三十二幕 詰問の時間

 

「じゃあ、ユートはこれを持って街に降りてね。多分森に入れば僕らの通ってる道が分かるはずだから、それに従って真っすぐ進んで。街に入ったら畑のある赤い屋根の家を訪ねるんだ。中には僕の弟妹が居るはずだから、この手紙を渡したらきっと泊めてくれるよ」

 

 そうと決まれば、と翌日の早朝から手紙を書き出したセルドゥルは、荷物を背負ったユートに笑顔で差し出した。その顔には警戒や恐れは微塵もなく、たった一日でこれ程までに信用されると思っていなかった俺達は目を合わせて苦笑する。

 

「わかった、本当にありがとう。でも、こんな簡単に人を信用したら危ないよ?」

「二人は良いんだよ! 信用できる人かどうかなんて、僕らの鼻にかかれば一日で十分さ」

 

 得意気に鼻を鳴らす姿は愛嬌があり笑いを誘った。ユートもそれならと笑って受け取る。俺はその流れの中にごく自然になるように一歩踏み出した。

 

「俺もここで世話になるんなら一緒に挨拶はした方が良いだろ。ついでに食糧も調達してくる」

「確かに、ここの蓄えは1人分だからね。それなら特に魚をいっぱいお願い! もう残ってるのはほとんどお肉ばかりなんだ。僕はもう飽きちゃったよ……」

 

 耳まで垂れ下げて全身でしょぼくれた表現をするセルドゥルを、魚と調味料を買ってやるからとなだめつつユートに目を向ける。視線が合うと俺の意図が通じたのか、苦笑して浅く頷いた。見送るセルドゥルに背を向け歩き出して数歩、俺は鋭く釘を刺す。

 

「道をならしながらゆっくり行くぞ。道中聞きたいことは山ほどあるからな」

「はいはい、分かったよ」

 

 小屋を出てすぐ、雪と岩のむき出した斜面を少し下ると徐々に木や植物の生える場所に来た。反対側ではもう少し下らないと無かったはずなので、こちら側は少し環境か植生が違うのかもしれない。

 セルドゥルが言っていた通り、木々が密集してくると道のように踏みならされた一帯があることに気付いた。人一人分がようやく通れるほどの細道は、なるほど獣道だ。

 

「これが道だったのかあ。昨日は全然気づかなかったや」

「まあ、人間用の道じゃねえな」

 

 二人で植物を踏みならし、気持ちばかりだがもう少し道らしくなるよう整えていく。ここまで来ればセルドゥルの獣耳でも会話を拾えないだろう。そう考えた俺はようやく本題を切り出した。

 

「それで、お前何で一人で神聖都市に行きたいんだ」

「あー、うん。別に一人で行きたいって訳じゃないんだけど……聖域について調べるのはしばらく一人でやろうかなって」

「……何か考えがあるのか」

「仮説なんだけどね。ただ、実際に行ったことのあるジャズも一緒だと話がややこしくなる気がして……。まずは、ここの人達が聖域をどう認識してるかが知りたいんだ」

 

 パキリ、と足で折った枝が乾いた音を立てる。ユートお手製の防寒着は小屋に置いてきたので、少し厚着しただけの俺は乾燥してきた喉を温めるように白い息を吐いた。

 

「ならなぜそう早く言わない」

「あの場で聖域の事なんか話したら、おれまでセルドゥルから離してもらえなくなっちゃうよ。学者根性っていうか、知識への探求がすごいよね」

 

 夕食後、打ち解けた俺達はセルドゥルご自慢の本棚を見せてもらうことが出来た。代々星雪の学舎へ来た人間が持ち込んできたものらしく、ジャンルも年代もバラバラのそれは知識人なら垂涎の代物だろう。紹介する間に興奮してきたセルドゥルは、こちらがそろそろ寝ようと止めなければ一晩中語り続けていたに違いない。

 

 思い出して笑うユートに嘘は見えなかった。それでもどこか腑に落ちないものを感じつつ、俺は無理矢理疑問を飲み込む。誰だって聞かれたくないことはある。俺だって、確定するまでは情報を明かさない事はよくあった。ユートにだけ全て話すことを強要は出来ない。

 

「……はあ。じゃあ、しばらくは別行動で良いんだな」

「うん、大丈夫。一人で手に負えない事が起きたらちゃんとジャズを呼ぶよ」

 

 確かめるように言い含めると、心配が伝わったのかユートが柔らかく微笑む。俺も今度はしっかり頷いた。

 

「他には何か聞きたいことある? いっぱいあるって言ってたけど」

「あー、まあ、答えたくなきゃ良いんだけどな。お前、体術なんていつ習ったんだ?」

 

 きょとんと首を傾げるユートに、昨日のセルドゥルを組み伏せた一件だと説明すると合点がいったように頷いた。

 

「ああ、あれはギルドの人に教えてもらったんだよ。確かリックさんだったかな? ほら、ジャズが顔見知りだからギルドに行けなかった事があったでしょ」

「ああ……あの時か。あいつ体術なんか出来たのか」

「ギルドで荒事も無いわけじゃないから、街の兵士さんに時々お金払って頼んでるんだって。おれはちょっと面倒な依頼を受ける代わりにってお願いした」

「……そりゃ元々受ける予定だったやつだろ。悪どいな、お前も」

「強かだって言ってよ。ジャズは狙った依頼が受けれて、おれは護身術が学べて、リックさんはギルドの評価が上がる。三方良しってやつでしょ」

 

 すました顔で肩をすくめるこいつは、出会った当初に比べて本当に強かになったと思う。世間知らずのお坊ちゃんみたいだったのが、荒事にも慣れたギルド職員を手の平で転がすようになるとは。

 

「そんなもんかな。他になにかある?」

「……いや、もうない」

「そ。じゃあおれからも一つ聞いて良い?」

 

 斜面は大分なだらかになり、もうむき出しの顔を刺すようだった冷気も無い。ほとんど街のはずれといえる場所まで降りたところで、ユートが不意に真顔になって俺を見た。

 

「なんでジャズは学者じゃなくて冒険者になったの?」

 

 

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