最終章 太陽の引力

4-1

 春の暖かさも、梅雨の陰鬱とした空気もどこかへ去り、夏の暑さが本格的になり始めた頃。

 結局のところ、春過ぎに稲葉が自分の中の醜悪な感情に自覚をしたその後も、特に何か変化を起こしたという事はなかった。それまで通り仕事をしなくてはならなかったし、丁度笹垣の卒業とデビューについての手続きの事で仕事が多くなっていたことも理由だった。

 ただ行動には起こせなくとも、日々の業務や付き合いの中で常にそういった考えや発想が稲葉の頭の中のどこかに存在し続けているという事が、稲葉にとってはストレスだった。

 結果として、葵との付き合いはまた以前のようなフラットのようなものになり、ここ数日に至っては会えていない状況が続いていた。その期間も葵は素晴らしい絵を描き続けた。どこからそれだけの発想と行動力が沸き上がってくるのかというほど、常に新しい絵を生み続けていた。

 葵から嬉しそうに新作の進捗画像が送られてくるたびに、稲葉は自分の中の黒い感情を抑え込みつつ、差し障りのないような返信を返し続けた。

 しばらくして、笹垣のデビュー手続きも無事終わり、稲葉は通常業務のみに戻ることとなった。そうなると必然的に葵とも以前のように顔を合わせる必要がある。決して乗り気ではなかったが、いつも通りの巡回を行わなければならなかった。

 

 その日、稲葉はいつも通り自分のデスクで仕事をしていた。

 久しぶりの担当の巡回に行く必要があるのだが、どうも行く気になれず中々デスクを離れられずにいた。しかし、ここで駄々をこねたところでどうしようもないことも十分理解していた。稲葉は重い腰を上げて、タブレットを片手に仕事部屋を出ようとする。

 その時、アラームが稲葉たち職員のタブレットから鳴り響いた。

「制作棟にて火災を検知。該当箇所は制作棟五階五〇八号室、火災の規模は小規模。周囲の職員と担当職員は速やかに消火、保護を行ってください」

 無機質な女性の声で発せられたその言葉を聞いた瞬間、稲葉と、同じく仕事部屋にいた同僚たちは即座に駆けだした。稲葉はまっすぐ制作棟に向かう。アナウンスは二度繰り返されたが、一度目のアナウンスの途中の言葉で稲葉の頭の中は真っ白になった。だが、稲葉の体は反射的に動き出していた。

「嘘だろッ」

 小さく悪態をついて、エレベーターではなく階段を駆け下りる。

 五〇八号室は西山葵の制作室だ。稲葉は無我夢中で走り抜ける。道中、他の職員たちは他の子供の安全確保に回っていたので、予想していたより混乱は少なく、すぐに制作棟についた。

 急いで五階まで駆け上がると、葵の部屋の扉が開き、小さな煙が出ているのが見えた。扉の前には、立って他の職員と話している葵と、廊下に座り込んでいる少女がいる。少女の方は名前は知らないが、制作棟の同じ五階で見たことがある子だった。長めの黒い髪が特徴的でおとなしい子だ。他にも、職員が何名か消火器を持って立っていた。それ以外に子供はおらず、避難したのだろうという事がうかがえた。

 葵は走ってくる稲葉に気が付き、手を振る。だが、稲葉は葵の方は向かず、ただ部屋の方を見ていた。

「消火活動は無事終わりました。火は部屋の奥の物置で少し上がった程度で、偶然近くにいた職員が消火したため被害はほとんどありません。換気が終了次第順次、詳細な現場の確認を執り行います。幸い西山さんに怪我はありませんが、少し事情が込み入っているようで……稲葉さん?」

 扉の横にいる職員が稲葉に気づいて状況を報告するが、稲葉は立ち止まらない。足も止めず、話もしない稲葉を不審に思ったのか、職員は稲葉の顔を覗き込んだ。稲葉は一瞬扉の前で立ち止まったが、勢いよく煙が充満している制作室に飛び込んだ。

「稲葉さん!まだ換気が終わっていないので入らないでください!」

 叫ぶ職員を振り切って、稲葉は葵の制作室の奥へと進んだ。口元にポケットから取り出したハンカチをあて、なるべくしゃがんだ体制で灰色の視界の中をゆっくりと歩く。換気は既に始まっているのか煙は少し薄れていたが、それでも十分に空気の悪い状況だった。

 部屋のどの場所に何が置かれているのかは大体把握していたが、もし何かを壊してはいけないので慎重に歩みを進めた。先ほどの職員は、奥の物置が燃えたと言っていた。葵はそこに使わなくなった絵具や道具を仕舞っていたはずだった。

 だが、稲葉が心配しているのはそれではない。絵具も道具も必要であればまた購入すればいいだけの話だ。

 出火元の物置の前にたどり着くと、稲葉はゆっくりとしゃがみこむ。その物置の中を見て稲葉は確信を得た。

 そこには、絵が燃えた跡があった。施設に来る前に描いていた絵を、葵はここにしまっていたのだ。小さな紙はほとんどが燃えてなくなり、なにより稲葉が気にしたスケッチブックも、真ん中あたりまでが燃えてぼろぼろになっていた。

 まだ物置の中は熱を持っていて、稲葉はそれを拾い上げることもできなかった。本当ならば、今すぐにでもこの中に手を突っ込んでどれだけの絵が無事なのかを確認したかった。だが、外側から見ても、もう恐らく稲葉が最も大切に思っていた絵は原型をとどめていないのだろうという事がうかがえた。

 煙が目に染みて、視界がにじむ。口元をハンカチで抑えていても、段々と肺の中の空気が澱んできていることが分かった。

 稲葉はゆっくりと立ち上がる。換気が進んでいるとはいえ、ここに長居するべきではない。慎重に歩きながら、扉の外へと戻る。

 廊下へ出ると、新鮮な空気を肺一杯に吸い込んだ。だが稲葉の気持ちが晴れることはない。未だに煙の中を歩いているような感覚すらあった。

「稲葉さん、大丈夫ですか?」

 葵が心配そうに駆け寄ってくる。稲葉は何度か肺の中の煙を吐き出すように咳をしたが、すぐに普段通りの様子に戻った。

「ええ、私は大丈夫です。葵さんも無事で何よりでした。ですが、葵さんの絵が……」

 きっと葵はすぐに部屋から出て状況を分かっていないのだろうと稲葉は思った。あの絵が燃えてしまったことを葵に伝えるべきか迷ったが、稲葉自身がその事実を抱え込んでいることができなかった。

「燃えてしまっているんですよね。火のついた場所からそうだろうなとは思っていたので」

 控えめに話し始めた稲葉に、葵は淡々と返す。その葵の表情はいつもと変わらなかった。

 悲しむでもなく、恐怖するでもなく、ただ「絵が燃えた」という事実を話している。葵のその様子に理解できないものを見たような感覚を覚え、稲葉の思考は止まってしまった。

「稲葉史人さん、五〇八号室の管理者の方ですね。今回の出火原因なのですが、どうも放火だそうで……」

 職員は稲葉に近づくと、そう耳打ちした。その言葉に稲葉の思考は引き戻される。職員が話しながら示した方向を見ると、廊下に座り込み職員と話している少女がいた。

 職員の話による事件の経緯は次の通りだった。

 葵が部屋を出るタイミングを狙って、少女が不審物を持って侵入。物置に不審物を投げ込み、そのまま逃げだそうとしたところを廊下で葵に止められたのだという。

 物置に投げ込まれたのは油絵具がしみ込んだ布や紙ごみで、そこから発火したらしい。油絵具は特定の状況下で発火することがあるため、取り扱いに十分注意が必要となる。犯行を行った少女は絵画を専門としている子で、あえてその特性を利用したのだろうということは明白だった。

 その少女はうつむいたまま立ち上がると、職員にエレベーターの方へと連れていかれた。稲葉と葵の横を通りすがるとき、少女は突然声を荒げた。

「あなたさえ居なければッ!」

 そう言って葵を見やった少女の顔は涙にまみれていた。目つきは鋭く、だがその瞳はどこか弱々しい。少女はそれ以上は何も言わず、そっぽを向いておとなしくエレベーターへと乗り込んでいった。

 稲葉は葵の方を心配そうに見下ろしたが、依然として葵の表情は変わっていなかった。それどころか、連れていかれた少女の方を心配そうに見ていた。稲葉は先ほどの職員からの説明に、一つ気になった点があったことを思い出した。

「あの子を捕まえたのは葵さんだったのですか?」

 稲葉のその質問に、葵は小さく首を横に振る。

「怪我をしていないかが心配で、引き留めたんです。あの子の手元から火が出たように見えたから……」

 葵のその返答に、稲葉はあの少女へ同情の気持ちを抱いた。

 おそらく、あの少女は葵の才能への嫉妬からこんなことをしたのだろう。怪我をさせたり、作品を壊すほどの勇気はなく、ただちょっとした嫌がらせのつもりで。

 だが葵はそれを何とも思っていない。それどころか犯人の少女を心配するほどの落ち着きようだ。いや、これを落ち着いていると言っていいのかわからない。だが、少なくとも稲葉はそうだと自分の中で結論付けることにした。

「葵さんも、今日は念のため救護室で検査を受けてもらってください」

 稲葉がそう言うと、葵はこくりと頷いた。稲葉は葵を救護室まで送り届けると、医師に葵を預けて仕事部屋に戻ることにした。ちなみに、医師には稲葉が煙が充満している部屋に入った事がしっかりと伝えられていたようで、後で稲葉も検査に来るようにと釘を刺されてしまった。

 会話もそこそこに、稲葉は救護室を後にした。これ以上葵の隣にいても今は自分ができることはないと思ったからだった。それどころか、余計なことを口走ってしまいそうで怖かった。今の自分が、あの少女の感情を理解できてしまうような人間が、葵のそばにいるべきではないと判断した。

 葵は、救護室の扉が閉まるまで廊下を歩いていく稲葉の後ろ姿を見つめていた。



4-2

 放火事件から数日間は、稲葉も様々な対応に追われていた。

 葵のカウンセリングに現場の検証、制作室の掃除や犯人の少女の証言の確認など、行わなければならないことは多数あった。

 だが、少女が犯行理由を全て自供したこと。そして被害者である葵が立件しないことを望んだため、芸術家育成プログラム内で必要な処理は意外と素早く片付いた。それ以外の犯人についての処分などは、警察が引き継ぐ形となった。

 残念ながら、こういった事件は決して初めての事ではない。子供の自主性や心身の健康を第一にプログラムが行われているとはいえ、子供の感情の爆発性に大人の対応が追い付かないことが稀にある。

 実際、そのために職員たちは有事の際の訓練や対策を習っており、今回もその成果により避難や事件についての隠匿などがスムーズに行われた。

 なにより重要視されるのは子供の精神とこの環境の安定を守ることである。だからこそ、自然災害以外の有事の際は緊急アラームが職員のみに伝えられる。当事者以外の子供たちはほとんどが火事が起こったことは知らない。制作棟の同じ階にいた子供たちも、恐らく何かしら理由を付けて別の説明がなされていることだろう。

 結果として、西山葵の制作室で放火が起きたという事実は、職員一同と葵、そして犯人の少女のみが知るということになった。

 稲葉はしばらくの期間、葵との会話を増やし、出来るだけ様子を見るようにしていた。だが、葵の様子は一貫して変化がなかった。

 絵が燃えてしまったことにも、自分が他人に傷つけられたという事もさして気にしている様子がなかった。稲葉は葵のその様子を、特異な環境で育ってきたことに起因する自己防衛の一種ではないかと疑った。気にしていないという風に思い込むことで、悲しい感情や傷ついているという感情から逃れようとしているのだと疑った。

 だがしばらく会話を続けていくうちに、葵が本当に心の底からあの事件の事を気にしていないのだという事に気がついた。別で葵の経過観察を担当していた心理カウンセラーの下した判断も同様だった。他人からの嫉妬も、悪意も、葵にとっては存在しない。

 なぜなら葵自身が嫉妬も悪意も抱かないからだった。理解できないものは存在しないのと同じだ。

 たとえ葵が他人からの嫉妬を理解したとして、そんな感情を抱く理由がないと思うのだろう。実際に、葵は事件後しばらくカウンセリングや取り調べ、手続きなどの時間が増えたことに対して少し嫌そうにしていた様子もあった。稲葉と話しているときには、カウンセリングよりも絵が描きたいとこぼしていた。

 カウンセリングも不要と判断され、以前の生活に戻ったときの葵は大層な喜びようだった。これまでの分を取り返すように、すぐにまた制作室や施設の色々な場所で絵を描き続ける生活をしていた。だが、稲葉との会話の時間が増えたのは嬉しかったのか、その後も定期的に稲葉と世間話をするようになった。


 事件から一ヶ月程が経ち、すっかり前と変わらない生活に戻ったころ。段々と夏の終わりが見え、秋の訪れが感じられるようになっていた。稲葉はいつもの巡回のために葵の制作室に向かっていた。本当は事件後に部屋を移動することもできたのだが、葵が面倒だと言ったので変わらず五〇八号室を使用している。

 だが、尋ねると葵は制作室にはいなかった。いつもならば制作室でこもって絵を描いている時間なのだが、どこか別の場所にいるのだろうか。稲葉はそう思い、葵を探すことにした。

 しかし、エントランスロビーにも食堂にも葵の姿はない。以前葵と仲良くしていた子供を見かけて聞いてみると、中庭の方に行くのを見たという話を得られた。外に出るときは大体軒下のベンチにいることがほとんどなのだがそこにも姿はない。それなりに広さのある中庭を回っていると、一番奥の植木の根元に葵がもたれかかって座り込んでいるのが見えた。そこは施設の建物から随分離れていて、他の植物や花壇などにさえぎられて見えにくい場所だった。

「葵さん、いまお時間大丈夫ですか?」

 稲葉が聞くと、葵は静かに頷いた。葵の隣に稲葉は座り込む。土の地面に座り込むなんていつ以来だろうかとふと稲葉は思った。隣に座る葵がいつものように話し始めない様子を見て、稲葉の方から話しかける。

「何かありましたか?話したくない事であれば話さなくてもいいのですが、もし相談であれば私でも、他の職員でもいいのでお話しすることをお勧めします」

 すると、葵は稲葉の方を見上げて、小さく口を開いた。

「絵を描いている理由が欲しくなったんです」

 葵の言葉が稲葉にはよくわからなかった。だが、聞き返そうとはしなかった。今はただ葵が話し始めるのを待った方がいいだろうと稲葉は思った。しばらく考え込んでから、葵は再び口を開く。

「皆は私が描きたい絵を描いていたらいいって言ってくれるんですけれど、本当にそれでいいのかわからなくなってしまって」

 そう言って葵は口をつぐんだ。稲葉はほんの少し考え込んでから、慎重に口を開く。

「それで、最近作品制作のスピードが落ちていたんですね」

 こういった時はすぐに対応策や自分の考えを話すのではなく、一緒に現状を理解することが大切だと稲葉は考えていた。それに、葵が何か明確な答えを欲しているわけではなく、初めての状況に戸惑いを覚えているのだろうということも理解ができた。そこで稲葉は、一旦今の状況を葵と共にひも解くことにした。

 稲葉の言葉に葵は頷く。実際、ここ数日葵から絵に関する連絡が来なかった。以前であれば毎日のように今は何の作業をしているのか、今日はどんな絵を完成させたかを教えてくれていたものだった。だが最近は、制作室に言ってもあまり筆が進んでいる様子ではなかった。

「なにか嫌なことがあったとか、他にやりたいことができたとか……絵を描きたくないと思うようなことはありましたか?」

「そういうわけではないんです……絵を描くのはずっと大好きで、それを嫌いになるとか辞めたいというわけではないんです。でも、私がこの先芸術家になる意味は何なのだろうと、ふと思ったんです」

 葵は首を横に振りながらそう言いつつ、段々と視線が下がっていった。少し伸びた髪が葵の表情を隠してしまう。だが稲葉には葵が落ち込んでいるような表情をしていることはうかがえた。

「つまり、今のように描きたい絵を自由に描いているだけで芸術家になっていいのか、ということが気になったんですね」

 葵はその稲葉の言葉に、はっと顔を上げた。見上げると、優しい表情をした稲葉が葵の顔を見つめていた。その優しい眼差しに、葵は小さく頷く。稲葉は少し考え込んでから話を続けた。

「実際、ここを卒業していく子供の中には目標をもって芸術家になる子がほとんどです。というより、そういった明確な目標をもって活動している子供が結果的に自身の能力を大きく育て、卒業することができると言った方が正しいでしょうか。ですが、その目標は様々です」

 稲葉は、これまで見てきた子供たちの事を覚えている限り思い出す。それは、職員として担当した子供も、自分が子供の時に見てきたプログラムの子供たちも含めて、全ての芸術家の卵たちだった。

「沢山の人に作品を買ってほしい、ある有名な人に追いつきたい、お金が欲しい、有名になりたい、誰かを追い越したい。いろいろな目標を見てきましたが、大小様々でどれに優劣をつけるというものでもありません」

 笹垣風馬は自分の歌でなるべく多くの人を元気付けたいと言っていた。古川麻里は陶器の可能性を追求したいと言っていた。赤坂紅葉は確か、物語を書く以外に出来ることがないと言っていたような気がする。

 どんな目標であればいいだとか、どうあるべきだというものはない。ただ目標を持ち、そのために努力をすることが大切なのだと稲葉は思った。

「だからもし葵さんが迷っているのなら、一度立ち止まって見るのもいいと思います。ここは無理に卒業する場所ではありません。もし他になりたい職業ができたなら、ここを辞めるという選択だって自由にできます。今葵さんの中にある、やりたいことは何ですか?」

 稲葉の言葉を一つずつ咀嚼するように、葵は考え込んだ。

「絵を描き続けることです。でも、それはここじゃなくてもできる……」

 芸術家でなくとも趣味として絵を描いたり歌を歌う人は沢山いる。つまり、葵のやりたいことは決して芸術家でなくとも叶うということだった。

 そのことに気が付いたとき、稲葉は一瞬口を開きかけた。もしこのまま葵がプログラムに通い続ける必要性を感じなくなり、芸術家にならない道を選んだとしたら。それは稲葉にとって全く想像していなかったことだった。突然降って来た恐ろしい可能性に、稲葉が以前抱いた考えが再びむくりと起き上がる。

 今であれば、葵の進む道を誘導できるのではないだろうか。芸術家になった方がいい、なるべきだと何か理由を付けて勧めることは容易だと稲葉は思った。子供に嘘をつくという一線はずっと前に超えてしまったのだから。今さらそれくらいの事をできないはずがないと思った。それなりの目標を提案して、やる気を出す葵の顔がありありと目に浮かぶ。今のようにうつむきながら心細そうな表情をしているより、ずっといい。稲葉はそう思った。

 だが、結局、稲葉は葵が口を開くまで、何も言い出せなかった。葵のためのおあつらえ向きの目標も、葵が芸術家になるべき理由も、稲葉には思いつかなかったからだ。

「私、もう少し考えてみます」

 葵はそう言って稲葉の方を見た。一瞬、開いたままだった稲葉の口から詰まったような声が出た。稲葉を見つめる葵の瞳に、稲葉は口を閉じ、そして再び開いた。

「いつまでも待ちます。葵さんが自分で納得するまで、じっくり考えてください」

 その稲葉の言葉は、確かに心からの言葉だった。

 声色は優しく、葵の揺れ動く心をそっと包んでくれるようだった。葵はその稲葉の声や言葉や表情に、懐かしさを感じた。少し低くてゆっくりと話す声も、葵を一人の人間として優しく接してくれる言葉も、期待を含ませつつも見守るような表情も。どれもが、葵が一年以上頼り、信頼してきた稲葉の姿だった。

 葵はその優しさに押されるように、大きく頷いた。葵は、安心したからか、途端に空腹を感じるようになった。葵の様子を見て、稲葉は立ち上がる。気づけば外は薄暗くなっていた。

「段々冷えますし、早めに建物中に戻りましょう」

 稲葉に言われる通り、葵は立ち上がって稲葉の隣をついて歩く。確かに、気づかないうちに日の沈みが早くなっているような気がした。建物に入ると、丁度夕刻のチャイムが鳴る。葵は勇気を出して稲葉に声をかけた。

「あの、晩御飯を一緒に食べませんか?」

「いいですよ。葵さんと一緒にご飯を食べるのは久しぶりですね」

 葵の提案を稲葉は快諾した。稲葉はどこかすっきりとした面持ちで、葵と共に食堂に向かう。

 結局のところ、稲葉には葵の進路をどうにかする勇気など湧かなかった。いや、勇気というよりも、具体的な提案が浮かばなかったといった方が正しかった。思考を頭の中で巡らせている間に稲葉は自分の人生にずっと明確な目標がないことに気が付いてしまったのだ。

 子供の頃は、何者かになりたかった。だが何者になりたのかは自分でもわかっていなかった。ひたすらに努力すれば、いつか勝手になれると思っていた。

 大人になってからは更に退屈な毎日だった。幸い勉強は得意だったし、観察眼も備わっていた。その能力をふんだんに使い、プログラムにやってくる子供たちをただ芸術家に育て上げるための最適解を答え続ける日々。

 そんな人間に、葵のための特別な目標も理由づけも、思いつけるはずがなかったのだ。なぜなら自分がそんな目標を持った経験が無いのだから。そう考えて、稲葉は心の中で自嘲した。

「稲葉さんは何を食べますか?」

 葵に話しかけられて、稲葉は思考の渦から現実に引き戻される。ふとメニュー表を見て、あるメニューが目についた。

「ハンバーガーにしようかな」

「あれ、稲葉さんが和食以外を食べられるの意外です」

「うん、まぁたまにはね」

 稲葉はそう言って、ハンバーガーとポテトのセットを注文する。

 いつもならば絶対に選ばないメニューだった。無駄に健康に気を付けているのも、なんだか馬鹿らしくなってきたのだ。

 運動は欠かさず、食事は必ず健康的なものを選び、お酒もほとんど飲まず、煙草などの煙は厳禁。それは子供のころからの癖だった。もちろんお酒と煙草が可能になるのは二十歳を過ぎてからだが、稲葉はそれでもプログラムに通っていたころの習慣を欠かさなかった。

 喉を壊さないように、手を怪我しないように、不健康にならないように。その必要がなくなった後も続いた習慣は、一種の抵抗の様でもあり、執念の様でもあった。

 トレイをもって席に座ると、葵も自分の食事をもって向かいに座った。

「見てたら食べたくなってしまいました」

 葵のトレイの上には、稲葉と同じハンバーガーとポテトのセットの子供用サイズが乗っていた。葵は手を合わせると、両手でしっかりとハンバーガーをもち、勢いよくかぶりつく。口の端にソースが付くのも気にせず、嬉しそうにほおばるその姿が、稲葉にはまぶしかった。

 最後にあんな風に楽しそうに食事をしたのはいつだっただろうか。振り返っても見つからない答えを考えながら、稲葉も自分の分のハンバーガーにかぶりついた。久しぶりのジャンクな味は、酷く濃くて、でもどこか懐かしさを感じる味だった。




4-3

 葵から相談を受けて一ヶ月程が経った。季節はすっかり秋に入り、空気は時折肌寒く感じるほどだった。

 あの日以降、葵はしばらくの間絵を描かずにぼうっとしている時間が多くなった。

 だが、その筆を止めるという考えは全く頭にないのか、少しづつではあるが様々な作品を生み出していった。その作品たちはどれもがいつもと変わらない素晴らしさで、葵の絵の評価は上がる一方だった。

 稲葉は葵のサポートを今までと同じように続けていた。ただ葵が話をしたいと言えばそれに付き合い、絵の感想を求められればそれに応えていた。

 そんな風に過ごしているうちに、葵は何かを掴んだのか、以前のような明るさと制作ペースを取り戻していった。葵はその変化の理由を稲葉には伝えなかったが、稲葉は葵が話すまで待とうと心に決めていた。

 ある日、デスクで仕事をしていた稲葉に一通のメッセージが届いた。稲葉はそのメッセージを開き、内容を確認するとため息をついて立ち上がる。

「いよいよか……」

 タブレットを片手に、そのまままっすぐ葵の制作室へ向かう。葵は制作室の中で机に向かって絵を描いていた。

「葵さん、今少しお時間良いですか?」

「あっ、稲葉さん。はい、大丈夫です」

 葵は笑顔で振り返ると、稲葉を机の隣の椅子に通した。稲葉はその椅子に座ると、葵の方をまっすぐ向いて口を開く。

「先ほど、葵さんに卒業許可が下りたとの連絡が来ました。これで、葵さんが望めばいつでも、このプログラムを卒業し、芸術家として生きていくことができます」

 そう言いながら、稲葉は先ほど届いたメッセージを葵に見せる。葵は稲葉からタブレットを受け取り、そこに書いてある内容を読み込んでいた。

 稲葉からすれば、葵の絵が卒業可能レベルに達しているというのは当然の感覚だった。それどころか遅すぎると感じるほどだった。

 だが、葵の才能が最初の頃よりも大衆受けするものに確実に変化していたのも確かだった。だからこそ多くの人の目に留まり、こうして評価を受けるに至っている。実際には卒業許可がおりるまでの時間としては異例の早さだった。平均五年、短くとも三年ほどは在籍している子供が大半だ。

 だが葵はプログラムに参加してまだ一年半ほどである。競争率が高く、評価軸が多くある絵画という分野の中で、葵はあらゆるジャンルの絵を描くことができ、その全てが高評価を受けている。これまで身につけてきた全ての技法と画法に関して卒業が認められているというのは、社会全体を見ても稀有な事だった。

 メッセージを読み終えたのか、葵は稲葉にタブレットを返した。

「これは、私がここを卒業して、大人になることができるという事ですか?」

「そうです。ですが、葵さんがまだここで学びたいという事があるのなら、期限内、つまり十八歳になるまでプログラムに通い続けることもできます。実際、卒業許可が下りても他の分野について勉強を続けるという子もいます」

 最近であれば笹垣風馬がそういった例であった。様々な分野に対して興味がある子供がそういった選択をすることも少なくない。

 稲葉の話を聞いて、葵はしばらくの間考え込んでいた。だがその間の葵の表情は以前のような弱々しいものではなく、しっかりと意思をもった瞳だった。葵は何かを決断したように顔を上げると、口を開く。

「私、卒業します。この間からずっと考えていて、やっと自分がしたいことが見つかったんです」

 葵の言葉に稲葉は頷く。きっと、葵ならそういう選択をするのだろうという予感が稲葉にはあった。だが、実際葵がどんな目標を見つけることができたのか、稲葉にはまだ検討が付かなかった。

「葵さんのやりたいことは何ですか?」

「誰かが望む絵を描きたいんです。私の絵で、こんな絵が欲しいと言ってくれる人のお願いを聞いて、その絵を描く。そんな仕事がしたいです」

 だからこそ葵から返って来た答えに、稲葉は一瞬反応できなかった。葵からそのような答えが返ってくるとは微塵も思っていなかった。

「それは……どうしてそう思ったんですか?」

 稲葉はどうにか言葉をつなぐ。先ほどの言葉を何度頭の中で咀嚼しても、稲葉には葵の意図が理解できなかった。葵は一度机の方へ向くと、自分のタブレットを手に取った。

「私はこの場所で色んな絵を描きました。そのどれもが私が描きたいと思って描いた絵で、それを沢山の人が評価してくれました」

 葵はそういいながらタブレットのあるページを開く。そこには葵がこれまで描いた絵が全て記録として残されていた。葵はその一つ一つを眺めながら呟く。

「でも、私が描きたい絵を好きに描くことは芸術家じゃなくてもできる。そう稲葉さんも言っていましたよね。それで、私が他にやりたいことって何なんだろうと考えたんです。そうしたら、誰かに私の絵で幸せになってほしいんだなって気づいたんです」

 これまでの作品の記録をさかのぼり終えて、葵はそのページを閉じる。そして顔を上げると、稲葉の顔をまっすぐ見つめなおした。

「だから、誰かに依頼してもらって、その人が望む絵を描く。そんな画家になりたいです……。私、なれますかね?」

 葵はそこで、ほんの少し不安げな表情をした。

 稲葉は葵の言葉を聞いている間、何も言えなくなってしまっていた。心の中では、叫んで、否定してしまいたかった。そんな目標を捨ててほしいと葵に懇願したいと思った。目標を立てるべきなんてことを言った過去の自分を呪いすらした。葵にそんな風に生きてほしくはない、ただ切実にそう思った。

 何故なら「誰かの望む絵を描く」ということは、葵が最初からやっていたことなのだから。

 それでは何も変わらないではないかと、稲葉は悔しく思った。家族が望むように、絵を買いに来る誰かが望むようにだけ絵を描いていた路地裏にいた頃の葵と、何が違うのだろうと稲葉は思った。

 だが、不安げに稲葉を見つめる葵の表情を見て、間違っているのは自分の方だと気づかされた。

「葵さんなら、絶対になれますよ」

 葵は自らこの道を選んだのだ。自由に望むように絵を描くことを知った葵が自分でその道を選ぶことにしたのならば、そこに稲葉が口をはさむ道理などない。稲葉はうつむいて静かに息を吐くと、顔を上げて葵の方を見た。

「では、今後正式にプログラムの卒業と、デビューに関する手続きを進めていきましょう。大体、色々な作業を含めて二週間ほどでこの施設からの退去になります。それでも大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です」

 葵はこくりと頷いて、稲葉の顔を見つめる。その表情に先ほどのような不安そうな様子はもう見られなかった。稲葉はその葵の返事に頷くと、部屋を出ていこうと立ち上がった。

「あっ、稲葉さん、待ってください」

 呼び止める葵の言葉に、稲葉は立ち上がりかけたままの体制で止まった。稲葉が不思議そうに葵の方を見ると、葵はタブレットを操作しながら机の上のモニターを必死に見ていた。

「さっき丁度描き上げた絵があるんです。それを稲葉さんに見てもらいたくて。ぜひ感想をお聞きしたいんです」

 嬉しそうにモニターに映った絵を指さす葵に、稲葉は静かにほほ笑んだ。

「ええ、ぜひ見せてください」



4-4

 芸術家育成プログラムからの葵の卒業が決定してから約二週間。様々な手続きが稲葉と葵に降りかかってきた。

 プログラムを卒業した後も、その子供が必ず芸術家として安定した仕事ができるようになるまでのサポートを必ず行うようになっている。葵の場合は仕事を必死に探すまでもなく、すぐに画家としての仕事が大量に舞い込んできたので心配する余地などなかった。

 また卒業以降は年齢に関わらず、社会で働く一人の大人として扱われる。通常の職業が二十歳で大人になるのに対し、葵は異例の十一歳で社会に出ることになる。だがそれに対し特例措置が取られるという事はない。

 つまり、葵と両親の親子関係も終了するということだった。この社会では家族や親子といった関係が昔よりも希薄で、大人になった時に血縁関係を切る人も少なくない。

 子供が芸術家になったからといって親だった者に何か恩恵があるわけでもなく、反対に血縁関係を切らなかったからといってデメリットがあるわけでもない。

 ただ、稲葉としてはあの両親、特に母親に対して葵がプログラムを卒業したことを伝えるのはすこし懸念があった。

 だが、葵は特に気にしている様子はなかった。両親に連絡してもいいかという問いに対して了承し、その後両親から来ていた連絡にもいつも通り接していた。ただ母親が家に帰ってくるのかと聞いたときだけは、すこし顔を曇らせて、きっぱりと断っていた。葵が両親と会話しているところを隣で稲葉は見守っていたが、結局稲葉が出る幕はなかった。

 母親が何かまくし立てているのを、葵は聞いていた。そうして向こうが静かになり、通話が切れるまで何も話さないでいた。結局葵は両親との血縁関係は切らないことにした。ただ恐らくもう会うことはほとんどないだろうと葵は自分の中で思っていた。


 すべての手続きが終わり、葵の仕事も新居も用意されたことで、新しい生活に向けた準備が始まった。必要な画材やこれまでに使用していた物は全て新しいアトリエか住居のどちらかに運ばれていった。

 少しずつ制作室から物が減っていくのを、稲葉は寂しく思いながら見ていた。これまで何人もの子供が卒業するところを見届け、同じことを繰り返してきたはずだった。それなのに、葵の制作室にあるもの全てが稲葉にとって深い思い出が詰まっているように感じた。大量の絵具も、葵が初めて自分より大きなキャンバスに描いた絵も、沢山のデータが詰まったパソコンも。下描きに使われた紙、義務教育の教科書とノート、半分燃えてしまったスケッチブック。それら全てが稲葉の知らないところへと運び出されていく。

 そうして全ての作業が完遂し、葵が施設を出る日になった。

「最後に施設を見て回っていいですか?」

 その葵の提案を、稲葉は快く受け入れた。以前訪れていた赤坂紅葉のような特殊な事例でもなければ、子供とその関係者、そして職員以外がこの施設に入ることは基本ない。だからこそ長年過ごしたこの場所を惜しんで、最後に見て回りたいという子供は割と多くいた。

 施設の中を歩き回りながら、葵は色々な思い出の話をした。最初は自分の部屋での生活に慣れなかったという事。食堂の好きなメニューの話。購買でよく買ったお菓子。あまり訪れることのなかったカフェ。交流スペースで仲良くなった友人。稲葉と話した軒下のベンチ。葵は思い出を一つずつ淡々と、だがどこか懐かしそうに話す。

 葵が話す思い出を稲葉は全て知っていた。葵が話をするたびに、稲葉はその話をしていた時の葵の様子をありありと思い出すことができた。自分の部屋での過ごし方がわからないと相談してきたときのこと。食堂で食べるご飯がおいしいと喜んでいたこと。購買でお金を払わなくていいことに驚いたこと。カフェの高級そうな雰囲気が苦手で葵について行ったこと。いつの間にか葵に友達ができていて稲葉以外の職員とも交流するようになったこと。珍しく葵が相談をしてきた軒下のベンチ。懐かしそうに話す葵の顔を見ながら、稲葉は相槌を打つ。

 施設の中を回って、最後にたどり着いたのは制作棟の葵の部屋だった。葵が扉を開けると、そこにはもう何もなく、ただ白い空間が広がっていた。

 だが何もない真っ白ではない。絵具やスプレーの汚れ、飲み物や水をこぼした跡、ほんの少し焦げた壁。葵が一年半ここで過ごした形跡が沢山残った色だった。葵は部屋の中を見て、ぽつりとつぶやく。

「全部なくなりましたね」

 部屋を見つめる葵の表情はどこか寂しげだった。稲葉はその言葉を聞いて、葵もこの場所に愛着を持っていたという事にようやく気が付いた。これまで回った場所も、どんな形であれ何かしらの思い出があった。たった一年半だったとしても、葵が一生懸命毎日を過ごした場所だったのだから。抱く思いは決して過ごした年月の長さで測れるものではないのだと稲葉は思った。

「最初にこの制作室に案内した時に、私が言った言葉を覚えていますか?」

 稲葉の質問に、葵は首をかしげる。その様子を見て、稲葉は言葉を続けた。

「葵さんは、もう充分この部屋を沢山のもので一杯にしました。それは全て、葵さん自身の中に残っています」

 葵の方を見下ろして、稲葉は微笑む。一年前、ここで同じように話した時よりも、葵の顔は稲葉の近くにある。それでも稲葉よりずっと小さい葵の視線に合わせるように、稲葉はしゃがみこんだ。

「これからは、葵さんが社会を支える番です。ここで受け取ったものをや貪欲になって得たものを使って、沢山のものを生みだしてください」

「はい」

 葵は稲葉の言葉に頷く。いつの間にか、日が沈み始めている。空っぽの制作室の中を、オレンジ色の夕日が照らしていた。

 二人はエントランスロビーへと戻る。葵は今日から新しい住まいで生活することになる。そこまでの案内は稲葉ではなく、別の公務員が担当することになっていた。ロビーへ向かうと、既に担当の人が迎えに来ていた。

「西山葵さんですね」

 そう言いながら近づいてきた別の職員が葵に礼をする。茶色い長い髪を一つにまとめた、スーツを着た女性だった。葵も職員に礼をする。

「これから新しい居住地に案内させていただきます。しばらくの間は国が生活のサポートを行います。芸術家育成プログラムに関しましては、本日付で正式に卒業となっていますが、よろしいですね?」

 職員の言葉に葵は頷く。葵の様子を見て、職員は柔らかい笑みを浮かべた。

「では西山葵さんをご案内いたします。稲葉史人さん、ご苦労様でした」

「こちらこそ、これから西山さんの事をよろしくお願いします」

 そう言って稲葉と職員は礼をする。あっさりと施設を出ていこうとする職員に葵は一瞬戸惑って、稲葉と職員の間で立ち止まってしまった。

「葵さん、どうかしましたか?」

 稲葉は心配して葵に声をかけた。葵がついてきていないことに職員もすぐに気づいたのか、こちらを振り返って入り口で立ち止まっていた。

 稲葉に声をかけられた葵は、一瞬迷ってから、稲葉の方へと駆け寄り口を開いた。

「あの、稲葉さんが私に描いて欲しい絵ってありますか?」

 葵のその質問に、稲葉は固まる。想定外の言葉にどうこたえるべきか、頭の中で最適な回答を探し回る。だが、回り続ける思考に反して、稲葉の口からするりと言葉が零れ落ちた。

「葵さんの中の、『神様』の、絵が……見たい、ですね……」

 気づけば外に吐き出されていた言葉を、何とか取り繕って体裁を保つ。焦りを悟られないように笑顔を保つので稲葉は精一杯で、それ以上は何も言えなかった。だが、そんな稲葉の様子には気づくこともなく、葵はただ稲葉の言葉を聞いて頷いた。

「ありがとうございます、稲葉さん」

 そう言って女性職員の元へと駆け寄っていく。職員と並んで歩きながら施設を出ていく葵をただ稲葉は見ていた。時折後ろを振り返って手を振る葵が見えなくなるまで、稲葉も手を振り返した。

 葵が敷地の外へ出てその姿が見えなくなると、稲葉はふらついた足取りで中庭へと向かった。軒下のベンチにどさりと腰を下ろすと、そこから見える景色をしばらくぼんやりと眺めていた。

 何かもっと他に適切な答えがあったはずだと何度も考えた。だが、結局稲葉が出せる答えはあれしかないのだと理解してしまった。

 稲葉は葵の中から沸き上がるものが描かれている絵が特に好きだった。葵がこの施設で描いてきた絵は全てそうだった。その絵の中でも、最初に見たスケッチブックに描かれていた葵の中の『神様』に勝るものはなかったのだ。あの絵が一番、稲葉が望んでいて、そして決してもうその実物を見ることができないものだった。稲葉はふと、タブレットを起動する。葵の作品データではなく、自分の写真フォルダを開き、過去へとさかのぼる。

 そこにはあの日、稲葉が衝撃を受けたままに写真に残した葵のスケッチブックの絵があった。だが、どの写真もよく見るとブレていて、綺麗に撮れたものなど一枚もなかった。

「はは……」

 稲葉はタブレットを膝に置いて、背もたれに体を預ける。今自分の胸の内に渦巻く感情を何と呼べばいいのか稲葉には分らなかった。全てがどうでもよくなったような感覚すらあったが、自暴自棄と呼ぶにはあまりにも縋り付いているものが多すぎた。

 どうにもできない、どうにもならないこの気持ちを、稲葉は結局何と呼べばいいのかわからなかった。鮮やかなオレンジ色を反射する遠くの高層ビルと、日に日に葉を落としていく庭の木々をただ見つめていた。

 この時の感情が、あまりに大きな存在と濃い時間を共にしたことによる喪失感だと稲葉が理解するのは、もっとずっと後になってからのことだった。



4-5

 芸術家育成プログラムを卒業してからの葵の活躍は目覚ましいものだった。

 十一歳で世に現れた芸術家、アオ。どんな画法でも、どんなジャンルでも、欲しい人が望む絵を再現する天才。アオこと葵の絵の評判は瞬く間に世界中で話題になった。既に沢山の業界やアーティストから仕事の依頼が来ているらしく、大盛況だそうだ。

 そんな噂を小耳にはさみながら、稲葉はいつもと同じように施設での業務に励んでいた。

 葵の卒業後、稲葉は新しい子を担当することはなかった。以前から担当していた古川麻里のサポートに加えて、施設運営業務を任されるようになったからだった。結局のところこれまでよりも業務は減り、稲葉は暇な日々を過ごしていた。

 葵が卒業してから一ヶ月程経った頃、稲葉のタブレットに一通のメッセージが届いた。

 知らない宛先からのメッセージを開くと、差出人は西山葵と書かれていた。

 基本的に卒業した子と業務内で連絡を取ることはないのだが、関りを持ってはいけないという決まりもない。仲良くなった子などは、今でも定期的に連絡をくれることがある。だが、葵から連絡が来ることは稲葉にとって意外だった。

 葵は恐らく仕事で多忙だろうし、そんな状況で稲葉の事を気にする子だとは思っていなかった。葵の両親に対する態度からもそうなるだろうことは予測していた。もし連絡が来るとしても、一年、または数年ほど経ってからになるだろうと。

 葵からのメッセージは、久しぶりに会いたいというものだった。指定されていた場所はそう遠くない会員制のレストランで、時間は週末の昼間だった。その日は稲葉にも予定はなく、断る理由もなかったため快諾の返信を送った。返信を送った直後、葵から喜びのメッセージが返ってくる。こういったところは変わっていないのだなと稲葉は笑みをこぼしてから、葵が卒業してからまだ一ヶ月しか経っていないということに気が付いた。葵を担当していたのがすっかり昔のように感じられた。ふと目をやった窓の外の木々には、まだ茶色い葉が残っていた。


 葵との約束の日、指定された会員制レストランの前で葵は待っていた。仕事の時のスーツではなく、手持ちにある服でなるべく綺麗目に見える服を選んできた。しばらく待っていると、道の反対側から少女が手を振っているのが見えた。

「稲葉さん、お久しぶりです」

 それは西山葵だった。だが、卒業した時とは少し恰好が違う。ずっと施設で着ていたラフな服装ではなく、綺麗めのワンピース。それに、胸元まで伸びた髪も栗色に染まっている。施設にいた頃とは異なる雰囲気をまとっていた葵だが、その声や喋り方は全く変わっていなかった。丁寧で、だがどこか子供らしさが残ったままの明るい少女のままだった。

「お久しぶりです、葵さん」

 葵は稲葉の姿を見ると、稲葉の顔と体を何度か見比べていた。最初は葵が何をしているのかわからなかったが、稲葉はすぐに葵の言わんとすることが理解できた。

「私服で会うのは初めてだもんね」

 仕事では常にスーツを着ていたので、きっと稲葉の普段見ない服装に慣れないのだろう。葵は稲葉の言葉にこくこくと頷いた。

「今日は来てくださってありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。立ち話もあれですし、お店に入りますか?」

 稲葉は葵をレストランの扉の方へと誘導した。誘われた側が誘導するのはいかがなものかと一瞬迷ったが、恐らく葵の様子からこういったことに慣れていないのだろうと思った。

「そうですね、入りましょう」

 二人が店内に入ると、窓際のテーブルに案内される。全てのテーブルの間に仕切りのようなものが設置されていて、店内にはお洒落な音楽が流れていた。稲葉はこういったレストランには何度か訪れたことがあった。芸術家の中には素性を隠して活動している人も何人かいて、そうした卒業生と会うときに訪れたことがあった。おそらく芸術家御用達なのだろう。

 二人が席に着くと、すぐにウエイターが水とメニューを持ってくる。稲葉がメニューを開くと、そこそこ高級な洋食屋であることが分かった。値段は少し張るが、メニューは高級料理というよりも庶民的なわかりやすいものが多い。

「このお店、仲良くなった小説家の人が教えてくれたんです。こういうところの方が話がしやすくて、私が食べ慣れたものが多いんじゃないかって」

 稲葉はなるほど、と頷いた。この店を葵自身が選んだとは思っていなかったが、その友人の歌手は葵の事をよくわかってるようだった。稲葉はボロネーゼを、葵はオムライスを注文した。注文後すぐにサラダとスープが運ばれ、それらを食べ終わる頃にメインが運ばれてきた。

「お仕事の方はどうですか?」

 パスタをフォークで巻きながら稲葉は質問する。

「色んな人とお仕事できて楽しいです。私の絵を欲しいって言ってくれる人も沢山いて、しばらくは退屈しなさそうだなって思います」

 そう嬉しそうに言いながら、葵はおむらいすを小さな口いっぱいにほおばった。少しつたないスプーンの持ち方も、食べ物をほおばって咀嚼する姿も、施設にいた頃と変わらない。だが、初めて葵を路地裏で見た日とはずいぶん変わったと稲葉は思った。

 きっとこんな風に幼く、おとなしくはあるが明るさを絶やさないのが本来の彼女なのだろう。そう思うと、葵が施設に保護されてプログラムに通うことができてよかったのかもしれないと稲葉は思った。

「最近の仕事で楽しかったものはありますか?あ、もちろん教えられる範囲で、ですが……」

「どれも楽しいんですけれど、そうですね。特に、小説に使う絵を頼まれたときはすごく面白いなと思いました。作者さんにも会ったんですけれど、話していてすごく楽しかったです」

 葵の絵が大評判で様々なところに使われているのは知っていたが、その小説の話は稲葉は聞いたことがなかった。もしかすると、まだ出版されていないのかもしれない。

 葵はその後も、珍しい仕事の話や仲良くなった芸術家の人の話を沢山した。稲葉はそれを聞きながら、葵が本当に社会で一人の大人として働いているという事を実感した。

 話しているうちにお互いの皿の上は綺麗になり、いつの間にかウエイターに運ばれて行っていた。食後のコーヒーと紅茶もすっかり無くなってしまっていたので、二人は店を出ることにした。

 

 店を出て、二人並んで大通りを目的もなく歩く。ふと、葵が思い出したように話題を切り出した。

「そういえば、私が施設に行った日もこうして稲葉さんと一緒に街を歩きましたね」

 そう言われて、稲葉はそんなこともあったなと思った。あの時は葵に社会や街の仕組みの説明をしたのだったか、とぼんやりと思い出す。そう遠くない記憶のはずなのに、自分が何を語ったのか稲葉はよく思い出せなかった。

「私、あの日稲葉さんに色んな事を教えてもらってよかったなって思います。そうじゃないと、私は何にもしらないまま大人になっていたかもしれないから」

「そんなに大層なことはしてないですよ」

 葵の幸せそうな笑顔に稲葉は謙遜した。そんな風に言われるほどの事をした覚えは稲葉にはなかった。子供を守るのも、その成長を助けるのもプログラムの役目であり、稲葉の仕事はそのサポートに過ぎない。だが、葵にとっては違った。

「いいえ、稲葉さんだからこそだったと私は思うんです」

 葵は念を押すようにもう一度言う。これまでの葵であれば言わなさそうな言葉だなと稲葉は思った。たった一ヶ月の間だけでも、葵は確かに変化している。よく考えれば葵はまだ十一歳だ。他の子であればまだ成長途中の子供として扱われている年齢だ。社会の決まりに基づいて働いているとはいえ、葵も成長の途中なのだと稲葉は改めて自覚した。

「そんな風に言ってもらえるなら、まあサポート員としてはとても嬉しいですけれどね」

 稲葉が葵の視線に負けてそう言うと、葵は再びほほ笑んだ。

「そうだ、稲葉さんこれ」

 葵は何かを思い出したように立ち止まる。突然立ち止まった葵を稲葉は振り返る。葵は、持っていた鞄の中からスケッチブックを取り出すと稲葉に差し出した。

「稲葉さんが見たいって言っていた『神様』の絵です」

 葵のその言葉に、スケッチブックにを受け取ろうとしていた稲葉の手がぴたりと止まる。

「え……」

「ほら、卒業の日に言っていたじゃないですか。私の中の『神様』の絵が見たいって」

 葵はそう言いながら、空中で浮いている稲葉の手にスケッチブックを押し付けた。

 反射的に稲葉はそのスケッチブックを受け取る。だが、受け取ったまま中々開くことができなかった。まさか葵があの時の稲葉の言葉を覚えているなど思っていなかった。まして、本来は言うつもりのなかった言葉を覚えられていることも稲葉にとっては想定外だった。スケッチブックを受け取ったまま固まってしまっている稲葉を見て、葵は不思議そうな顔をした。

「どうしたんですか?」

「あ、いや、なんでもないよ」

 稲葉は葵の呼びかけにびくりと体を揺らした。今はとりあえず、このスケッチブックを開かないといけない。開いて、何かを言って、とそう考えながら、受け取った手と反対側の手で表紙をめくる。

 だが、その一枚目に描かれていた絵を見た時、稲葉の頭の中は真っ白になった。

 そこに描かれていたのは、稲葉の横顔だった。見間違えるはずがなかった。二十六年間見た自分の顔なのだから。誰を描いているのかわからないはずがなかった。写真家と疑われるほど精巧な絵を描くことができる葵が描いたのだから。

 鉛筆のみで描かれた、精巧な稲葉の横顔のスケッチ。少し太い眉も、くるりと回る前髪も、黒いスーツも、何もかもが知っている姿だった。横から見て、視線はこちらに向けている稲葉の姿が、確かに葵の手によってそこに描かれていた。

 表紙を開いたまま固まってしまった稲葉を気にせず、葵は声をかける。

「私にとって『神様』ってどんな人だろうと考えたら、稲葉さんだなって思ったんです。私をあの日見つけてくれて、ずっと支えてくれて、助けてくれた人だから。それに、稲葉さんは鉛筆画が好きだろうなと思ったので、鉛筆一本で描きました」

 葵の言葉を聞いて、稲葉はその場にしゃがみこんだ。ここが大通りの中心だという事も、葵の前だという事も全く気にすることなく。スケッチブックを抱え込んで、ただうずくまった。声にならない息が稲葉の口から洩れる。

 この子の中にしかなかった「神様」を、自分は殺してしまったのだ。

 稲葉がもう一度見たいと願ったあの葵の中の「神様」は、葵があの環境にいることでしか生みだされなかった。だから、葵をあの環境から逃れさせたことでその神様は消えてしまった。

 そのことを稲葉は酷く後悔し、自責した。葵が今の方が幸せであることを理解しながらも、あの神様がもうどこにもいないのだという事がどうしようもなく悲しくも悔しくもあり、心の中で涙を流した。

 しかし同時に、葵にとっての「神様」が自分であることに、どうしようもない喜びを感じていた。何者にもなれなかった自分が、社会に認められなかった自分が、この天才少女にとっての神様になれた。これほど嬉しいことはないと、稲葉は強くスケッチブックを抱きしめる。あまりにも純粋で、それでいて浅ましい喜びだと心の中で笑った。

「稲葉さん、大丈夫ですか?」

 葵の声が先ほどよりも近くでしたことに気が付いて、稲葉はそっと顔を上げた。声のする方を見ると、稲葉の横にしゃがみこんで稲葉の顔を覗き込んでいる葵がいた。

「体調悪いですか?」

 葵は心配そうに稲葉に声をかける。その姿を見て、稲葉は太陽だと思った。稲葉を見つめ続ける綺麗な瞳も、不思議そうにしながら微笑んでいる表情も、他人のどんな感情にも影響を受けない精神も。太陽のような少女に、稲葉は引き付けられたのだ。

「腰が抜けてしまって……手を貸していただいてもいいですか?」

 稲葉がそう言って片手を出すと、葵は立ち上がってその手を取った。

「珍しいですね、稲葉さんがそんな風になるの初めて見ました」

「そうかな、俺はいつもこんなものだよ」

 稲葉は葵の手を頼りに立ち上がる。葵の才能に惹かれ自分で引き抜いたくせに、その才能に嫉妬して酒に逃げたり、その絵のために煙の中へ飛び込んだりするような人間だと稲葉は自分の事を振り返った。

 現に今、葵の手助け無しでは立ち上がることもでない。稲葉は心の中で自嘲しながら、もう一度スケッチブックの絵をじっくり見た。

 葵から自分がこんな風に見えているのだと、稲葉はしみじみと思った。葵が見たものを、葵が感じたように出力する。あまりにも美しい表現だと稲葉は感動した。自分は果たして、こんな風に何かを残したことはあっただろうか。

 唯一、写真を撮ることだけは執念の様に続けていた。自分に残されたのは、自分が本当に向いているのはこれだというように、写真を撮り続けた。

 だが写真は「芸術」には含まれない。だからこそ、葵の写実的な絵が「まるで写真の様だ」と評価を受けた時、稲葉はとてつもなく怒り、悲しみを覚えた。

 見た物を感じたように出力することが芸術ならば、なぜ写真は芸術になりえないのか。社会に向けるべき鬱憤を、葵に向けそうになりすらした。

 この葵の絵を見て稲葉はようやく理解した。どんなに写真を撮っても、そこに表現が乗らなければ芸術ではない。表現が乗らない写真はただの記録に過ぎない。赤坂紅葉が好きだといってくれていた子供の頃に撮った写真は、きっと何かを表現しようと必死だった。だが今はどうだろう。ただ撮るだけになっていないだろうか。

 稲葉はスケッチブックから顔を上げる。葵はまだ稲葉の横に立ち、黙って稲葉の表情を覗き込んでいた。

「葵さんの写真を撮らせていただいていいですか?」

 心からの願いを隠すことなく稲葉は口から発する。大人としてあるべき姿や、元担当者としての振る舞いなど全く気にする余裕すらなかった。今はただ、葵の事を自分なりに写真に収めたいとそう思った。

「いいですよ」

 葵の快諾の言葉に、稲葉は鞄からタブレットを取り出す。葵から少し離れて、自分の思う葵の姿を写すことのできる場所を探す。タブレットを持ったまましばらく葵の周りを歩く。外からどう見えているかなど全く気にならなかった。ただ画面の中に移る葵の姿と、光と、風景を必死に見つめる。そして、自分の思う最適なタイミングでシャッターを押す。

 数分かけてたった一枚撮ることのできた写真は、葵を少し離れたところから全身を写したものだった。真上から差し込む太陽の光が、葵の栗毛色の髪に反射する。吹いた風が、細い髪とスカートをなびかせる。稲葉が撮った写真をタブレットで見つめていると、葵が近づいてきて画面をのぞき込んだ。

「稲葉さんが撮る写真、とってもきれいですね」

 葵は嬉しそうに稲葉の顔を見上げながらそう言った。その笑顔に、稲葉は無意識にタブレットを向けてシャッターを押していた。

「あっ、今撮りました?」

「と……った」

 稲葉は目を逸らしながら答える。自分の行動に稲葉は驚きながら、撮った写真を確認することなく消そうと指を動かした。

「見せてください!」

「えっ」

 勢いよくタブレットを覗き込もうとした葵の表情に、稲葉は固まる。しばらく二人はにらみ合っていたが、葵の期待の眼差しに稲葉は根負けして、削除ボタンから手を離した。撮った写真を拡大して、葵と一緒に見る。それはあまりにもブレが酷く、順光のせいでほとんど白くぼやけていた。

「ほら、やっぱり綺麗ですね」

 葵は嬉しそうに笑った。その笑顔につられて、稲葉もまるで子供の頃のように笑った。

「ああ、綺麗だね」

 太陽のように輝く葵の姿を、稲葉は愛おしそうに見つめた。



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