点です。世の中では、80点も0点も同じです。100点を取らなければ認められないのです。あなた、100点取れますか?」


 学は言葉を失った。

 ……それでも、私は一生懸命やっているんだ……

 私は、彼らに、「はい」、「お願いします」、「ありがとう」の作業で使う、3つの言葉に加え、Mの皆んなが、仲良く連帯出来る様に、「お疲れさま」と……。

 

 ……そして、仕事でミスしたら、早急に、「すみません」と謝り、ダメ出しされても「はい」といって、耐えることの、2つを、合わせた5つの言葉を、彼らに、愚直に、教えているんだ。……


 しかも、効果はちゃんとでている。

 

 しかし、いくら頑張っても評価されない現実に、唖然あぜんとするばかりだった。

 学は絶望し、家に引きこもりたくなった。上司Aの顔を見たくなかったからだ。


 そのストレスから、夕方から腹痛を起こし、布団の中でじっと考えていた。

 ——なぜ、こんなに風当たりが強いんだろう? ——

 よく考えてみると、学は事業所の団体のためには貢献しているが、一緒に働く職員たちには貢献できていないことに気づいた。


 しかし、それをどう解決すればいいのかまでは、分からなかった。


 ただ、何かを与えれば、お返しに何かをもらえる。そして、それを続けることで、人は、「このくらいなら受け取ってもいい」と好意を抱くようになる。やがて、多くの好意を与えたり、受け取ったりする力が、アップしていくと、人間関係が自然に、豊かになる。


 でも、イヤな奴に、無理して、奉仕する必要はない、距離を取って、見守る事も、長い目でみれば、大切な事だ……。



 そこで、六つ目の言葉——「自分に余裕がある時は、良い人達を、積極的に『手伝いましょうか?』と援助の手を差し出だすこと。


 また、学は作業の流れをリズムで追っていくと、一緒に働く仲間たちの指示には、断定的なものが多く、優先順位の高い仕事へ切り替えるのが難しくなっていることに気づいた。


 そこで、七つ目の言葉——「仕事の価値を高めるため、製品を丁寧に扱う『~した方が良いですか?』を、基本として、「この束持っていっていいですか?」や、「この束、ここに置いていいですか?」など、を使う事……。


 こうした言葉を使えば、ダメとか、ちょとまってと、いって、緊急の作業が割り込んできてもスムーズに切り替えることができるし、製品の出来もいい……。

 こうして、学の七つの言葉は完成した。


 数日間、一人で酒を飲み、達成感で胸がいっぱいになる。そして、十分な休息を、取った後、学は新たな一歩を踏み出すため、事業所Mへ向かった。


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