仕組まれていた悲劇

 全員に再び緊張が走る。今の一言で十分すぎる程理解した。つまりこの異常事態はドルモ大尉の計画、自分は安全な場所へ避難した。しかも何らかの目的があっていまだ様子見をしているのだ。


「襲いかかってくるのは未知の生物でも何でもない、最新型兵器のデモンストレーションってところだ!」


 地球では今戦争が起きている。外宇宙進行計画において意見が真っ二つに分かれているからだ。新しい外宇宙を目指そうという意見と、今の研究を維持しようという勢力が争いを始めている。ドルモは前者だったということだ。

ステーションを事故に見せかけて全て廃棄する、そして新たな戦力と実績を手土産に次のステップに進もうとしているのだ。


「ってかなんで私!?」

「あのオヤジお前にアプローチ何百回もしてただろ。お前が言うのが一番嫌味になるんだよ!」


 そう叫ぶとレスカが心の底からといった感じで「気持ち悪い!」と叫ぶ。気づいてなかったのかよ、と内心つっこみつつ。皆にいつもの空気が戻って来たのを感じた。


「今の録音しておいたからあいつに送ってやれ。さあ、全員頭を切り替えろ。人間と新しいAIの化かし合いの始まりだ!」


 システムが反応しないはずだ、おそらく新兵器はすべてのAIを圧倒する次世代AIなのだ。当然人間がAIに勝てるはずもない。

 そして、どうしても引っかかっていることが一つ。


(最後の生き残りはどうしてそれを自分の口で伝えようとしなかった? どうして音声だけを残したんだ)


 何故自分が助かる道を選ばなかったのだろう。動けない状態にあったのなら、脱出ポットではなく通信データを送れば済む話なのに。そちらの方が確実で早い。


「!? カズキ、ポッド近くにいるな!」

「はい!」

「どうせこのまま待っても死ぬだけだ、賭けるぞ。ポッドをヴァーチェにつなげ!」

「え?」

「連絡をするだけならポッドを送る必要は無い。それには何かが託されているんだ。消滅した彼らも真実に気づいていたとしたら、仲間に反撃手段を送った可能性は高い」


 もはやそれにすがるしかない。自分たちがたとえ生き残ったとしても口封じが待っている。できる事は何でもやる、諦めないことが生き残る唯一の道だ。


「全員死んだら責任とってくださいよ!」

「天使様にお願いでもしておくよ、俺だけ地獄に落として全員天国に行かせてくださいってな。俺は日ごろのお祈り欠かしたことないからなんとかなるだろ」


「笑えるようで笑えませんけど、一週まわって笑えてきました。いきますよ!」


 カズキはヴァーチェを設計した研究者の息子だ。ヴァーチェについては誰よりも深く理解している。


「じいちゃんから教わった何だっけな、非常事態に言うの。えーっとナムアミダブツ!」


 謎の言葉をいうとカズキは脱出ポッドとヴァーチェをつないだ。その瞬間館内に凄まじいアラートが鳴り、モニターにはめちゃくちゃな映像や言語が現れ始める。


「各機影響は」

「ヴァーチェ沈黙後に完全に切り離したので、戦闘機などは今のところ何も」

「准尉! て、天使が!」


 通信を入れてきたのは左舷を守っている兵士の一人だった。超光学カメラで撮影した画像を送ってきた。


「なるほど、これは天使にしか見えないな。全長何キロだ」


 引き攣った顔でビジターは震える声でそうつぶやく。宇宙ではスケールの確認は難しい、パイロットも混乱していて比較用の数値を入れ忘れたようだが。戦闘機から肉眼で確認できる距離にこの大きさ。そんなに至近距離ではないとなると、果たして何キロ……否、何十キロの大きさなのか。

 そこに写っていたのは一見クリオネのような白い塊。縦に細長い光の筋に翼のようなものがいくつも見える。頭にはまさにクリオネの角のようなものが見えた。


「輪っかが付いていないから天使じゃないんじゃないですかね?」

「冗談が言える位にはメンタル安定したな」


 先ほどまで怯えていたオペレーターに軽口を返すと、各戦闘機の動きをチェックする。もちろん既に攻撃は始めているがまるで効果がないようだ。


「ミサイルの類はダメか、爆発そのものがしていない」


 あれがAIだとしたら、いよいよ夢物語とされていたナノマシンが完成しているということになる。自在に形を変え宇宙環境にも適応し、たまさに最強の兵器だ。


『セットアップ完了、安定確認。アラートが止まりません、あれはなんですか』


 モニターにそんな言葉が表示された。


「こちらの天使殿も起きたか」

「で、ではまさか」

「ああ。ポッドにはあのナノマシンの初期化された状態のものがあったんだ。俺たちは脱出ポッドだと思っていたが、もしかしたら脱出ポッドそのものがナノマシンで構成されているのかもな。人が乗らなかったのは学習させないため。あくまで初期化の状態で届けるためだ。……恩に着る、勇気ある誰かさん」

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