三十八幕 星見の塔

 

 結論から言うと、〈星の賢者〉というのは大昔の偉人のことらしい。彼はこの世界に天地別動説を唱え、センセーショナルを巻き起こした。それまでは魔力の存在は星の力を授けられているという考えが主流だったとか。

 星の動きや種類を次々に解析した彼は、それが魔力には何の影響ももたらさないことを証明してみせた。当時は大混乱だったようだ。

 

 しかし時が経ちその考え方も受け入れられると、今度はみんな星に関する興味を失ってしまった。この世界では直接的な影響を与えるのは魔力が最も強い力だと信じられていて、それに関する研究以外は後回しにされがちだ。今では魔力という概念のみが残り、大昔星の力だと言われていたことも、それを覆した学問も忘れ去られて久しい。

 

 彼はその後も生涯星に関する研究を続けたようだが、晩年の研究は学院の外でやっていたらしく資料が少ない。おそらくはその頃〈星見の塔〉を建て移り住んだに違いない。

 

「分かんないけど、この人が作ったのって多分天体望遠鏡だと思うんだよなあ〜……」

 

 彼の観測したデータはどれも精緻で、星の区別も明確に付けられていた。そのため〈天体を手元に呼び寄せる魔導具〉が発明されていたのではと、まことしやかな噂があったようだ。しかしそんな大それた代物が無くても、ユートの知っている物があればそれは実現できる。


「眼鏡はあるし、作ろうと思えば作れそうだけど……」

 

 この学院に来てから、眼鏡を掛けた人をちらほら見かけるようになった。この世界にもあるのかと初めは驚いたが、よく見るとレンズは厚く、全体的にゴツい。仕上げに魔法を掛けて軽くしているのだと知った時、この世界の脳筋ぶりについ笑ってしまったのは仕方がないだろう。かなり昔からある魔導具らしいので、当時からレンズの技術があった可能性はある。

 

 〈星見の塔〉は、例の魔導具と星の賢者が生涯をかけて取り組んだ研究成果が詰まっているとされる。しかしその姿を見た人は誰もおらず、今では星の研究自体も廃れてしまった。


「真剣に追い掛けているのは、彼の従者だったとされる白狼の一族だけ……か」

 

 セルドゥルの一族は祖先をさかのぼると、どうやら星の賢者の従者をしていた獣人になるらしい。今でも主の研究を信じ、この研究に価値があることを証明するために何か偉大な発見をしようと追い求め続けている。

 優秀で健気な、哀れな一族だと。

 

 確認した生徒からも先生からも言われたユートは、怒りや悲しみがない混ぜになった思いを胸に抱えて一人書庫に閉じこもった。

 調べ物がある時は帰らない場合もあるが、心配しなくて良いとアミィには伝えてある。それでもあの優しい子なら、気になって他のことが手につかなくなるかもしれない。

 

 今日はここに泊まろう。そう決めたユートは、以前見たヴァイスの魔法を参考に編み出した伝達魔法を発動した。小さな鳥が外へ羽ばたくのを眺めながら、ふかふかの座面に沈み込むように座る。


「本当はこんな事してる場合じゃないよなあ……」

 

 ぽつりと漏れた言葉は、静謐な広い空間の中でどこにも跳ね返らず消えてしまった。本来なら自分はここへ聖域について調べに来ているのだ、こんな事にかまけている時間は無いはず。この世界の抱える問題なら、自分が手を出さずともこの世界の誰かがきっと解決する。それこそセルドゥル達が、いつか悲願を果たすのを待った方が良いのだろう。

 それでも、この世界で良くしてくれた人達が悪く言われるのを放っておくのは嫌だった。

 

「なんか……もういいかなって思えてきちゃったり」

 

 ユートは初め確かに『帰りたい』と言った。その気持ちは今でも変わっていない。それでも、こうも糸口が見えないと諦めてしまいそうになる。何より、このままこの世界で生きるのも良いかもと思える程度には、ジャズと旅をした数カ月は楽しかった。

 

「帰るよりも手紙を送る方法とか、帰らなくてもいいって覚悟を決めた方が建設的なのかも……」

 

 机に腕を組んで顔を伏せると、元の世界にいる家族の顔が浮かんだ。ユートは別に悲劇的な物語の登場人物らしい出自という訳でもない。まあ五人兄妹だったのは今どき珍しい方かもしれないが、きょうだい仲は良い方だ。両親は放任主義で祖父母に預けられることも多かったが、かといって特別仲も悪くなく、貧困に喘いでいたことも無い。

 

 アミィ達と接していると、高校で寮に入るまでは実家で一緒に暮らしていた妹弟達のことを思い出す。甘えたがりの妹は可愛くて、末の弟は生意気だがよく面倒を見てやっていた。家族の事を思うとまた会いたいと思うが、すでに寮生活をしていたユートは、卒業したらそのまま一人暮らしをするつもりだった。

 それを思えば、ここでの生活がそんなに駄目なのだろうかという疑問が湧く。


「おれって薄情なのかなあ……」

 

 帰りたいという気持ちがそれほど強くなくなった今、ユートはここで出会った人々のためになる事と自分の事、何を優先するべきかわからなくなっていた。


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