第49話 護衛依頼再び

ミリーナの借金を返済しに行ったベルウェイン商会で、店員として俺の対応をメルクスが彼女に好意を持っているらしいことがわかった。


そんな彼がミリーナへの好意を持っているかと聞いてきたので、俺は彼女と恋人になりたいとは思っておらずそれを否定する。



「美人だとは思いますが……俺はずっとこの町にいるつもりはありませんし、冒険者という仕事ですからねぇ」



ここで強く否定するために好みではないとまでは言えず、ずっと一緒にいられるわけではないからという理由ではないと答えておく。


冒険者は危険な仕事だし、いつ命を落としてもおかしくない。


それも含めての理由であることをメルクスは理解し、その答えにホッとした表情を見せる。



「ホッ……そ、そうですか……」


「……」



俺は少し考えた。


ここで俺が彼に無利子で金を貸し、それをミリーナの借金返済に当てさせればくっつけるか急接近はさせられるだろう。


彼女は俺が返すと思っているが先にメルクスが返済してしまっていたことにし、俺がその金を貸すことは彼との秘密にすればいいのではないだろうか。


ただ、これには問題がある。


ミリーナがメルクスを気にいるかという点と、金を貸したことが秘密ならばこの町へ帰ってくる理由が減ってまたナタリアに詰められそうな点だ。


どちらもややこしい事になりそうだし、やっぱりこの案は廃案としよう。


そう決めると俺は話を戻す。



「あの、それで借金返済の手続きを……」


「あっ、はいっ!では契約書などの書類をお持ちします!」



彼もミリーナのことを考えていたのか俺の言葉に驚くも、勢いよく席を立って部屋を出ていった。


程なくして戻ってきたメルクスは数枚の書類を机に広げる。



「こちらが現時点の残債ですね。こちらのほうはこれまでの利子と返済の記録です」



彼が指す2つに分けられた書類から、まずは残債の確認をする。


286万コールか。


ミリーナが300万は切っていると言っていたので300万を用意したが、問題なく返済できそうで安堵する。


まぁ、元々持っていた分もあるので300万を少し超えるぐらいなら大丈夫だったけどな。



「……」


ペラッ、ペラッ……



記録の方を確認してみれば元は400万ほどで、途中で返済を数年待ってもらえたようだが……これはミリーナが稼げるようになるまでってことか。


その間に利息が増えていないのは温情かな?


まぁ、借金を残して親に消えられた姉妹では同情してもおかしくはないしな。


一通り書類に目を通すと鞄から金を出す。



「じゃあ、これで」


チャリッ


「はい、ではその……か、確認させていただいても?」



メルクスは俺が"千手"のジオであると知っており、機嫌を損ねるのではないかと思ってか恐る恐る聞いてくるが……



「ああ、はい。どうぞ」


「で、では……」



その軽い返事に安心し、彼は俺が出した大金貨を1枚ずつ確かめる。


もちろん偽造硬貨を疑ってのことだろうが、初見の相手である俺を警戒するのは当然なので特に何とも思わない。


そうして大人しく待っていると……29枚の大金貨を確認したメルクスは頷き、一息つくと確認した結果を口にする。



「フゥ、確かに大金貨29枚を確認いたしました。お釣りは……はい、こちらに。ご確認ください」


チャッ、チャッ、チャッ……スッ


「……確かに」



トレーに載せて出されたお釣りを確認し、俺の言葉を受けて彼は羽根ペンを持つ。



「ではこれで完済……っと」


サラサラ



そうして借金が返済されたことは記録に記され、完済した証明書が2通作成された。


2通なのは店と客の双方が持つためだな。



「ではこれで」


「あ、ちょっとお待ち下さい」


「?」



これで借金返済の手続きは終わり、俺が証明書を鞄にしまって帰ろうとしたところでメルクスが引き止める。


ミリーナの件かと思ったが、俺にその気はないとわかったからか彼の話は別件だった。



「あの、"遺跡"に向かわれるのはいつでしょうか?先ほど近々とはおっしゃってましたが」


「え?細かくは決めてませんが……」



そう返すとメルクスはこんな提案をしてくる。



「でしたら護衛としてウチの商隊に同行していただくのはどうでしょう?護衛の報酬は出ますし、食料なんかもご提供できますよ?」


「ほう」



悪くはない話だ。


食料が商隊持ちなら荷物は少なくてもおかしくないし、"格納庫"のことを隠すための偽装でわざと荷物を増やす必要もない。


氷で箱を作ってそれに荷物を入れて浮かせてもいいが、それだと魔力がもったいないからな。


冒険者ギルドにおける俺の立場もあるし、それを考えると請けたほうがいいとは思うのだが……



「そちらの商隊だと規模はいくらか大きいですよね?」


「まぁ、この時期なので収穫物が多くて馬車の台数も多くはありますが……今のところは8台ですね」


「そうなるともう護衛の手配は済んでいるのでは?」



近々町を出るという俺を誘うぐらいなので準備はそれなりに進んでおり、規模が大きければ護衛の手配も済んでいるはずだ。


そうなると護衛の役割分担などの話も進んでいて追加で参加すればその調整が必要だろうし、護衛が増えたことで報酬に影響が出ると思う者もいるかもしれない。


俺は好き好んで他人と揉めたくはないし、そうなるのであればお断りしたいところである。


そう思って聞いたのだが……メルクスは不安そうな顔で俺に答えた。



「ええ。護衛の手配自体は済んでいるのですが……何と言いますか、まだ不安がありまして」


「不安?」


「はい。町中の治安はジオさんのお陰で良くなっておりますし、後任のエルゼリアさんもすでに噂になっているほどのお力があるとかで安心できます。ですが町の外となりますと……お2人の目もありませんし、良からぬことを考える人も出てくるのではないかと」



聞けば……雇った護衛が荷物を奪ったり、盗賊と繋がっていて協力したりすることがあるそうだ。


もちろんそういった事があればギルドや国から手配されるし、そう頻繁に起こることではないらしいのだが……今回は少し事情があるようだ。



「町の治安が良くなったということは、悪さをする連中が動きにくくなっているということでして。こうなるとそういった連中は大人しくする者もいるのでしょうけど、そうでない者は別の町に向かうのではないかと思われます」


「あー……そういう連中が護衛としてこの町を出ようとしている、と?」


「確証はありませんが別の土地でそういった事があったという情報もありまして、私としては信用できる方に同行していただきたく……」



わからないでもない話だか、少し気になるところがあった。



「まるで貴方がその商隊に参加するかのような言い方でしたが?」



そう聞いてみると彼はハッとした顔になって答える。



「あっ!?申し訳ありません、まだ言ってませんでしたね。実はそうなんです」


「あぁ、それででしたか」



自分が参加する商隊だから余計に不安だったのか。


だが、店員が出張するものなのかと尋ねてみると、メルクスは頭を軽く掻きながら事情を話す。



「実は……私はこのベルウェイン商会の跡取りでして、商人の修行として今回の行商へ参加することになったのです」


「え、そうだったんですか?」



跡取りということは経営者の息子か。


だったらミリーナの借金も何とかできたのではないかと思ったが、もう返済した後なので今は置いておくとして。


商会の跡取りが危険を冒して行商にというのは大丈夫なんだろうか?


その点を聞くとメルクスは気落ちした表情を見せた。



「いい年して商隊の経験もない会頭に商会を任せることはできないとのことで」


「あー……」



自分がそうだったからと、時勢を考慮せずにそういった考えを持つ人はいる。


それが間違っているというわけでもなく、様々な経験があると役に立つ場合もあるけどな。


言って改めるのならいいのだが、この様子だとそうではないということだろう。


メルクスは20歳前後のように見えるし、そろそろ今後のためにと経験を積ませたいのかもしれないが……昔は今より治安が良かったのか?


しかし、少なくとも今は危ないようだし、道中で襲われれば無事では済まないはずだ。


荷物だけ奪って去るのならばいいが、そういった連中がギルドや国に訴え出られる可能性を残すとは思えない。


そんな事情もあって俺を護衛にと考えたらしい彼は、ズイッと詰め寄ってきて再び頼み込んでくる。



「お願いしますぅ!」


「……」



何と言うか……縋るような情けない顔を見せられているが、俺だってゴーレムの力がなければ同じかそれ以下の立場だっただろう。


それを考えると手を貸してもいいかと思えなくもない。


ただ、それならそれでこちらの要望を通しておく必要があるな。



「引き受けてもいいんですが、条件がありますよ」


「条件……ですか?」



高額すぎる報酬や無理難題を押し付けられる可能性を考えたのか、恐る恐る聞いてきたメルクスに俺はこう答える。



「こちらから同行を頼んだことにしてください。他の護衛と揉めるのは面倒なんで」



先んじて護衛になった連中からすると、後から追加された人員にはあまりいい感情を持てないだろう。


依頼主に力不足だと思われているように感じる者が出てこないとも限らないからな。


それにララも同行するわけだし、女だからと甘く見られてちょっかいを出されるのも面倒だ。


まぁ、彼女をどうにかできる者がいるのかという疑問はあるが、俺のように特殊な力を持つ者いないと断言することはできない。


なので護衛ではなく同行者という立場にし、他の護衛がメルクスへ反感を持たないようにして揉め事を起きにくくしようと考えたのだ。


それを説明すると……彼はガシッと俺の手を両手で掴んできた。



ガシッ


「ジオさん……そこまで配慮していただけるとは……」



命に係ることかもしれないからか、俺の提案に感動したらしいことは理解できるのだが……男に長々と手を握られるのは好きじゃない。


というわけで、俺はその手を解きつつ話を進める。



「いや、こちらにもそのほうが都合は良いんで。それで細かい予定のほうは?」


「あぁ、それはですね……」



こうしてベルウェイン商会の行商に同行することが決まり、詳しい予定を聞いた俺は商会を後にしたのだった。

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