第45話 ケイロンのお披露目

翌朝、身支度を整えて朝食を済ませる。


食事中、エルゼリアの部屋がブロッグス達に流出した件で宿のほうから謝罪と賠償の話などをされた。


犯人は判明し次第クビにするとのことだ。


エルゼリアが逆恨みされる可能性はあるが、ケイロンを貸しておくということになったので大丈夫だろう。


そんな話を終えると1人で冒険者ギルドへ向かい、ギルド長のフランチェスカ氏に面会を求める。


面会の要請はすんなり取り、ギルド長室へ向かうとすぐに入室の許可が出た。



「おはよう。昨日の件か?」



昨夜の件もあり寝不足なのではないかと思ったが、そういったこともなくキリッとした顔で俺を迎えたフランチェスカ氏。


そんな彼女に用件を伝える。



「おはようございます。無関係ではないのですが、一応は別件でして」


「ほう、一体何だ?」


「実はですね、俺も"遺跡"に行ってみようかと思いまして」


「何っ!?」


ガタッ!



俺の言葉にギルド長は声を上げて席から立つ。



「な、え、待遇に何か不満が?あぁ、金銭的に不満なのは当然かもしれないが、そのぶんは私やナタリアが身体で……」


「いえ、そういうわけでは。実は……」



動揺するフランチェスカ氏に、俺は"遺跡"へ向かう理由を説明した。


それを聞いて彼女は少し落ち着いたが、やはり俺を引き止めたいようだ。



「その……エルゼリアを気に入ったのはいいが、そこまでしてやる必要はあるのか?そもそも、そこまでするぐらいなら君が一緒にいてあげるほうがいいんじゃないのか?」



フランチェスカ氏はやはり治安を気にしているようで、この町にいたほうがエルゼリアのためなのではないかと説得してくる。


せっかく治安が向上したので、それをこのまま維持したいのだろう。


そこで、俺は彼女の疑問に答えつつ代替案を提示する。



「まぁ、俺自身が行ってみたいって部分もありますのでそのついでですね。それにエルゼリアのほうは大丈夫です。強力なマジックアイテムを貸してあるので、彼女に冒険者の治安維持を任せればいいと思います」


「むぅ、やはり君も行ってみたくなったか。しかし治安維持にエルゼリアを?そのマジックアイテムとは何だね?」


「人型のゴーレムです。少なくとも人間にどうにかできる強さではありませんよ」



ゴーレムという存在自体は知られているようだし、この際ケイロンについてはマジックアイテムだということにした。


彼女?はマジックアイテムであるあの鎧によって成立している存在なので、あながち間違いというわけでもないだろう。


その話にギルド長は驚く。



「ゴーレムだと!?どこでそんな物を?」


「それは秘密です」


「だろうな……だが言うことを聞いて動くのか?人の言うことを聞かないのなら危なくて仕方ないぞ?」



ゴーレムというものが人に知られてはいても、それが人に扱えるものだという認識は薄いようだ。


彼女にはそのことによる不安があるようなので、その点について説明しておく。



「それについては問題ありません。俺かエルゼリアの命令しか聞きませんし、それにそのゴーレムは彼女でないと運用できない理由がありまして」


「エルゼリアでないと運用できない?」


「ええ。詳しくはお話できませんが、彼女にしか扱いきれないでしょう」



ゴーレム化さえすれば一応は他の人間にも使えないことはないが、大量の魔力を供給できなければケイロンは形を保てなくなる。


ただ……エルゼリアがマジックアイテムであれば好きなだけ使えるということが大っぴらになると、それを目的として彼女が再び狙われてしまう可能性がある。


なので詳しい部分は伏せておき、ケイロンを奪おうとしても扱えないことだけはハッキリ言っておく。


その説明を聞いて、フランチェスカ氏は眉根を寄せる。



「つまりは、そのゴーレムが奪われたりしても問題にはならないということか。それで彼女に冒険者の治安維持を任せられるということなのだろうが、実際にその力を見てみなければギルド長として任せることはできないぞ?」


「見せられる場所をご用意して頂ければお見せできますが……」


「ほう……」



俺の言葉にギルド長は面白そうな顔をする。



「では、私自らがそのゴーレムの力を見極めよう」





しばらくして、俺達は町の衛兵の訓練場に来ていた。


冒険者ギルド専用の訓練場というものはなく、必要なときはこちらを借りることになっているそうだ。


なので今回も特に渋られず貸してもらえることになり、そこがケイロンの力試しの場所となった。



ザワザワ……



衛兵はもちろん冒険者も観客としてきており、中にはどちらでもない一般人もいるようだ。


どうやら、俺がエルゼリア達を呼びに行っている間にギルド長が少し宣伝したらしい。


おそらくだが……ケイロンの力が確かなら、それを広めておいたほうが治安維持に役立つと考えたのだろう。



「えっと……ほ、本当に大丈夫かしら?」


『大丈夫なのだぜ。私に任せるのだぜ』



宿から連れてきたエルゼリアは緊張しているが、それに対してケイロンは自信あり気にそう返す。


そんなケイロンに武装したフランチェスカ氏が声を掛ける。



「聞いてはいたが、人間のように話せるのだな。本当にゴーレムなのか?」


『本当にゴーレムなのだぜ。ほら』


カパッ



ケイロンは答えながら兜の面を上げ、氷で出来た顔をギルド長に見せた。



「なるほど。本当に自我を持つゴーレムなのだな」


『ああ。なので遠慮なく試してくれていいのだぜ』


スチャッ



今度は面を下ろしながらそう返すケイロン。


それに対し、フランチェスカ氏は杖を掲げつつ再度尋ねる。



「武器は持っていないようだが?」


『不要だぜ』


「盾もか?」


『ああ』


「……甘く見られているというわけでもないようだな。まぁいいだろう」



ケイロンは自分の身体自体が武器であり盾でもあるので、余計な物を持たずに動くことが最も効率の良い運用であると主張した。


リーチの問題もあるがそれは自身の防御力とスピードでどうとでもなるとのことで、俺は特に武装を用意しなかったのだ。


目を引くことを避けてここには来ていないララも、あの鎧と一緒に入手した剣を渡そうとしたがそれも不要だと断られた。


ゴーレムすべてがそうというわけでもないようだが、どうも彼女?は道具を扱うことが性に合わないらしい。


せっかく手に指があるのだから、それを活用したほうが良さそうだが……まぁ、無理強いするほどのことではないか。


対して構えるフランチェスカ氏はマントにローブという魔法使いらしい格好で、そして先端に大きな赤い宝石のようなものが付いた杖を持っていた。


エルゼリアによれば高価な杖にはああいった装飾が施されている場合もあるそうだが、ギルド長がこの場で見た目だけの杖など使わないだろうからマジックアイテムなのではないかと推測される。


あれがどんな物なのかは不明で気にはなるも、とりあえずは予定通りにケイロンの力試しを開始した。


まずはケイロンの耐久力だ。


ギルド長に魔法で攻撃してもらい、ケイロンがそれを受けるというだけである。



「いくぞっ!」


『おうっ!だぜ!』



ある程度の距離を取った2人がそう言うと、フランチェスカ氏は杖を構えて魔法を放つ。



「ではまず……"ブレイズアロー"!」


ドゥッ!



彼女の言葉と共に現れたのは、アローと言うには長い炎で出来た一本の矢だった。


それが炎の尾を引きつつ、勢いよくケイロンに飛んでいき……



ボウンッ



当たると同時に霧散した。



『ふふん♪』



両手を腰に当て、得意げに胸を張るケイロン。


フランチェスカ氏はそれを気にするでもなく次の魔法を放つ。



「"ブレイズランス"!」


ゴゴゴ……



彼女の頭上に現れたのは、先ほどのブレイズアローよりも長く太い炎の槍だった。


これも槍というには大き過ぎるが……観客の声によるとやはり一般的ではないらしい。



「他の魔法使いが使ってるのを見たことはあるが……デカすぎねぇ?」

「だなぁ。まぁS級2位の弟子だって話だし、冒険者ギルドのギルド長になってるぐらいだからあれぐらいできてもおかしくはないんじゃねえか?」



うぇ、そうだったのか。


あくまでも冒険者の中でという話にはなるが、その中で2位という立場の人の弟子なら強くても納得だ。


そんな彼女はケイロンに炎の槍を放つ。



ゴウッ!



その槍は大きい分だけ動きが遅く見えるが、先ほどよりも早くケイロンに着弾する。


だが……



バフンッ



同じようにそれは掻き消え、ケイロンは微動だにせず立っていた。



「ならば……!」



それを見たフランチェスカ氏は杖の先にある宝石に触れ、それが輝くと同時に次の魔法が発動する。



「"サンダーボルトセル"!」


カッ、バリバリバリバリッ!



「うわっ!」

「目が!」

「キャアッ!」



強い光と音が周囲に溢れ、観客がそれぞれ悲鳴を上げた。


魔法の呪文や状況からすると、おそらくは電撃の監房とか独居室という意味だろうか。


少し経ってその光や音が収まると、中にいたケイロンの姿が見えてくる。



『もう終わりか?』



あの鎧のせいか無傷であった彼女?がギルド長に尋ねると……問われたフランチェスカ氏は軽く頷く。



「ああ、防御力に関してはな。次は攻撃のほうを見せてもらう。"アースウォール"!」


フッ



続いて現れたのは厚さが5mほどの壁だった。



『攻撃ってことは、これを壊せってことか?』


「ああ。まぁ、動かすだけでも構わないがな」



正直言ってどちらも難しそうだな。


強いて言えば、一点集中で一部を破壊するほうが難度は低そうだ。


壁を動かすとなると、壁全体を動かす必要があるだろうからな。


まぁ、どちらにしろケイロンの力を見せることはできるだろう。


なので特に指示を出さずに見ていると……



『では……こうするのだぜっ!』


グワァッ!



そう言うとケイロンは一瞬で巨大化し、片手で土の壁を押して動かした。


森で最初にあいつを作成した時よりも大きいな。


小さくなれたのだし、逆に大きくなれる可能性はあったのだろうが……増えた分の氷はどこから補填されているのだろうか?


それを言うと減った分の氷もどこへ行ったのか気になるが。



「なっ!?」



流石に巨大化は予想外だったのか、驚愕の表情を見せるフランチェスカ氏。


観客は驚きすぎてか逆に静かだ。



「な、何だあれ……?」

「さあ……?」



そんな声が聞こえてくる中、ケイロンは元の大きさに戻ってギルド長に問う。



『これでいいのか?』



フランチェスカ氏は壁を消し、近づいてきたケイロンに聞き返す。


それに伴い会話の音量は小さくなるが、俺はケイロンを通してその内容を聞く。



「あ、ああ……だが、最後に確認しておきたいのだが」


『ん?何なのだぜ?』


「エルゼリアを狙われた場合は大丈夫なのか?」



扱えるのがエルゼリアだけだとなると、彼女がやられてしまえばケイロンが使えなくなると考えたようだ。


ケイロンを奪われて悪用されることはないとしても、治安維持に利用できなくなるのは惜しいということだろう。


そんなギルド長にケイロンは答える。



『あぁ、それは大丈夫なのだぜ。ほら』


フッ


「えっ?あれっ?」


「っ!?」



答えると同時にケイロンがいた場所にエルゼリアが現れ、周囲の景色が変わって驚く彼女にフランチェスカ氏も驚いた。


もちろん俺も驚いており、隣に現れたケイロンと通信して何をしたのか問い詰める。



(おい、何をした?)


(見ての通り、お互いの場所を入れ替えたのだぜ)


(そんなこともできたのか?)


(そうなのだぜ。ゴーレム同士なら可能なのだぜ)



ということは……ゴーレム化してさえいれば、遠く離れていてもその位置を入れ替えられるということか?


ケイロンに問い掛けたわけではなかったが、通信していたことで届いた内心の疑問に彼女?は答える。



(交代できる距離はわからないのだぜ。確認することをお勧めするのだぜ)


(ああ、そうする)



俺はそう返すと、ケイロンを連れてエルゼリアとフランチェスカ氏の下へ向かう。



「こんなことまでできるとはな。驚いたよ」


「まぁ、奥の手ではありますが……これでエルゼリアをどうにかしようとしても無駄だとわかるでしょう」


「……そうだな。結局はケイロンをどうにかできる力がなければエルゼリアに手出しはできない」



元々知っていたかのような俺の言葉にそれが偽りだと気づいたようだが、さしたる問題はないと見てかギルド長は同意する。


すると彼女はエルゼリアにある提案をした。



「ではエルゼリア、ジオに代わって君が冒険者の監視役になってくれないか?」


「ええっ!?私がですか?」


「ああ。ケイロンの力は今回のことで広められるだろうし、それを扱える君ならその役目を全うできるだろうからな」


「それはありがたい話なのですが……」



そう言いつつ俺に目線を向けるエルゼリア。


金銭的には助かるのだろうが、それが俺の役目を奪う形になると考えて気にしているようだ。


それを察してフランチェスカ氏は彼女に言う。



「ああ、代わりにと言ってもこの町に限った話で、別にジオを監視役そのものから外すわけではないよ。監視役はどの土地でも必要だから、彼には行く先々でその役目を全うしてもらうさ」


「ああ、そういうことなら……」



ギルド長の言葉に、安心して監視役を引き受けるエルゼリア。


しかし、そこで俺は少し異を唱えた。



「いやあの、俺は"遺跡"でマジックアイテムを探すのでそちらの業務は……」


「ついでで構わないよ。君なら1,2件片付ければ居るだけで治安は良くなるだろうしな」


「はあ……まぁ、それなら」



監視役という立場自体は身分の保証に便利である。


なので俺はその役目を継続すること了承し、"遺跡"へ向かう予定を立てることにしたのだった。

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