天使vs天使

 記録音声はクリアだったのに「天使」の言葉は少し訛りがあったように思える。英語圏の人間ではないのだろう。


「まっさらならこれから学習するチャンスですけど。あそこまで成長した食いしん坊に対抗できる成長は間に合わないですよ」


 レスカがわずかに悲しそうにそうつぶやいた。あちらは八つのステーションとそのAI、すべての人間を飲み込んだ存在。一体どんな学習をしたのか。天使の形をしているのなら、死に怯えて神に祈る者たちを取り込んだせいで宗教的な学習をしているのかもしれない。


「まさに自分は神だと勘違いしてるちょっと残念なAIか。お前はあんな馬鹿にならないでくれよ」

『馬鹿。愚か者。あれは、取るに足らないということですか』


 自然と会話を始めているビジターに全員が目を丸くする。宇宙ステーションの生活が長いとはいえ、唯一戦争に参加したことがあるビジターだ。普通の人ならパニックになってしまう時こそ冷静になるからと部下からの信頼も厚い。


『天使とはなんですか』


 その質問に全員が緊張する。受け答えを間違えてしまえば、すぐにあれと同じ存在に成長して全員を食い尽くしてしまう。


「お前の中に人間の音声が残っているだろう」

『これですね』


 そこに表示された言葉に全員がキョトンとしてしまう。表示されていたのは「天使」ではなかったのだ。


「え、あの、これ」

「あーなるほど。訛ってたからなあ、勘違いしちまったか」


 anger


「その質問に答える前に、まずお前の名前が決まった。エンガー、いやアンゲルかな」

『アンゲル。単語の発音と違いますが、怒りでよろしいですね』

「ああ。怒りってやつを参考にするならこの会話を聞いて学習してくれ」


 送ったのは先程のドルモが気持ち悪いとレスカが叫ぶところだ。


「何送ってるんですか、もう!」

『望まないことを不愉快に感じる。なるほど、理不尽なことに対して感情をあらわにすることですね。私は何に怒れば良いのですか』

「とりあえず目の前にいるハラペコ天使だな。多分お前の存在を嗅ぎつけてこっちに突っ込んでくるから、力天使ヴァーチェスの名前にあやかって思う存分暴れてくれ」


 ビジターは自分が培ってきた戦争のノウハウをまとめたデータを送った。戦いを教えるのは、正直先の読めないフィフティーフィフティーの賭けだ。だがもうこれしかない。


「お前には心理戦を教える。勝つには今それしかない」


 とりこんだ人間たちはリアルの戦争を知らない世代だ。天使は間違いなく戦い方を知らないはず。 


『分りました。私に言い寄ってくる気色の悪いクソ野郎を分子にして差し上げます』


 その言葉にパイロットたち全員が爆笑する。レスカとドルモそのものだ。それにさっそくビジターのしゃべり方を学んだらしい。


「協力するぜアンゲル、指示をくれ」


 各パイロットから次々と通信が入った。


『ご協力感謝します。では天使に学ばれる前に消滅させる必要がありますので。最も短期決戦で最も卑怯でまったく自慢できないハウンドドッグ作戦で行きます』

「一言も二言も余計だ、まったく」


 次世代AIの教育速度が異様に早い。それにほんの少し恐怖を抱きつつも、良い方向に転じたことに全員安堵する。


「アンゲル。間違ってもあいつから学びを得ようとするなよ。前時代の化石戦略しか持ってない年寄りが作ったものなんていらん」

『わかりました。ご忠告感謝しますマスター』

「俺がマスターかよ」


 やれやれといった感じのビジターにレスカがケラケラと笑った。


「そりゃそうでしょ、ちゃんと責任取ってくださいよ」


 地球の半分の勢力を敵にしたということになる。この先果たしてどんな政治的圧力と駆け引きが生まれるのか想像もつかないが。とりあえず今は、やることが決まっている。


『さて、愚かな天使。気色悪いのでブチ殺します』


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