第48話 ベルウェイン商会へ
「そういうことでしたか……では、あのケイロンというゴーレムは貸してるだけなんですね」
「まぁ、そうですね」
イスティルを離れて"遺跡"へ向かう件について、何故かナタリアに詰められるも何とか宥めて事情を説明した。
彼女としては俺がこの町にいれば済む話だと思っているのだろうが、自分と同じく俺に助けられたエルゼリアの身の安全も気にはなるようだ。
「うーん……彼女はあの容姿ですし、受け付けでもよければなれると思うのですが」
「本人としてはそういうわけにもいかないみたいなので……」
「そうですか……仕方ありませんね」
これで町を離れること自体は納得してもらえたようなので、次はミリーナ達の件を話して必ず帰ってくる理由を説明した。
ミリーナ達の借金を払ってあげるために金を引き出すことを話し、その返済を受け取るために帰ってくるとも伝えてみる。
すると……
「ハァ?」
ナタリアは再び眉を顰め、呆れた様子でそんな声を上げる。
彼女からすると予想外の行動だったらしい。
そんなナタリアが聞いてくる。
「あの、そんな女性を助けてたらキリがありませんよ?」
「別に誰でもってわけじゃありませんよ。たまたま知り合ったからってだけで、ちょっと迷惑をかけたんで」
ブロッグス達の部屋に仕掛けておいた魔石の回収を後回しにしたのは俺の判断だし、そのせいで法的な処罰を恐れさせたり謝らせたりしてしまったからな。
そこまで詳しくは言えないが、とにかく俺の落ち度であることを話すとナタリアはため息交じりに納得した。
「もう……私も助けられた1人ですし強くは言えませんが、そこが良いところだとしても程々にしないと身が持ちませんよ?」
「わかってます。ご心配どうも」
「ふぅ。ではお預かりしている分から引き出す手続きをしましょうか。結構大きな額になりますし、別室へどうぞ」
個別に仕切りのある受付カウンターではあるが、大金を渡せば多少なりとも周りから見られてしまう可能性はある。
大金であればそれだけの実力があるのだとわかり手荒な真似はされずに済むものの、それこそ女を使ったりしてその金を迫めようとする者が出てこないとも限らない。
なのでこういう場合は別室で渡し、いくつかある出入り口の1つから出るほうがリスクは低く抑えられるそうだ。
仲間が多かったり、自分の力を誇示する者は堂々と受け付けで受け取るらしいが……俺は1人だし、力の誇示も特段するつもりはないからな。
というわけで俺はナタリアに案内されて別室に移り、そのままどこかへ行った彼女をソファに座って待っていた。
すると2人ほどの足音が聞こえ、この部屋の前でそれは一旦止まる。
コンコンコン
「はい、どうぞ」
俺がノックに応えると、「失礼します」の声と共に人が入ってきた。
入ってきたのはやはり2人で1人はもちろんナタリアだったが……もう1人は解体場のジェミナで、普通の服装をした彼女はナタリアと一緒に着席する。
何故か俺を挟んで。
「お待たせしました。こちらが300万コールになります」
スッ
そう言ってテーブルに置かれたのは1つのトレーで、30枚ほどの大金貨だった。
おそらくは普通の店で使うわけではないからと、なるべくかさばらないようにしてくれたのだろう。
だったら受付でも良かったんじゃないか?
そう思っていると……両サイドから柔らかい感触が押し当てられる。
もにゅん
むにゅり
「えーっと?」
たっぷりとしてふんわりとした感触と、それよりは少し控えめだが十分大きく張りがある感触だ。
そんな感触に俺が疑問の声を上げたところ、2人は妖しい目をして顔を近づけてきた。
「なるべく早く帰ってきたくなるようにと思いまして」
「大丈夫。ここは内緒の話し合いをしたりするから声は漏れないし、ちゃぁんと鍵はかけてきたから♪」
2人の意図を察し、俺はそれを抑えようと試みる。
「いや、そんなことしなくても帰ってきますって」
その言葉にはジェミナが答える。
「ジオさんなら300万ぐらいすぐ稼ぎそうじゃないですか?だからこの町で貸した分は急いで回収しようとしなくなるんじゃないかと思いまして」
「"遺跡"ってそんなに稼げるものですか?」
「人によるでしょうけど……稼いでる人はもっと稼いでるそうですし、ジオさんほどの人ならたくさん稼いでもおかしくはないかと」
なるほど。
それで2人して身体を使い、俺の帰還を早めようとしているのか。
しかし少し前までミリーナ達と愉しんでいたし、彼女達の借金もさっさと返しておきたいので今日のところはご遠慮したい。
「あの、今日はこのお金のこともありますし、町を出る前に機会はご用意しますので……」
「むぅ」
少しむくれるナタリアに対し、ジェミナは目配せをして俺の提案を受け入れる。
「仕方ありませんねぇ……なら」
「そうね」
チュッ♡
それにナタリアは応じると、2人で左右からキスをしてきて今日はお開きとなった。
その後、俺はミリーナ達から聞いていた彼女達の債権を持つ商人の所へ向かう。
今日中に返しておくとまでは言っていないが、万が一落としたりすると面倒だからな。
ゴーレム化して融合せずに"
俺はそう考えてすぐに返そうとしているのである。
そうして到着したのは"ベルウェイン商会"というこの町で1番大きいらしい商会であり、庶民を中心とした客層の店だった。
ザワザワ……
「いらっしゃいませーっ!」
基本的に一般家庭の夕食は夕暮れ時になるとすでに準備が終わっているので、今頃の時間は客が少ないかと思ったが……意外にも結構な混みようで騒がしい。
そんな中で上がった店員の声は高めながらも男のものであり、そちらを見れば20歳ぐらいの店員がこちらへ近寄ってきた。
中肉中背であり、少し長めの髪を後ろでまとめた柔和そうな顔をした男だ。
その男が店内の状況を説明する。
「当店は初めてですか?この時間は仕事上がりの方が立ち寄られるので混むことが多いんですよ」
「あぁ、そうなんですか」
朝から仕事に出ていれば店に入る余裕はないだろうし、店の方もその時間には準備中だろうからな。
それで店に用があるとなればこの時間になり、今のように店内は混雑するということか。
ただ……それはどの店も同じだと思われるので、混んでいるのがこの店特有のものであるかのような発言が気になった。
「どの店もこんなものじゃないんですか?」
「そうですねぇ。ですが当商会は大きい分だけ品数を取り揃えておりますので、何件も見て回るぐらいなら最初から当店へと考えられるようでして」
「なるほど」
店ごとの価格差にこだわらない限り、どうせなら一件で買い物を済ませてしまおうと考えるのはわからなくもないな。
そう納得していると店員が俺の用件を尋ねてくる。
「何かお探しですか?」
「いえ、えーっと……」
ミリーナ達の借金についての話だし、人の多い場所で話すのは彼女達の名誉的に良くないよな。
「あぁ、ではこちらへ」
それで言い出しかねていると何かを察したのか、店員の男は俺を
彼に追従してある程度は静かな場所に着くと、彼のほうから切り出してきた。
「もしかするとご融資のお話でしたでしょうか?希望される方が多くて審査が厳しめなのですが……」
聞けば、この時期は農作物の収穫量で冬を越すのが難しいと判断された場合に借金を希望する人が増えるのだそうだ。
今年のこの辺りは特に不作というわけでもないらしいが、それがなくとも食料や薪などの価格が上がるので借金が必要になる人は多くなるらしい。
それでこの時期は審査が厳しくなっており、尚且つ初見の客である俺への融資は難しいということなのだろう。
もちろん借りるつもりで来たわけでもない俺は用件を伝える。
「へぇ、そうなんですか。ただ、俺は知人の借金を返済しに来たのですが」
俺の言葉に店員は少しホッとしたようだ。
「ああ、そうでしたか。お断りすることになった場合は色々と揉めたりしますので……」
まぁ想像はできるな。
情に訴えかけたり脅してきたりするだろうし、それでも通らなければ罵声や暴力が降りかかることもあるだろう。
「まぁ、下手に大きい商会ですからね。利子も真っ当な範囲なので皆さん真っ先にうちへ来られるのですが、こちらも際限なくお貸しすることはできませんし」
そう呟くと店員は俺のことに話を戻す。
「では別室の方へ。書類のやり取りもありますので」
「はい」
そうして移動した別室で、店員は名乗るとまずは誰の借金なのかを確認してくる。
「僕はメルクスと申します。それで、知人の返済をとのことでしたが何方の借金でしょうか?」
「ミリーナという女性のです。20歳ぐらいの」
「えっ!?ミリーナさんの?」
ミリーナの名前を出すと予想以上の反応を見せるメルクス。
そんな彼に戸惑いつつ俺は尋ねる。
「彼女がどうかしましたか?」
「あ、いえその……少し知っているだけです」
ミリーナはこの店に借金しているわけだし、そこの店員が知っていることはおかしくも何ともないのだが……少し知っている程度の反応には見えなかったな。
そこが気になるもメルクスは話を進める。
「えーっと、細かくは書類を確認してからになりますが、彼女の借金は300万コールぐらいだったと思います。それをどのぐらい返済なされるのでしょうか?」
「全額のつもりです」
「全額!?ど、どうして貴方がそこまでなさるのでしょうか?」
「いや、ちょっと迷惑をかけたので。それにこれは彼女に貸すだけでして。利子をなくして返済のタイミングも自由にするので、普通の仕事があればそちらでも生活できるようにと」
そう答えると彼は訝しげに聞いてくる。
「彼女としては助かるのでしょうけど……その、それでミリーナさんやルーマちゃんをどうにかするおつもりなんですか?」
あぁ、第三者からするとそう見えるか。
俺がその立場でも事情を知らない以上は可能性がないと言い切れないだろうし、実際に
ただまぁ、これ以上求める気はないのでその旨を伝える。
「いや、特には。俺は近々"遺跡"へ向かう予定ですし」
「"遺跡"へ?貴方は冒険者なのですか?」
意外そうに聞いてくるが、見かけ上は武装していないのもあってそう見えなかったか。
「まぁ、一応は」
そう返すとメルクスは何かに気づいたようで、それを確認するために聞いてくる。
「冒険者で、ジオ…………えっ?もしかして"千手"のジオさんなんですか?」
「まぁ……自分でそう名乗ったことはありませんが」
「っ!?し、失礼しましたっ!」
バッ!
勢いよく頭を下げるメルクスは続けて言う。
「貴方のお陰で冒険者による問題が減って治安は良くなりましたし、ウチにもその恩恵はあったのに……申し訳ありませんでした」
「知らなければ仕方ありませんし、別に気にしてませんから」
「は、はぁ……でもどうしてそんな話になったんですか?」
「あぁ、それは……」
詳細は言えないので、偶然客として誘われ身の上話を聞いたからだと言っておいた。
それを聞いた彼は呆れたように尋ねてくる。
「僕が言うのもなんですが……そんな人は沢山いますし、それで借金の肩代わりみたいなことをして大丈夫なんですか?」
「まぁ、稼ごうと思えば稼げるんで。それに誰にでもというわけでもありませんから」
そこでメルクスは窺うように続けて聞いてきた。
「それはその……ミリーナさんを気に入ったということではないんですね?」
その質問で俺は察する。
どうやら彼はミリーナに惚れているようだと。
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