世、妖(あやかし)おらず ー悩溶絵ー
銀満ノ錦平
悩溶絵
この広く深い海の中を、私はただ漂っている。
何も考えず…何も動かさず…何も聴くことも見ることもなく…。
私は嫌われた…。
ただあの人の…あの目に見られたかっただけなのに…。
あの綺麗で…輝いてて…まるで小さいガラス玉にオーロラを閉じ込めたような綺麗で綺麗で…。
あの目に見られると私の一部が溶けそうな気持ちになる。
そんな瞳が今この手の中にある。
私を…私を嫌いにさえならなければ…。
私を受け止めてくれれば。
この手で貴方の瞳を奪うことなかったのに……。
私は…とある有名な画家の筆から生まれました。
背景はとても美しく海に映る太陽の光がまるで宝石かのような輝きを見せていました。
私を生んでくれたこの画家は、それは最初はとても丁寧に…綺麗に…そして繊細に…私を描いてくれていたんです。
いつからでしかたね…。
あの方の側にいたあの女性…奥さんとはまた違った関係に見えました。
私を描いてくれている間はその女性はあの方の身の回りの世話をしているように思いました。
お食事も身の回りの片付けもその方がしておりまして…。
画家はとても笑顔よくその女性を眺めておりました。
素敵で素晴らしく、品も…その立ち姿も…素晴らしいものでした…。
そして見た目は…正にこの絵に描かれている私と瓜二つだったのです。
当たり前の事で私はこの女性をモデルにして描かれていたのですから。
美しく…それでいてとても儚く触ったら今にも消えて無くなりそうな程の幸の薄さを感じてしまう…まるでクリオネの様な姿をしていると私は思いました。
画家は、あの女性とある時は踊り明かし、ある時は密接に乱れていた時もありました…。
それでも夫婦というよりはもっと遠く…それでいて近い不思議な関係をしていたと…愛人…しかし画家は結婚をしていないし女性も結婚してる雰囲気ではなかったと思います。
私は…自分自身が完成されてきているのを実感しながらその二人の関係を見続けていました。
楽しい日々だったんだと筆の感触で伝わってきました…私も完成されていく度に…一塗りしていく度に…今にも私という作品が完成していく度に…二人の幸せがキャンパスに響いてくるようでした。
…けどあの日に…。
外は暗く、嵐のような暴風雨が猛威を振るい、雷もけたたましく鳴り響いていた。
この日も画家は私を描いていた。
あとは背景の空の色を塗るだけだった…のに。
画家は少し寂しそうに感じた。
筆に寂しさが伝わってきていたからだ。
しかその日、あの女性は来なかった。
暴風雨が過ぎ去り、外は晴天の空となったにも関わらず何時間も待てどもその日も来なかった。
次の日も…次の日も…次の日も…次の日も…。
一ヶ月持ち、画家は憔悴していた。
あの女性が一ヶ月来なかっただけで筆も進んでおらず、もうアトリエ部屋にも来なくなっていた。
私は…放置されてしまった。
そして…少したったある日に…その画家は自殺した。
自殺する寸前、画家は女性が事故で亡くなったという一報が届いてしまったから…。
画家は絶望していた…。
その一報を受けてから画家は発狂するように泣き喚いていた…。
私は彼が悩み苦しみ、涙している姿を見て…
私は…嬉しかった
ほんとに嬉しかった…。
あの綺麗で美しいオーロラがガラス玉に入ったかのような瞳が…涙でより綺麗に見えたのが…私が見惚れるには充分でした…。
それでも…これは私に向けての感情じゃなかった…。
目が…目が私を見ていたはずなのに…あの輝いてる綺麗で見惚れてしまうオーロラ色の瞳が…。
あの女性を見ているんだと…そう思わずにはいられなかった。
私は…私は貴方のお陰で生まれたんですよ。
筆というキャンパスに生命を…この地球を自分の手で描ける神の道具を向けて、貴方の才能…技能…技術…繊細に…私を描いてくれていたんです。
あと少しで…あと少しで私は完成するのに…。
貴方は…やはりあの女性にしか見惚れていなかった…。
私にはあの目を…あの目を向けても愛情も感じつただただ絵としか私を見てくれなかった…。
ならせめて…
貴方のその目を…美しい目を…
いただくといたします。
死ぬのはその後に…
お願い致します。
私の大切な
旦那様。
速報。有名画家の〇〇氏、死亡。
〇〇月〇〇日に有名画家の〇〇氏が自宅で亡くなっていた。
〇〇氏が何日も連絡が付かないことに不審を持った関係者が自宅に入った所〇〇氏がアトリエ部屋に完成間近の絵に顔を押し付けるように亡くなっていたということです。
目撃者の話によると〇〇氏の目が抜き取られたかの様に消失していたということで警察は殺人の線で捜査を続けているということです。
「いやさ、なんかどっかの女と密会してるみたいだったんだがどうやら死んだらしいんだよね。
なんでだっけな…。なんか嵐の日に態々、先生の所に向かっている途中に事故ったんだってさ。そしてそれを聞かされた先生はどんどんと憔悴してねえ…。
心配だったから連絡してたんだけど途中から連絡でなくなってさ…。
だから仕方なく先生の自宅行ったんだよ。
扉は開いてたからお邪魔して、いつも先生が描いてるアトリエ部屋行ったらさ…。
絵に顔面を付けたまま動かなくなってたんだよ。
で、先生!先生!って肩揺らせたらさ…。」
目がね…。
抜き取られてたんだよ…。
「俺は驚いてひぃ!…ってね、声出しちゃって。
っでふと先生のその非れもない姿につい絵の方に目を向けたんだよ。」
そしたらさ…
その絵に描かれている女性の手がさ…
オーロラ色に光ってんの…。
「先生の目の色って結構珍しくて綺麗でオーロラのように輝いてたんだよね…。
まさかね…と思ったけど不気味で不気味で…もう即処分したかったよ…。
俺もその恐怖に動転しててさ…つい、近くにある崖の上まで来て、その絵をね…捨てたんですよ…。
本当に怖かったんです…。
しかも、その絵…俺が崖に向かってる途中に…。」
『悩ましい…悩ましい…私の愛しきあの人が死に私はどうすれば良いのか…悩ましい…悩ましい…。』
「って喋ってたんですよ…!ホントなんです!ただの絵だと思ってたのに喋ったんですよ!俺は悪霊の類かとおもって捨ててしまったんです…。
多分…その絵は今は海の底でしょうね…。
絵が生きていたかは知りません…絵が生きるなんてのは絵の中だけでこちらに干渉はしないんですから…。
もし生きてていたのだとしたら…。」
「それはきっとあの目に見られ続け、密会していた女性に嫉妬したせいで命が宿ったんじゃないですかね…。」
世、妖(あやかし)おらず ー悩溶絵ー 銀満ノ錦平 @ginnmani
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