第51話 イスティルからの出立

送別会の翌朝その後。


時間だからと先に宿を出た俺は一旦自分の宿に戻り、準備を整えていたララと共に商隊の集合場所へ向かう。


収穫期で多くの産物を都市部や"遺跡"の周辺へ運ぶ商隊は多く、その中でも一番規模が大きいのはベルウェイン商会の商隊だった。


まだ閉じられている門の前で出発の時を待っているそれらに俺達は偶然のように近づくと、その中からあちらも偶然のようにメルクスが声をかけてくる。


話し合った結果、結局は向こうから誘うことになったからだ。


こちらから同行を申し出れば護衛達は俺達も警戒対象として見なければならず、それが原因で諍いが起きるかもしれなかったからである。



「あっ!ジオさん、おはようございます」


「おはようございます」


「貴方も町を出るのですか?」


「ええ、"遺跡"のほうに。この町にはエルゼリアもいますし治安は大丈夫でしょうからね。まぁ、戻って来るつもりでもありますが」


「なんと"遺跡"に!?これは偶然ですね。我々もそちらの方へ向かう予定なんですよ!」


「あぁ、そうなんですか」


「これは運命というものでしょう!先日知り合った貴方が同じ日に同じ方向へ町を出るとは!」


「はぁ」



少々?演技臭いなと思いつつ、相槌を打つと彼は続けた。



「というわけで、良ければご一緒に如何でしょう?規模は大きい方が襲われにくいでしょうし、襲撃に対応していただいた場合はその働きに応じて報酬もお支払いしますよ?それにそちらの荷車もうちの馬車に引かせれば楽になるはずです」



メルクスはララが引く荷車を見ながらそう言ってくる。


荷車には食料などを積み込んであり、普通に旅へ出る形にしてあった。


偶然を装うのであれば、荷物も相応に用意しておかないと不自然だろうからだ。


そしてそれも護衛に誘う理由の1つとし、自然な形でメルクスに誘われるという流れだったのだが……そこで割って入る者がいた。



「ちょっと待ってくれメルクスさん。勝手に護衛を増やされちゃ連携や役割分担の調整が」



そう言うのは護衛のリーダーなのか、男は急に増える護衛に懸念を表明する。


体格は良く、真面目そうに見えるのだが……



「貴方は?」


「サベリオだ。一応、今回の護衛団でリーダーをやっている」



やはりリーダーだったか。


そんな彼にメルクスが言う。



「サベリオさん。ジオさんとそのお付きの方が同行したところで大して変わりはありませんよ」



その言葉にサベリオはこちらを見る。



「そのお付きの方ってのがな。ジオさんがどっかのお偉方なんじゃって気を遣わなきゃならんだろうし、その上で女だってのはなぁ……男所帯の中じゃ目に毒だし、気が散って護衛に集中できなくなるかもしれないぜ?」



続けて、彼はララに視線を向けてこうも言う。



「道中でのお相手をしてくれるってんならまぁいいんだが……」


「し、失礼ですよ!」



慌ててメルクスがそう言うが、ララはそれに対して一歩前に出る。



スッ


「いいわよ。お相手しても」


「何?」



彼女の言葉にサベリオが疑いの表情を見せると、ララは一瞬で距離を詰めて剣を突きつけた。



ザッ!ピタッ


「「っ!?」」


周囲が驚く中、ララはサベリオや護衛団に向けて言う。



「お相手と言ってもだけど。それでも良ければいくらでもどうぞ」



それに対し、剣を突きつけられているサベリオはそのまま答えた。



「それじゃあ、結局アンタが気になって気が散るってことに変わりはないだろう?」


「高ランクの冒険者には女もいるでしょう?そういった人達にも同じことを言えるのかしら?」


「ぐ……」



言葉に詰まるサベリオ。


結局は相手の立場によって態度を変えているだけなのではないかと指摘され、実際にそうだから言い返せないのだろう。


だからかまともな反論をできず黙っていると、そこでメルクスが仲裁する。



「まぁまぁ、お二人ともその辺で。サベリオさん、ジオさんがどういったお立場であれ冒険者であることに変わりはありませんし、お付きのルルさん共々その実力は確かなようですから同行していただいても構わないでしょう。気が散るというのも、盗賊や魔物の襲撃を警戒することに比べれば些細な問題ですよね?」


「その襲撃に対する警戒が疎かになるかもしれないという話なんだが……」


「命が懸かっていることよりも女性の方が気になるというのですか?それでは護衛というか、冒険者としてやっていけないのではありませんか?」


「……」



メルクスが暗にギルドへの報告を匂わせると、サベリオは少し黙り込んでから軽くため息を付く。



「ハァ、わかったよ。でもジオさん達の面倒は見ないぜ?」



それに対し、ララは剣を引いて応える。



「お気遣いは無用よ。そもそも私達は2人で旅をするつもりでいたんだから」


「……わかった。とりあえず他の連中には伝えておく」



サベリオはそう言うと護衛団に戻っていき、それを見送るとメルクスが謝罪してきた。



「すみません、いきなりこんな事になって」


「いや、護衛と揉めるかもしれないのはわかっていたことですから。でも良かったんですか?貴方と護衛団との関係が悪くなるかもしれませんが」


「うーん、でも女性が1人増えた程度であそこまで反対するのは怪しいと思うんですよね」


「それはまぁ、そうでしょうけど」



町で一番大きい商会の護衛依頼を請けられるぐらいなのでサベリオ達はそれだけの実績があり、その中には女を含む護衛依頼だってあったそうだ。


なので、メルクスはララが同行するというだけであそこまで気にするのは不自然に感じたようだ。


まぁ、護衛が全員普段から組んでいる仲間というわけではないらしいし、サベリオが仲間以外の護衛を制御しきれていない可能性もあるか。


治安が良くなった影響で悪さがしづらくなり、それで町を出ようとする連中がいるって話だったしな。


それで不安になっているとすればあの態度もわからなくはない。



「どちらにしろ、有事の際は動けるようにはしておきましょう」



そう言ったメルクスに俺達は頷き、開門の時間まで待機するのだった。





「開門ーっ!」



その衛兵の声と共に町の門が開いたのは、まだ薄暗くも少し明るくなってきた頃だった。



「で、では出発!」



その声に応じて商隊の代表であるメルクスが出発の指示を出し、先頭の馬車から順に町を出て行き始める。


彼が乗るのは車列の先頭から4番目の馬車で、その後部にロープで俺達の荷車を接続して出発した。


馬の負担は増えそうだが、基本的には徒歩で同行する護衛に合わせた速度なので荷車1台分ぐらいは大丈夫なはずだ。


まぁ、必要であればこっそりゴーレム化して疲労を回復してあげるつもりではあるけどな。





そうして無事に出発し、しばらくは何事もなく進んでいると休憩を取ることになった。


こういった旅は基本的に馬に依存しており、荷馬車を引く馬は相応に負担が大きいので休憩を取る頻度が高いようだ。


車列が街道から離れて停車すると、護衛が周囲を警戒しながら休憩時間が始まる。


馬車から降りたメルクスは一息つき、他の商会員と現在の状況や今後の予定の確認をし始めた。


それを横目に俺は"ある作業"を進める。



「……よし、と」



(聞こえるか?)


『おう、聞こえるのだぜ』



内心での呼びかけに応えたのはイスティルに残ったケイロンだ。


ゴーレム同士で通信できることがわかったので、この機会に遠く離れても連絡ができないかと試していたのである。


長距離で直接の通信は無理だということは、盗聴できる距離に限界があったことでわかっていた。


おそらくは俺がゴーレムを直接操作できる距離が通信可能な距離だ。


そこで俺は考えた。


別のゴーレムを間に挟み、それらに中継させれば遠く離れた土地からでも通信ができるのではないかと。


なのでイスティルの地下数カ所に魔石のゴーレムを仕込んであり、町を出てからも俺の操作範囲である300mより少し余裕を持たせた距離ごとにゴーレムを埋めていたのだ。


こんなことをすれば魔石を大量に使うので、流石にそれは気になった俺は魔石をある程度の数ギルドから補充することにした。


で、普通に穴を掘って埋めていれば事情を知らない人間からは怪しまれたのだろうが、"格納庫"から直接地下10mに出現させているので誰にも気づかれていない。


そうして進むごとにケイロンと連絡を取って通信の可否を確かめており、今回の確認を終えると彼女とのやり取りを終える。



「どう?」


「ああ、問題ない」



周囲の警戒をしつつも俺の様子を窺っていたララに、他人から何かを企んでいるのではないかと誤解されない形でそう返す。


メルクスが引き入れたとはいえ、俺達はいきなり同行することになったので護衛団からすると警戒対象になっていてもおかしくないからな。


それを裏付けるかのように護衛団の面々は時折俺達へ鋭い目を向けており、それに気づいているメルクスは申し訳無さそうにしていた。


出発前のやり取りもあってか、直接絡まれることもなかったので別にいいのだが。


そんな中で休憩を終えると商隊は再び街道を進み始め、俺達も規定の位置に付いて同行する。





何度かの休憩を挟みつつ進み、暗くなる少し前に車列が止まる。



「では皆さん、野営の準備を!」



メルクスがそう言うと全員がそのために動き出した。


商隊は大量に積まれた荷物もあって進みが遅い。


その上で旅程が長いことから馬に無理をさせられないので、日没までに町や村に辿り着けないことは珍しくないそうだ。


なので野営することも珍しくはなく、メルクス以外の行商経験のあるものは慣れたように準備を進めていた。


今日の野営地は見晴らしの良い場所で、周囲に視界を遮るものはない。


当然、焚き火などに使えるたきぎなど落ちているはずもなく、商品として積まれていたまきを使って火を起こすことになる。


そのまきに着火させるのにも商品である油が使用され、火打ち石と火打金で火花を飛ばしてすぐに着火された。


時間がかかるようであれば薪同士を氷のゴーレムで固定してドリルのように回転させ、その摩擦熱で着火しても良かったが……その必要はなかったようだ。


そうして起こされた火で食事などが用意され、食べ終わると本日は何事もなく就寝となった。

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