三十七幕 星追い人の一族

 

 セルドゥルの家へ帰ると、アミィが食事の支度を整えて待ってくれていた。

 

「ただいま、アミィ。今日のご飯はなに?」

「今日は芋と豆のスープに、うすく切った干し肉を乗せたケチャなのですよ」

 

 ケチャとはこの世界のパンのようなもので、元の世界のナンのようなものだ。北の地域ではこちらの方がパンより安価に手に入る。アミィは料理上手で、いつも保存食を使っているのにバリエーション豊かなご飯を作ってくれた。

 

「アルクトゥはまだ帰って来てないんだ」

「アルクのおバカは、きっとまた一人で山に登っているに違いないのです! 帰ってきてもご飯出してやらないのです」

 

 アルクトゥはセルドゥルの弟で、学者を目指していないと言うが、一人でよく雪山を散策しているらしい。好奇心が強く、最初挨拶に訪れた時に質問攻めにされたユートは、いつかアルクトゥも学者になるんだろうなと微笑ましく思っていた。

 

 中々帰らない弟にぷりぷりと怒るアミィだが、昨日もそう言いつつ帰って来た弟にご飯を用意してやったのを知っている。クスクスと笑っていると、今度はアミィがもじもじとし始めた。狼族の顔は人より顔色が判別し辛いが、きっと人間なら頬を赤らめていた事だろう。

 

「あ、あの……ユートさんは、ジャズさんが次、いつ来るのか聞いてるですか?」

「うーん、あいつも結構気分屋だからなあ。こちらが忘れた頃にふらっと来そうだけど」

 

 ぴこぴこと動く耳が可愛らしい。この間彼らに挨拶をしに来た時、直接会えなかったジャズについて説明すると、アミィは「確かめないと安心できないです!」と飛び出してしまった。性格はさておき、見た目は明らかにガラの悪いジャズは怖がられやしないかとハラハラしていたが、帰って来たアミィはどこかぽーっとしてしばらくの間は上の空だった。家まで送ってくれたジャズの背を名残惜しそうに見送っていた姿は、今思えば完全に恋する乙女だ。

 

「……なんならご飯の差し入れでも行く? 言ってくれたらおれも送り迎えするけど」

「いえいえ! いいのです! ユートさんに迷惑は掛けられないのです。それに、あの学舎に入ったら本当はしばらく下との交流はしない決まりなのです」

 

 そんな決まりがあったのかと驚く反面、だからわざわざ食糧庫なんてあったのかと納得もする。正直、簡単に往復できる距離ならそれこそ家族が食事を届けてやればいいのではと疑問だったのだ。それに気になっていた事を尋ねるのに丁度良い話題でもある。

 

「そうだったんだね。もしかしてジャズを置いてきたのもまずかったかな?」

「交流をしないのは研究に集中できるように……だったと思うので、研究をお手伝いする分には大丈夫だと思うです」

「そっか。セルドゥルの前は確かバーバ? さんって言ったっけ。親しげだったけど、その人の時からそうなの?」

「バーバはわたしたちの叔父なのです。バーバだけじゃなく、ずっとずっと昔からそういう決まりなのですよ」

 

 にこりと笑ったアミィが、食べ終えた皿を持ってぴょんと立ち上がる。「外から来たお客さんにアミィが分かりやすく説明したげるです!」と言ってパタパタと駆け回る姿に癒やされながらユートも手伝う。

 セルドゥルの家は学者らしく本が沢山あった。しかしそれだけでなく、研究資料なのか、何事かをびっしり書かれた紙束もそこかしこにあった。アミィがそれらを丁寧に運んで来て机に並べる。

 

「これが先代のバーバおじさんの研究で、こっちがその前の更に前のアトゥおば様の、これはその前のドゥーテ兄さまので、こっちはその前のエトゥおじさまのなのです」

「これってもしかして全部……」

「星雪の学舎で研究した先人さまの残してきたものなのです。本にならなかった時はこうして研究者の血族が代々受け継ぐ決まりなのです」

 

 エヘン、と得意気に胸をそらす姿は大変可愛らしいが、ユートの頭の中では今まで聞いた話が急速にパズルのように組み上がってきていた。

 

「ねえ、アミィ、セルドゥルは学院で一番の人が学舎に入れるって言ってたんだけど、皆そうなの?」

「はいです! みなさま学院に通って卒業時に一番を取ってるです。一番の人しか学舎に入る資格を認めてもらえないですから!」

「そう……じゃあアミィの一族って優秀なんだね」


 そう言ってあげるとにこにこ笑う。そこには学院で感じた研究を馬鹿にする用な風潮を知る様子は一切無かった。これはこの家の人達と外で、決定的な温度差があるかもしれない。

 ユートはその場では深く聞かず、学院でどう言われたかも黙っておくことにした。彼らが傷つくのは嫌だったし、ジャズも本気で取り組んでいる学問が学院の人達が言う絵空事だとは思えなかった。

 

 翌日ユートは学院で今度はもう少し慎重に、星や天体に関する研究、〈星雪の学舎〉と呼んでいるあの施設が一体何なのかを聞いて回った。

 

 すると驚くべきことに、卒業時一番の成績優秀者が学舎で冬籠りの研究をするという風習自体はあるものの、今ではほとんど廃れたものだと分かった。唯一ある一族だけが毎年星の研究をするために必死に一番を目指しているが、他の人間は一番になってもその権利を辞退することすらあるのだとか。

 普通に考えたら、ただ研究をするのに雪山に籠もる必要はない。世俗から離れるためとか研究に集中するためとか色々な理由が言われて続いている慣習らしいが、彼らからすればいい迷惑だろう。

 それこそ、雪山でこそ観測しやすい星の研究をする者を除いては。

 

「星追い人の一族だって有名だぜ。あんなに成績優秀者が多い血族なのに、勿体ないよな」

 

 そう言って笑うマイルズに、他意は無いのだろう。しかし家で一族を誇らしげに語ったアミィや、雪山で一人研究に励んでいたセルドゥルを思うと、ユートはやりきれない思いでいっぱいだった。

 

 そもそも何故天体についての研究がこうも軽視されてしまっているのだろう。現代の知識があるユートからすれば、天体や星についての学問が立派な一つのジャンルとして成立していることを知っている。

 確かに現代でいう占星術のような話を科学と並べてされると面食らってしまうが、魔法のあるこの世界ならそんなもんなのかな、としか思っていなかった。

 

 何かあるはずだ。

 ユートは肝心の聖域についての調べ物はそっちのけで、セルドゥル達の言う星の賢者について調べ始めた。


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