第7話 チーム・マナブ、静かな結束

 ある日の事である。

 学は、作業の合間の休憩の時間、イナズマ、コトゲ、ゴウと共に語り合った。

 「コトゲ君は、入った頃は、スマホを一生懸命いじって、独り言が多かったけど、今では、独り言も収まって、確かにスマホをよく使ってはいるけど、なんとなく周りの人たちと自然に会話ができるようになったよね」


 その言葉を聞いたコトゲは、自分の成長を実感した。学はさらにコトゲの良いところを褒める。

 「そうそう、お昼を食べに帰ってくるとき『お疲れさま』って声をかけてくれて、私はとても嬉しいんだ」

 コトゲもそれを感じている。

 ……「お疲れ様」って言うと、こんな僕でも、皆とつながれるんよ、へへェ……


 彼らの前で何度も学に褒められた、コトゲは嬉しそうだった。

 気を良くしたコトゲは珍しく話し始める。

 「昨日、テレビで、へっへっ、何場がホームラン打ったんだ、へっ、へっ」

 「そうなんだ」

 「面白い、へへっ」

 何を言いたいのか、よく聞かないとわからないこともあるが、面倒見のいい利用者たちには理解できるようだった。



 すると、ゴウが学に大きな体を揺らしながら、弱々しい声で話しかける。

 「これは、悪いことなんですかね」

 「はて?」

 ゴウは落ち込んでいる様子だったが、その理由が今ひとつよく分からない。

 学が想像するに、ゴウは仕事はできるが気が弱い為、自分の成果を守れず、いつも誰かに奪われることに、悔しい思いをしているのではないか。

 

 学はゴウを、助けたかったが、事業所の施設長との約束で、作業のことにしか、関われないという、制約があったため、どうにも手の打ちようがなかった。

 

 それでも、どうしても言っておきたいことが頭に浮かんだ。


 そこで、その日の昼休みの時間、学はゴウと向き合って話し始める。

 「ゴウさんは、戦うのは無理なんじゃない……」

 「そうですね」

 ゴウは、戦えない自分のみじめな境遇きょうぐうのろった。

 学は続ける。

 「『無用の用』という言葉がある。この世に存在するものはすべて意味がある。C男に悪さをされて辛いだろうが、ゴウさんがC男に『嫌です』と言わないと、誰も助けてくれない……」


 ゴウは何のことかと怪訝けげんそうに聞いていた。学はさらに話を進める。

 「ここでは、声を上げれば助けてくれる人は必ずいる。助ける人は、大きな報酬を求めてゴウさんを助けるわけじゃない。ただ『ありがとう』と一言言えばいいんだ。不貞腐ふてくされるより、その方が友達が増えそうじゃない?」

 「そうですね」

 強くなければならない、という思い込みが、必ずしも真実ではないことに気づいたゴウは、希望の光を感じた。


 学は細い目でイナズマを見つめる。

 「イナズマさんは、作業の切り盛りができるようになったね」

 「はい」

 「作業の受け取りや転送のときの声かけは、ばっちりだよ」

 「ありがとうございます」

 

 学はその秘訣を聞いた。

 「どうやって覚えたの?」


 「イナズマは指で鼻の下をこすって答える。

 「なんとなく」

 「それって、すごいことなんだよ」

 イナズマは、自分の成長を実感していた。

 学は意図せず、弱小と思われていた人々を集め、「チーム・マナブ」を、育てていたのだった。

 

 しかし、そこに立ちはだかったのが、高みの立場にいる小池や上司Aだった。

 彼らは怒りの雄叫びを放ち、その場には緊張が走る。

 太田は、部屋の隅でワナワナと震えながら、彼らの様子を遠くから見つめていた——。


 学は、皆に「お疲れさま」と言うと、皆からの「お疲れさま」を背に受けて、家に帰った。

 

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