第56話 手合わせ

メルクスは冒険者ギルドに紹介され、"金戦華"の幹部であるベルガさん一向に護衛を依頼することになった。


その流れでこちらの実力を知ってもらうため、ララとベルガさんに手合わせをしてもらうことになる。


その話がまとまると、普通に食事をして解散となった。





宿に戻るとララに手合わせのことを伝える。



「ララ。明日、商会が次に護衛の依頼をするチームの代表と手合わせをしてもらいたいんだが」


「手合わせ?それ自体は良いけどギルドに行くと私の正体が……」



彼女にとって当然の懸念点に俺は答える。



「あぁ。だから実戦を想定してということで、街の外でやってもらうことにした」


「なるほど。まぁそれならいいわ」



正体がバレることを避けられるのなら問題ないということで、ララはそう答えると相手について尋ねてくる。



「相手はどのぐらいの実力なの?」


「ギルド長の話じゃA級の中位だ。今日の格好ではどんな武器を使うのかわからなかったけどな」


「え?なんで護衛の依頼を受けるのに武装してないのよ」


「女だってことで不安がるか、それを理由に値切ってくるような相手なら断るつもりでわざと女であることを強調したんだってさ」



"遺跡"において、貴族などの立場ある人間から護衛依頼が来ることもあるらしい。


事情は様々だが、一番多いのは義務のようだ。


国内の貴族は10代のうちに王都の貴族学院へ通うことになっており、義務として一度は"遺跡"での探索が義務付けられているそうな。


貴族の子女を危ない目に遭わせていいのかという疑問はあるが、先代の王が色々と理由をつけ、強権を使ってそう決めたらしい。


よく反乱を起こされなかったなと思い聞いてみると……どうやら先代の王には特殊なスキルがあったらしく、それも使って押し通したのだと聞いた。


とにかく、そこで"遺跡"の探索に慣れた冒険者を雇うことになるのは必然で、そんな依頼者の中にはも仕事に含めようとする者がいるそうだ。


そんな話があっても"金戦華"では受けていないらしいが、冒険者の中には貴族とお近づきになれるかもと受ける人もいるのだとか。


それ自体は本人の自由だとは思うも、その影響で望んでもいない人が言い寄られるのは気の毒だな。


まぁ、少なくともベルガさんは美人だったので、お相手してもらいたいという男の気持ちが理解できないわけではないのだが……護衛してもらう相手を無駄に疲れさせるのは論外だろう。


それを言うと、彼女から「護衛は別に用意するつもりだったようで……」と返された。


主な目的はだったらしい。


そういったこともあり、ベルガさんはああいった形で相手を見極めていたというわけだ。


国に対するギルドの影響力が30年前より落ちているのか?


"魔境"への対応に冒険者の力が必要だからと、個々人の権利は結構な度合いで保護されていると聞いていたが……


ベルガさんからの話を聞き、ララは嫌な顔をする。



「先代の王ねぇ……それはともかく、そういう奴は昔もいないことはなかったわね。30年も経つと増えるのかしら?」


「さあ、どうだろうな」


「まぁ、事前に交渉してくるだけまだマシだけどね。美人ならいきなり襲われてもおかしくなかったし」


「そういうものか」


「そういうものよ。だから自分が力をつけるか、力を持つ相手を味方につけるのが当たり前なの」


「向こうは大手の冒険者グループらしいんだけどな」


「大手って言っても、規模によるんじゃないかしら?」


「その人は20人を連れていて幹部って言うぐらいらしいが」


「だとすると全体で100人ぐらいいてもおかしくないわね。とはいえ、所属している人間が全員強いとは限らないでしょう?大きい団体なら細々したことを任せる人間を雇ったりするでしょうし、そういう脆い所を突いてくる連中もいるでしょうからね」


「大手だろうが気は抜けないと」


「そういうことね。まぁ、明日の手合わせについてはわかったから……今は夜の手合わせってことで♡」


スッ



そう言うとララは俺に身を寄せてきた。


道中では流石にできないので、人里で夜を過ごす際には基本的にこうなる。


俺もやぶさかではないのでそのお誘いに乗り、翌日に影響が出ない程度の手合わせをすることにした。







翌日。


昨夜は手合わせと言うより勝負になってしまったので、俺とララは身体をゴーレム化して体力を回復すると身支度を整えた。



「では、私は仕入れのほうを。そちらは頑張ってくださいね」


「ええ」



朝食を取り、メルクスに見送られながら宿を出た俺達はベルガさんとの待ち合わせ場所へ向かう。


待ち合わせ場所は俺達が入ってきた南側の門だ。


早い時間だと通るのに時間がかかると思い、朝としては落ち着いた時間にしてあったのだが……



ワイワイ……ガヤガヤ……


「なんか人が多いな」


「収穫期だから入る人が多いのはわかるけど、出る人も多いのはなぜかしら?」



この時期は収穫した農作物を売りに来る人が普段より多いので、この時間でも街に入ろうとする人間が多いのはまあわかる。


そして朝早ければ、外で魔物を狩ったり採集したりで外に出る人間が多いのもわかるのだが……この時間にしては多すぎるな。


その疑問には門の近くにいたベルガさんと、何故か彼女と一緒に居たギルド員のマリベルさんが答えてくれた。



「おはようございます」


「おはようございます」

「お、おはようございます……」



何やら気まずそうなのはベルガさんだ。



「どうかされましたか?」


「その……手合わせの件が広まってしまいまして、見物しようとしている人が……」


「え、あれって見物人なんですか?」


「おそらくは」


「……」



めちゃくちゃ多いかと言えばそこまで多くはない。


手合わせは昨日の夜に決まったことだし、今日も普通に仕事へ行く人が多いからだろう。


しかしそれでも門の内側には200人ぐらいの人がいて街の外に出ようとし、荷物の少なさから彼女達の手合わせを見物しようとしている人が多いように見えた。



「どうして広まったんですか?」



その疑問にギルド員のマリベルさんが答える。



「ベルガさんからベルウェイン商会の護衛を引き受けると報告を受け、その手続きをしていた際に手合わせの件が話に出まして。紹介した手前、気になったのかギルド長もその場に居たのですが……ベルガさんはこの街の出身ですし、女性だからと侮られないようにその実力をアピールしてはどうかと言い出しまして」


「手合わせの件をギルド長が広めた、と」


「はい」


「こちらには連絡が来てないんですが……」


「向こうも実力を示せるので問題はないだろうと」



まぁ、密室ででもやらない限りは誰かに見られる可能性はあったのだし、それを前提にしていたので困りはしないのだが……



「でも貴女が連絡することはできましたよね?」


「う」

「……」



俺の言葉にマリベルさんは気まずそうにし、その隣からベルガさんが困った顔で彼女を見ている。


そんな彼女は武装しており、当然鎧を身に付けているが昨日見た通りに胸部が盛り上がっていた。


髪の色といい体型といい、なんか似てるなこの2人。


そう思っているとベルガさんが俺の疑問に答える。



「申し訳ありません。この娘も私を思ってギルド長の提案に乗ってしまったようでして」


「え、マリベルさんとはどういったご関係で?」


「マリベルは私の妹です」


「あー……なるほど?」



つまり、マリベルさんは姉であるベルガさんのためにギルド長の提案に乗ったのか。


姉をわざわざ"ベルガさん"と他人のように言っていたのは、一応ギルド員として公私を分けているという体裁を保つためか。


実際には思い切りベルガさんに忖度しているのだが……まぁ、大手の幹部だとしてもこの街までその威光が届いているわけではないようだし、個人としてA級中位の実力があってもそれを見たことがない人からは侮られたりするようだからな。


それはベルガさんが無駄に力をひけらかさない人だということでもあるにしても、マリベルさんとしては思うところがあったのだろう。


強いことが知られればそれだけ無礼な手合いも減るだろうし、姉を心配する妹ということであれば理解はできる。


なので……俺はララに視線を向けた。



「構わないわ。こちらとしても変に絡んでくる人間が減るのは好都合だし」



イスティルで護衛団の男達から身体を要求されたこともあるので、彼女としても実力を示しておいたほうが良いと判断したようだ。


その答えにベルガさんはホッとした顔を見せる。



「ハァ、そう言ってもらえると助かります。人によっては実力を隠したいでしょうから」


「いいわ。それよりこの事を気にして手合わせで遠慮しないでね」



そう言ってララが手を差し出すと、ベルガさんはそれを握り返して頷いた。



「ええ。ランクは近いのだし、手加減する必要はないでしょうからね」



そんなわけで……予定通り彼女達の手合わせが行われることが決まると、そこでこの状況の元凶であるギルド長が姿を見せる。



「おう、決まったか。じゃあ始めようじゃねぇか」


「いや、悪びれるぐらいはしてくださいよ」



俺の言葉に彼は笑う。



「ハッハッハ!いいじゃないか、どっちも実力を宣伝できるんだからよ」



ベルガさんの言うように実力を隠したい人はいるだろうが、持てる力を誇示する人が多いのもまた事実だ。


優れた物があればそれを、突出した身体能力があればその実力を示したいという人は前世にだっていたからな。


なので俺はギルド長を厳しく追及する気にはなれず、揃って街の外へ出る手続きに臨むのだった。





そうして街の外に出ると、街道から離れた場所でララとベルガさんが対峙する。


それを街道の方から観衆が見ており、俺はギルド長やマリベルさんと共にその中間辺りに居た。



「……」


「……」



武器を構える2人。


ララはいつも通りの装備で"境核"の守護者から手に入れた両手剣、ベルガさんはショートソードの二刀流となっていた。


ベルガさんの剣はどちらも一見して普通のショートソードなのだが、大きく違う点として鉄身にいくつかの直線的な筋が走っている。


その根元は柄のほうにあるらしく、筋は柄の中から伸びているようだ。


フラーってやつかな?


詳しいわけではないが……軽量化や剛性の強化、それに重心のバランスを調整するためにああいった細工をすることがあると聞いたことがあるのだ。


そんなことを思い出しているとギルド長が右手を上げる。



「じゃあ、取り返しがつかんような怪我はするなよ!始め!」



言い終えると彼は右手を勢いよく振り下ろし、それを合図に2人の手合わせが始まった。

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