第52話 襲撃
イスティルを出立して初日の夜、護衛団がシフトを決めて夜間の警備に当たる。
俺とララはあくまでも同行者なのでそのシフトに入らなくてもいいが、商隊側から誘われたとはいえ護衛対象になっているわけではない。
なので自分達の身は自分達で守らなければならず、2人で一定の時間ごとに交代することとしてまずはララが見張り番をすることになった。
順番はどうでも良かったのだが、護衛を自負する彼女が自ら申し出たからだな。
そうして就寝準備に入ると、俺は荷車の木箱を一旦下ろして荷台の床を掴む。
「何をしてるんですか?」
あちらも休もうとしていたであろうメルクスが俺の行動に興味を持ったのか、近寄ってきて聞くのでそれに答える。
「寝る準備です」
ズズッ
俺が掴んだ床を手前にずらすと、その下から別の床が現れた。
つまり、この荷台の床は二重になっていたわけだな。
そして荷台の端が段差になっているので、そこへずらした床の端を引っ掛けて下側の床との段差をなくす。
その後に引き出した側の床を支えるため、下部に柱となる角材を立てて荷台は倍の広さになった。
広くなった荷台にはいくつかの四角い穴があり、そこへ角材をはめ込んで箱状の骨組みを立てると大きな布を被せてテントの完成だ。
それを見てメルクスは納得のいった顔を見せる。
「あぁ、テントを建てていたのですか」
「ええ。ルルもいますし、休むときにはこうしたほうが良いかと」
「なるほど。女性ですし寝姿は見えないほうが問題は起きにくいでしょうね」
彼は護衛団を気にしつつそう返す。
出発前のやり取りもあり、ララの寝ている姿が見えれば良からぬことを考える者が出てくるかもしれないという懸念はすぐに理解されたようだ。
こちらとしては、それに加えて彼女が他人に顔を見せられないというのもあるが。
「まぁ、俺も交代で見張りをやりますしこれで大丈夫でしょう。そちらも商会の方が見張りをやらないわけではありませんよね?」
「ええ、もちろんです。2人ずつ見張りをやる予定で、私もやることになってますので」
メルクスは行商の経験を積ませるために商隊へ参加させられているので、夜の見張りも他の商会員同様にこなさなければならないそうだ。
2人ずつならもう1人は経験者にしてあるだろうし問題はないだろうな。
その後は明日の予定を確認し、それぞれ休むことになった。
しばらくして、口に滑る感触が生まれたことで目が覚める。
チュ……チュルル……
「ん……んん?」
目を開けると……焚き火の灯りが僅かに入るテントの中、俺の上に覆い被さるララがいた。
彼女は俺の目覚めに気づくと唇を解放する。
チュパッ
「フゥ、そろそろ交代よ。朝まで私がやってもいいけど……」
「いや、代わろう。スキルで身体能力が上がるとは言え、精神的なストレスが消えるわけじゃないだろう」
「まぁね、チラチラ見られてたし」
護衛団の男達からか。
男所帯に女が1人だけいれば目立つしそれ自体はわからなくもないが、出発前のことを考えると不快ではあっただろう。
やはり交代すべきだな。
そう考えると俺はテントから出てララを中へと促す。
「ほら、入って寝な」
「じゃあ、後はお願いするわ」
「おう」
そんな言葉を交わすと俺達は入れ替わり、俺は周囲を確認しつつ索敵を行う。
焚き火の灯りが届く範囲には護衛団のメンバーやベルウェイン商会の会員しか見当たらず、魔石の反応も商会の積荷や人が持っているものだけなのか動かないものしか存在しなかった。
そう確認すると自分達の焚き火の傍に座り込んで朝を待つ。
護衛団からは少しこちらを窺うような気配を感じるも、それ以上のことは何もなく夜は過ぎていった。
翌日、俺達は野営地を出発し……何事もなく、夕暮れ時に今回の旅で最初の村へ到着する。
"遺跡"への道中にあるからかイスティルほどではないがそれなりに大きく、施設も俺やララが最初に立ち寄った村に比べると充実していた。
収穫期で物流が増える、客が多い時期にしか稼働しない施設が多いという話だったが。
そんな村で商隊は1日だけ商売をするそうで、基本的には"遺跡"へ物資を運ぶほうが儲かるかららしい。
なのでこの時期はどちらかと言うと"遺跡"で需要のありそうなものを買い付けるのが目的であり、販売に関しては近場だけで行商をしている商人にその機会を譲っているということのようだ。
そんなわけでその日1日は待機となり、俺達は翌日に村を出た。
「ここまでは順調かな?」
「そうね。ただ次の村までは3日ぐらい掛かるし、途中で森の中を通るから賊の襲撃を受けやすいのよね」
道中、俺の言葉にララがそう返す。
「この辺りのことに詳しいのか?」
「少しはね。頻繁に来てたってわけじゃないけど、自分の身を守るためでもあるし」
彼女は困っている人々を救うため割に合わない依頼も受けていたそうだし、それでこの辺りのことも多少は知っているということだろう。
「なるほど。それじゃそれなりに詳しくもなるか」
「まぁ、私の場合はあくまでも昔の話だけどね」
ララの言う昔とは30年前のことなので、今とは事情が違うかもしれないということだな。
ただ……
「昨夜の打ち合わせでも賊や魔物の襲撃は懸念されてたし、その辺りのことはルルの話とさほど違いはないだろうな」
他人に聞かれている可能性を考慮して、ララをルルと言い換えて返した俺に彼女は頷く。
「そうみたいね。それがなくても警戒はしておくべきでしょうけど」
「違いない」
そんな話をしながら進むとその日は野営となり、次の日の午後には森へ入ることになった。
ザッザッザッザッ……
ガラガラガラガラ……
森の中へと続く道に入る前、小休止を取って人や馬の体力を回復した俺達は警戒を強めながら進入し始める。
「み、皆さん!警戒を怠らないように!」
不安なのか車上からメルクスが声を上げるが、護衛団は余裕がありそうな雰囲気だ。
そんな中から護衛団のリーダーであるサベリオが応える。
「大丈夫ですよ。皆それなりにやりますんで」
「は、はあ……」
事前にメルクスから聞いた情報では、今回の護衛団に遠距離の護衛依頼をこなしたものは数名だけだった。
それ以外の者は近距離か未経験が多いと聞いていたが、腕に自身があるということなのか、もしくは……
そうしてしばらく進んでいると、護衛団の1人が偵察として先行した。
これ自体は普通のことで、罠や待ち伏せを警戒してのものである。
その結果によっては後退を選択する可能性があるので、商隊は進行を停止して偵察に出た冒険者の帰還を待つ。
「だ、大丈夫ですかねぇ……?」
不安そうなメルクスだったが、程なくして偵察に出た冒険者が戻ってくる。
「おーい!大丈夫だぞーっ!」
「おぅ!そうか!ではメルクスさん」
「あっ、はい。じ、じゃあ進みましょうか」
少し先で手を振る冒険者にサベリオが応え、続けてメルクスに進行を勧めたかに思われたその時……周囲の空気が一変した。
ザッ!ジャリンッ!
「動くな!」
「なっ!?」
剣を抜いてメルクスに突きつけるサベリオ。
それに連動して護衛団のメンバー全員が剣を抜いて戦闘態勢に入る。
この状況から、サベリオ達は最初からこの商隊を襲う気でいたらしい。
メルクスもそれを察したらしく周囲を見るが、他の商会員も同じ状況だったようだ。
護衛団は馬車1台につき4人割り当てられているのに対し、商会員は1台あたり2人ずつとなっていた。
なので商会員は全員が剣を突きつけられており、余った連中が俺とララにも剣を向ける。
「下手に動くなよ。これだけ近づいてりゃ魔法を使う前にぶった切れるぜ」
「その通り。ってことで……そっちのルルって言ったか、お前も抵抗するんじゃねぇぞ」
護衛対象である俺に剣を突きつけられ、それでララが動けなくなったと判断した男達数名が彼女に詰め寄った。
それに対して本人は……
「……ハァ」
と軽くため息を漏らす。
それが諦めから出たものだと思ったらしい男達は、ニヤニヤとしながらララを囲んだのだが……その直後、周囲は白で覆い尽くされた。
ブワッ
「なっ!?何だっ?」
「煙かっ!?」
「くそっ、見えねぇっ!」
ドッ、ガスッ、ベキッ
「ぐぁっ!」
「ゲェッ……」
「ギャッ!?」
暫くの間それは続き、静かになったところで俺に向けた声が上がった。
「ジオーっ!終わったわよーっ!」
その声に応じるかのように周囲の白いものが晴れると、倒れたサベリオ達やしゃがんでいた商会員の姿が現れた。
それを上から見ていた俺は残党の有無を確認し、それがないことを確かめると地上に降りる。
スーッ……トトッ
「お疲れ」
「大したことないわ」
大きな白い手から降りた俺の労いにそう返してきたのはララであり、彼女がサベリオ達を倒して俺を呼んだのだ。
周囲を覆った白いものは俺が出現させた霧で、馬車の下に水のゴーレムを出現させると霧状にして撒き散らしたものである。
それは事前に決めておいた合図にもなっており、ララには襲ってきた連中を片付けてもらうことになっていた。
彼女は身体能力を向上させるスキルにより感覚が鋭くなるとのことで、霧の中でもある程度は戦えると聞いていたのでこの方法を取ったのだ。
この事態を予想していた俺はメルクスを通して商会員に通達を出していて、それによって彼らは霧が発生すると同時に身を屈めてララの攻撃を受けないようにしていた。
そんな彼らの前には襲撃者となったサベリオ達が倒れており、殴られた痛みに呻く者や気を失っている者までいる。
「ぐ……」
「うぅ……」
「……」
兜や鎧を凹ませ、そこに手を当てながらサベリオはこちらを睨みつける。
「くっ、テメエら……よくもやってくれたな」
そんな奴に俺は言葉を返す。
「やってくれたのはお前達のほうだろう。真面目に護衛してればこちらは何もしなかったぞ」
「んだとぉっ?テメエがイスティルで好き勝手やったせいだろうが!」
「いや、治安を良くしただけだろ?それに文句があるって言うんならお前らはあの町で悪さしてた側だってことだし、そんな奴が住みづらくなったからって文句を言う資格なんてないぞ」
「ぐっ、テメエ……」
呆れたように返した俺にサベリオは言い返そうとするが、それを遮って俺は続ける。
「村だろうが町だろうが、集まって暮らすんなら協力し合わないと駄目だろう。それができずに悪さする我儘な奴は住みづらくなって当然だからな?」
「くっ……なら、腹を空かせて盗みを働く奴もそうだって言うのか?中にはガキだっているだろうに」
「それでも駄目だから法によって処罰されるんだろう?聞いた話じゃ子供は罰が軽いみたいだし、大人になってまで我儘やってる奴とは違うってことだ」
子供を利用して自分達の行いを正当化しようとしたようだが、それにも俺は毅然と返して行動に移した。
スッ、ガシッ
「っ!?」
サベリオ達を"白い手"で後ろ手に拘束し、ここまでのやり取りを見ていたメルクスに指示を出す。
「とりあえず縄などで拘束を」
そんな俺に彼は困った顔で聞いてきた。
「あの、次の村まで連行するのですか?馬車に乗せるわけにはいきませんし、歩かせるにしても抵抗されて進みが遅くなってしまうのですが……」
「えっ?抵抗されるんですか?」
「そりゃあ、処罰されるとわかっていれば」
「処罰の重さは?」
「まぁ、被害は出ていないので死罪とまではならないかもしれませんが……」
「だったら生き延びられるでしょうに、それでも抵抗しますかね?」
「犯罪奴隷になるでしょうし、危険な仕事をさせられるでしょうからね」
主に鉱山の危険な場所に送られることが多いそうで、それを嫌がって抵抗するだろうとのこと。
それを聞いた俺は少し考えると……周囲を見回して思いつく。
「うーん……じゃあ、連中を運ぶための荷車を作ります。その前に拘束はしておいてください」
「はぁ?」
俺の言葉にメルクスはそんな声を上げたが、とりあえずは指示に従い商会員にサベリオ達の拘束を指示した。
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