第8話 問いが育てる、共に歩む力
その頃、学は「窓際のトットちゃん」を読んでいた。トモエ学園の園長が、トットちゃんの話を4時間もじっくり聞いていたことを知り、深く感心した。彼は、その読書を終えると、仲良くしている、彼ら三人に対して、どのように接するべきかを、考えていた。
分からないことは「分からない」と素直に言ってほしいし、できることは自信を、持ってやってほしい。
そこで、学は一つの試みとして、「どうしたらいい?」という言葉を教え、彼らの反応を見てみることにした。
作業が始まると、学はコトゲと、養護学校を卒業したばかりの若者に、声をかけた。
「紙折りの作業で分からない事があったら『どうしたらいい?』と聞いてください。」
二人は元気よく「はい」と答えた。
ところが、彼らは何でもかんでも「どうしたらいい?」と繰り返し尋ねる様になった。あまりにも同じことを何度も聞くので、学は次第に嫌気がさしてきた。
なぜ、理解が進まないのか?
学は考えた。
——頭を使っていないからだ。そして、作業に伴う責任を実感していないからだ——
では、どうすれば彼らが自分の頭で考えるようになるのか?
学はしばし思案し、ある方法を思いついた。
——私も「よく分からない」と言ってみてはどうだろうか? そして、その後、「一緒に考えよう」と提案すれば、彼らも必死に考えるのではないか? ——
学は、その方法を試してみることに決めた。
作業を終え、「お疲れさま」と、皆に言って、皆の返事を背にうけて、事業所Mをでた。家に帰る途中、学は食料を買い込んで帰宅した。
いつものように、金銭帳と日誌をつけるルーチンワークを終えると、ふと自分の境遇について思いを巡らせた。
あまりにも低賃金で抑え込まれ、電化製品ひとつ買うのにも、ためらいを感じてしまう。
家と事業所Mを行き来するだけで精一杯。
もし自分が健康な体で生まれていたなら、こんな苦労をしなくても済んだのではないか——。
美味しい食事を囲んだり、みんなと旅行へ出かけたりすることも叶わない。そろそろ手持ちの資金が底をつき、定額預金を崩さなければならない状況になってきていた……。
何にせよ、生きていくにはお金がいるのだ——。
支援員の援助
翌日、学は「どうしたらいいですか?」という質問を、今日は、昨日の様に、何度も聞く事になるだろうと予想していた。
しかし、彼らはその言葉を口にしなかった。代わりに、「このように折れば、いいのでしょうか?」と問いかけた……。
養護学校の若い子が、そう学に尋ねると、学は優しく問い返した。
「どんなふうに、折りたいの?」
「こう、折りたいんです」
差し出された紙折りを、学はさまざまな角度からじっと見て考える。
「いいんじゃない」
学は微笑みながらOKサインを出した。
誰かが、学のような事をしている。誰だか分からないが、多分、支援員さん達だと思うが、その相乗効果で、事業所Mは、急激に、成長していった。
その様子を、錬子さんはじっと見つめていた。
「よく見ておくんだよ」
学は錬子さんに微笑みかけながら言う。
学は、作業を始めた当初は、まだ、リーダーシップに慣れておらず、彼らに的確なアドバイスをすることができなかった。
しかし、3日目ともなると、友人である、利用者の仲村氏の指導もあり、彼らは、仕事の内容や態度を一通り身につけていた。
学の説明にかかる負担も軽くなり、作業はスムーズに進むようになっていた。
彼らは驚くべき速さで、紙折りの作業を習得していた。
「覚えたね」
学がそう声をかけると、彼らは「ありがとうございます」と言って、学に感謝の気持ちを伝えた。
すると、一同はにっこりと笑い合った。
学は思う。
——私ひとりの力では、ここまで成し遂げることはできなかった。
支援員さんや職員の方々、仲間たちの助けがあったからこその成果だ。
——私がリーダーでいられるのは、彼らのおかげなのだ。
深い感謝の気持ちを胸に抱きながら、学は今日も職場へと向かう。
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