第42話 接触
エルゼリアの護衛を初めて3日、特に大きな動きもなく時間は過ぎていた。
冒険者ギルドからの連絡によれば、エルゼリアを脅迫してきた最後の1人が町を出た可能性は低いらしい。
この町は国として東部の辺境にあるがそれを囲う壁は20mほどあり、出入り口も限られている上に警備の兵が巡回している。
その警備の方からも犯人の目撃情報はなく、恐らくは町の中にいると思われた。
ならば町の中で指名手配でもすれば一般人からも情報が入りそうなものだが、ギルドは今現在それを控えている状態だ。
指名手配をすれば町外への逃亡を図るだろうし、万が一逃げられる可能性を考慮し手配せずに捜索を進める方針にしたらしい。
なので俺達は不自然でない程度に外出し、犯人がエルゼリアに接触するのを待ち構えていた。
ガヤガヤ……
ワイワイ……
今日も外出し、エルゼリアとケイロンから少し離れた位置で彼女達を見張る俺とララ。
見張りやすいよう店舗には入らないエルゼリアはいくつかの露店を見て回り、今日も敵からの接触はなく外出を終えることに。
そうして宿へ戻ろうとしたところ……ケイロンが鎧の兜を3回、その位置を調整するように左右へずらす。
これは通信を要求する際のサインであり、それを受けて俺は彼女?との通信を開始する。
"コールスタート"。
(お、繋がったのだぜ)
何か用か?
(そっちとは別の方向から、こっちを見てる男がいるのだぜ)
そう聞いて俺は頭を動かさずに視線を巡らせる。
どれだ……?
(路地の陰からだぜ。そっちからは見えないと思うのだぜ)
あぁ、そうなのか。敵だと思うか?
(見てきてるだけじゃ判断できないのだぜ)
それもそうか。
となると……予定通りに対応を変えるか。
俺は隣のララに状況を説明し、ケイロンを通してエルゼリアに指示を出した。
エルゼリアは外出時間をこれまでより少し延長して宿へ戻る。
その結果、彼女を見ていた男はこの宿にまで尾行してきていた。
俺は途中から路地に入ってその男の後ろに回り込んだのだが、頭からマントを被っていてその姿はよくわからない。
季節柄、その格好自体は俺も含めて珍しくもないからなぁ。
そうしてエルゼリアは宿に入り、ケイロンはそのまま宿を通り過ぎる。
これは、尾行していた男の目的がケイロンである可能性もなくはないからで、あの男の目的が本当にエルゼリアなのかを確認するためだ。
すると……彼女達を尾行していた男はそのまま宿を通り過ぎた。
宿の方を見た様子は見られなかったが、目的はケイロンか、もしくは偶然同じ方向に歩いていただけだったのか?
そう考えているとケイロンがその疑問に答える。
(ついてくる男は上に出てる看板を目だけ動かして見ていたのだぜ)
看板?
言われて宿の看板を見れば出入り口の脇に設置されているものだけでなく、前世で言う信号機や標識のように掲げられているものもあった。
あぁ、これなら宿の方をほとんど見ずに宿の名前は確認できるな。
裸ならともかく、鎧を着ていながら周囲の光景がはあくできることは気になるが……まぁ、それはいいとして。
こうなるとやはり目的はエルゼリアか。
そう判断した俺はララに声を掛ける。
「ルル」
「……」
スッ
歩きながら外向けの名前を呼ぶと、彼女は俺から離れて宿へ入っていった。
これは予定通りで、ケイロンが別行動を取ることで1人になるエルゼリアをララが護衛することにしていたからだ。
さて、問題はこの後だな。
予定では、時折路地へ入りつつ歓楽街の方へ向かうことになっている。
俺もこのまま見送る手はなくあの男を尾行するつもりだが、かと言って尾行に慣れているわけでもないんだよな。
ならばとゴーレムに追跡させたいところだが、草木が生い茂る森などならともかく町中ではどうしても目立ってしまうだろう。
人目につかないほど極小のゴーレムを作れるとしても、その核となる魔石も極小になるため稼働時間が極僅かとなってしまうのでこの手は使えない。
逆に人間大のサイズにして服やマントを着せてもいいが、不審に思われた際に偶然を装うことなど出来ず、それこそ尾行していることが直ぐにバレてしまうのでやはりこの手は使えないな。
……まぁ、あの男はケイロンを尾行していてこれまで通り前方に集中しているだろうし、ここまで俺の尾行に気づかれていないのなら大丈夫か。
そう考えた俺はケイロンと通信を繋げたまま、彼女?の尾行を続ける男の動きを観察することにしたのだが……奴は早々に動いた。
(おい、そこのアンタ。ちょっと待ちな)
(ん?私か?)
そんな会話が聞こえてきたのは、ケイロンが宿を通過してしばらくのことだった。
路地に入ってある程度進むと、彼女?を尾行していた男が話しかけてきたのだ。
俺はそれ以上近づかず、2人のやり取りに集中する。
(あの女とはどういう関係だ?)
(あの女?)
(エルゼリアとかいう女だ。さっきまで一緒にいただろう)
(ああ……どういう関係と言われても、外出してる間だけ護衛してくれと頼まれているのだぜ)
(チッ、やっぱりか。悪いことは言わねぇから、明日からは断ったほうがいいぞ)
(何でだ?)
(あの女は冤罪で男の冒険者をギルドに逮捕させてるからな。逮捕された男たちは早々に疑惑が晴れて釈放されるし、あの女に報復するだろうから一緒にいると巻き込まれるぞ)
(なるほど……まぁ、覚えておくのだぜ)
何かを要求や進言されたとしてもとりあえずはこう言ってやり過ごすことにしており、予定通りの対応をしたケイロン。
しかし……そんな彼女?の返答に納得がいかなかったのか、尾行者の男は念押しするようにエルゼリアから離れるよう言い出した。
(いや、覚えておくって……危ねえんだから護衛をやめるっていま決められるだろ?)
(一方の言い分だけでは決められないのだぜ。双方から話を聞いて、それでも彼女に手を貸すべきだと思えば貸すだけなんだぜ)
(いやいや、俺が聞いた話じゃA級の冒険者達が男達のほうにつくらしいんだぞ?アンタはちょっと良い鎧を着てるが、流石に連中とやり合うのは分が悪い。だからあの女の護衛なんざ今やらねぇって決めとけよ)
何と言うか……必死だな。
ここまで言うのであれば、この男はエルゼリアを脅迫し殺しかけた連中の仲間か当事者だと考えていいだろう。
ケイロン、ここで聞き入れたフリをしていいぞ。
(了解なのだぜ)
彼女?は俺の心の声にそう返すと、尾行者の男に対応する。
(ふむ、わかったのだぜ。A級の冒険者達は流石に面倒なのだぜ)
(おお、そうだろう?そうだよなぁ。うん、それがまともな判断ってやつだ。うんうん)
男は自分の言葉が受け入れられたと判断し、機嫌良さそうに頷いた。
そこへケイロンがある物を手渡す。
(情報のお礼だぜ)
(ん?これ指輪か?)
(そうなのだぜ。マジックアイテムだけど私には意味がないのだぜ)
(どういうことだ?)
(簡単に言えば……男にしかない
そう言いながらケイロンは男の股間を指し、それに気を良くした男は躊躇なく指輪を中指にはめた。
(へぇ……おお、勝手に丁度いいサイズになったぜ。本物のマジックアイテムみたいだが、本当に貰っていいのか?)
(いいのだぜ。使わせる相手もいないし、換金するにしても誰かに使わせるために持ってたと思われたくなかったから捨てるつもりだったのだぜ)
(おお♪だったら俺がアンタに使ってやろうか?)
鎧の上からでもある程度は分かるスタイルの良さもあってか、調子に乗った男がそう言うが……その直後、ケイロンの拳が疾走る。
ヴンッ
(えっ……?)
パサッ
気づけば彼女?の拳は男の眼前にあり、その風圧でマントのフードを下ろし男の顔を晒していた。
(調子には……乗りすぎないほうがいいのだぜ?)
(お、おぅ……じ、じゃあ、俺はもう行くぜ。あの女にはもう近づくなよ?)
その一発でケイロンの実力を理解したのか、男は念を押しつつそそくさと去って行く。
それを見送ると……彼女?は俺に話しかけてきた。
(ハァ、気色悪いことを言ってくる奴だったのだぜ)
自我があるとなれば人間らしい感情もあるようで、好ましく思っている相手ならともかく、そうでない相手に求められて気を悪くしたようだ。
なので労いの言葉をかけておく。
ああ、えーっと……ご苦労さん。
(まったくなのだぜ。まぁ、上手く行ったので良しとするのだぜ)
そうだな。ケイロンの方でもあの男の動きはわかるか?
(おう、あっちの方に向かっているのだぜ)
そう言ってケイロンは歓楽街の方を指し示す。
俺の方でもそう把握している。
俺達に男の動きがわかるのは、ケイロンが奴に渡した指輪のお陰だった。
あの指輪は俺が木で作ったゴーレムであり、あの男の指に合うようサイズの調整がされたのは俺が操作したからだ。
もちろんマジックアイテムなどではないのだが、ゴーレムの盗聴器として音声は送られてくるという代物である。
そのサイズ故に核となる魔石が小さく魔力的な出力は低いが、音声を送らせるのみなので稼働時間はそこまで短いというわけでもない。
なのでゴーレムの位置が把握でき、その上で周囲の音声も聞こえることを利用してあの男の動向を探るということにしていたのだ。
というわけで、これからは指輪のゴーレムから送られる情報を元に動くとするか。
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